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ずっと、王子のお側に
冷たい地面、傷だらけの全身。ぼんやりと映る視界。その先にはお慕いしている王子と……人間によく似た、真っ黒な翼を持った悪魔の姿。
「ーーッ!」
王子の声……なんだ……? 何が起こって……
やめろ!
「王子!」
声を振り絞ったときにはもう遅かった。
「……ぁ」
悪魔に首筋を噛まれた王子はか細い声をあげその場に崩れ落ちた。
嘘だ……王子……
倒れた王子を見て、悪魔は笑った。おもちゃを見つけたみたいに楽しそうに。
「どーする? 王子サマ死んじゃうね」
全身の血が沸き立つのを感じた。信じられないぐらい、熱い。重い身体が奮い立つ。
剣を地面に突き刺し、ふらふらと立ち上がる。
「て……めぇ……」
「怒っちゃったらさらに剣が大振りになるよ。あんたは弱い。そんなの当たらな……」
すれ違い様、剣を振る。さっきはかすりもしなかった剣に手応えを感じた。
荒く息をしながら王子を背に守り、悪魔へ剣を向ける。悪魔の頰から赤い血が流れている。首は切れなかったが、当たっている。
「……へぇ、おもしろい。さっきよりも剣が速くなっている」
(大切な人の危機に力が跳ね上がった……これだから、人間は見ていて飽きない)
殺す……絶対にあいつを殺す……!
「う……」
苦しそうな王子の声に振り向く。
悪魔は笑いながら切れた頰を押さえていて、すぐさま襲ってくる気配はない。
「王子! 王子! 大丈夫ですか!?」
震える王子の手をとる。
手は冷たいけど、まだ、息はある……!
「すぐに医者のところに……!」
「ムダだよ」
悪魔はにこりと無慈悲に笑った。
「俺の毒を入れた。人間界に薬はない。持ってあと30分ってとこだな。諦めなよ」
「なっ……」
王子の顔色は悪くなる一方。噛まれた痕のある首筋からじわじわと青黒く変色が広がっている。止まらない。
「俺、あんたたちが気に入っちゃった。だから王子サマが死ぬまで待ってあげる……残された時間をたっぷり楽しんでね。王子サマが死んでから騎士クン、あんたを殺してあげる」
何をしても……無駄……このまま、王子は……
全身から血の気が引いていく。
足を組んで宙に浮く悪魔は言葉通り仕掛けてくる様子はない。さっきつけた頰の切り傷もすでに完治している。
あいつを殺しても……何も変わらない。
俺には何もできない。ただ王子の死を待つしか……それなら、最期まで王子の側に、王子と一緒に……
「アルク……」
名を呼ばれてハッと王子を抱き寄せる。
「王子……!」
「命令だ。あいつを倒してくれ」
「っ……!?」
そんなことをしても……
「あいつを倒しても王子は……! それなら最期まで王子のお側にいさせてください……! この手を離したくありません!」
「アルク、俺は王子だ」
握る手の力がぐっと強くなる。
「あいつを逃すと国民にも被害が出る……だからここで倒したいんだ。犠牲になるのは俺だけでいい。アルク……お前ならあいつを倒せる。お前は強い」
「王子……」
「俺は……お前を信じている」
その目には覚悟があった。国民を想う信念。俺を信じる強い意思。いつも側で見てきた、俺が憧れた、大好きな王子の姿。
「……承知いたしました。必ず、倒します。見ていてくださいね」
「ああ、頼んだ……」
そっと手を離し、王子と拳同士をコツンと合わせる。
王子の大事な行事の前、騎士団遠征の前……決戦の前は必ずこうしてきた。
「で、俺と戦う方を選んだわけだ。せっかく時間をあげたのに……」
地に足をつけた悪魔に再び剣を向ける。
「王子サマに仕えるのも大変だね。一緒にいたくても命令されたら従わないといけない」
「俺は騎士だ。王子の意思を尊重する」
悪魔はどこから出したのか、レイピアのような細い剣を握った。
「窮屈だね。まあその本気、受けてたとう。あんたも剣だし、俺もこれで戦うね」
張り詰めた空気。相手も本気で殺しにくる。
近づいてきた剣を受け止める。
絶対に許さない。
こいつも、王子を守れなかった弱い俺も。全部。
王子の意思は俺の意思。必ず、倒す。
「剣も動きもどんどん速くなってる……ハハ……! 信頼があるから強くなるってことか……」
振っても振っても当たらなかった剣がだんだんと近づいている。相手の動きもよく見える。
王子が見ていてくれている。信じてくれている。俺はそれに応えるだけ。
「でも、甘いよ」
一瞬の隙に突いてきた剣を間一髪かわす。
「甘いのはお前だ」
「かわされた……っ!?」
あえて作った隙。
当たると思って体重をかけて飛びこんだところをかわされるとバランスを崩す。
「いけ! アルク!」
俺は……王子が見ていてくれさえすれば、何万倍も強くなれる……!
「はあああああっ!!!!」
ズバッ……!!
肉を切り裂く音。俺の剣は悪魔の肩から腹までを引き裂いた。
「……ガハッ」
悪魔は血を吐いてぐしゃりと仰向けに倒れた。見下ろすと、まだ浅く呼吸をしている。
「これで終わりだ」
しぶといが、心臓に剣を突き刺せば悪魔でも死ぬはず。傷が治る前に……
「……あーあ、負けちゃった。強いね。でも、いいもの見せてもらった。楽しかったよ……あんたとの勝負」
「死ね」
「また 会おうね」
剣を突き立てると同時に、楽しそうな悪魔の声が嫌に耳に残った。
「アルク」
「王子!」
血の匂いが立ちこめる中、王子に駆け寄る。
剣を置き、苦しそうに息をする王子を抱きかかえる。
「ありがとう、あいつを倒してくれて……」
「王子……!」
「ちゃんと見てたから……」
体温が冷たい。手まで青黒く……見えない服の下まで毒が広がっているんだ。
「アルク、お前は強い。俺がいなくてもじゅうぶんやっていける……これからも国の役に立ってくれ……おまえならできるよ」
「王子……っ いやです、死なないで、王子……」
溢れた涙が頰を伝って王子の綺麗な顔を濡らした。
「俺のわがままたくさん聞いてくれてありがとう……お前が支えてくれてよかった……」
「そんな……! 俺は王子がいたから……」
「最期の命令だ。俺が死ぬまで……」
最期、最期なんて言わないで。死なないで。
「側にいてくれないか……?」
「……っ」
冷たい手を握りしめて、俺の涙で濡れた王子の頰に触れた。
「はい……俺はずっと王子のお側にいます……!」
ーーどれだけ時間が経ったのかわからない。
何も感じないし、視界に映るものは全て白黒。
王子の綺麗な顔だけが色づいて見えた。毒は顔には広がっていなくて、綺麗なまま。俺の膝の上で、眠っているみたいだった。
眠っているみたいなのに、硬くて冷たい。それが王子の死を嫌でも分からせてくる。
王子のいない世界に、意味なんてあるのか?
『俺がいなくてもじゅうぶんやっていける』
『これからも国の役に立ってくれ……』
『おまえならできるよ』
側に落ちていた剣が目に止まった。
「ごめんなさい、王子」
長年使ってきた愛用の剣。王子から貰った剣。よく手に馴染んだ。自分の首に突き立てると、温かな血が流れるのを感じた。
「俺にはできません」
あなたのいない世界で、生きていけない。
「ずっと……王子のお側にいます……」
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