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第1話

 桜が散る頃。  花と葉っぱの割合がちょうど半分になった桜の木を見上げながら、俺、猫柳佳凛(ねこやなぎ かりん)は世界平和とかいう自分一人の力量じゃどうにもならないほど膨大で漠然としたことを考えていた。  楽しい学校、俺の性的思考に少しも驚かず受け入れてくれた友人、俺のことを何でも分かってくれる家族、あたたかい飯にあたたかい布団、いってらっしゃいとおかえり。そんな何気ない、幸せで穏やかな日々はいつまで続くのか。俺が生きている間に神様の機嫌を損ねるような重大な事件が起きたりしないか。いつまでもこの何気ない幸せな日々が続いたりしてはくれないだろうか。  否、そんな日々、今現在既に存在しないのだ。  俺には大好きな人がいる。  ちょうど一年ほど前の高校に入学した日、入学式会場である体育館の場所が分からず、校内を彷徨っていた時、二つ年上の先輩が体育館まで案内してくれたのだ。生徒会長をやっているその先輩は、背が高くて優しくてカッコよくて、こんな出逢い方をして一目惚れをしない方がおかしいくらい完璧な人だった。俺は思わずその場で告白し、あっさり振られたのだが、なにぶん諦めの悪さとめげない精神には自信があったから、その後もアタックし続け、通算50回目の告白をしたのが三か月前。俺の健気な様子に絆されてしまったらしく、この猫柳佳凛、17歳にして初の彼氏をゲットすることができたのだ!  それからの日々は、推薦で早々に大学が決まっていた先輩と最後のスクールライフを謳歌しながら、ファーストキスは学校の屋上で、初エッチは誰もいなくなった放課後の生徒会室で――。  思い出して顔が赤くなると同時に涙がこぼれた。  自分の恋愛対象が男であることを自覚したのは、中学一年生の夏だった。  同級生の男子たちが、夏用スーツに衣替えした数学教師の大きく張った胸部について話していたのだ。俺はその女教師になんの興味も湧かなかったし、むしろ男性体育教師の鍛え上げられた筋肉の方にひどく興奮した。  当時は俺も自覚したばかりで、自分の中で考えがまとまらなかったこともあって、中学の同級生には誰にも打ち明けられずに卒業してしまった。  遠くでチャイムが鳴った。  大厄災のはじまりのチャイムが――。  この大厄災のチャイムが元凶かのごとく、俺の身に様々な被害が及ぶようになった。週初めの月曜から遅刻したり、弁当の箸がなかったり、調理実習で菓子を黒焦げにしたり、友達の足を踏んじゃったり、しまいには先輩に貰ったペアリングを失くしてしまった。先輩が俺とのことを忘れようとしていても、俺はまだこの気持ちを忘れられずにいた。

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