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第3話
そんな中、変化が訪れたのは二年の春だった。
クラスが変わったのだ。
相変わらず家では母親と男は続いていて、結婚資金が溜まったらどこの式場で挙げるかなんて恐ろしい会話が繰り広げられるようになった頃だった。
新しく担任になった秦野は、変な男だった。
元々はアスリート志向だったくせに、今では社会を担当していて、中身は情に厚く、所謂熱血教師というやつだ。
一年の頃の担任は、良くも悪くも生徒に対して無関心だった。
歯向かってくる生徒以外には隔てなく接する人間で、お陰で俺の家庭環境のことや一人でいることをとやかく言われることはなかった。けれど、秦野は違う。
俺が友達がいないことを心配して、俺が一人でいるといつもあいつは俺に話しかけてくるのだ。
静かな場所で食べたくて、いつも人気のない校舎裏で食べてたら「雨崎、飯か?奇遇だな、先生も一緒に食べようかな」なんてでかい体で隣に座ってくるのだ。
聞いてもないのに自分の話をしたり、人のことを根掘り葉掘り聞いてくる。
平気で立ち入ってほしくない場所に土足で踏み込んでくる。
……俺が嫌いなタイプの人間だった。
大学時代は水泳をやっていたという秦野の体は今でも衰えるどころか、より一層鍛え抜かれていたと思う。
無駄のない逆三角形の上半身は、俺に恐怖とコンプレックスを与えるのだ。
大人が、大人の男が、怖かった。
自分みたいなちっぽけな存在を簡単に潰せそうな大柄な男が、特に。
俺は、秦野を無視するようにした。
目を合わせたら嬉しそうに駆け寄ってきて、その度、周りが怪訝そうに見るのだ。
秦野は特に女子生徒からも人気があった。顔は整っているし、何より、うざいほどの明るい性格だが中学生たちからみてそれは『個性的で面白い教師』という範疇に収まるらしい。
生徒たちからの人望もあり、他の教師や保護者たちからも好かれていた。そういうところも余計好きではなかった。
なにもかもが対照的だった。
だからかもしれない、秦野は『片親でおまけに友達のいない生徒』である俺相手に庇護欲を掻き立てられたのだろう。
そのお陰で、秦野に贔屓される俺は周りに妬みの目を向けられるようになる。
誰にも干渉されたくなかった。
面倒だった。
せっかくできた安息の地を荒らされたくなくて、俺はある日、秦野を倉庫に呼び出した。
無視し始めて一週間経つか経たないかくらいのことだ。
呼び出したときは「ようやく話してくれたな」と秦野は嬉しそうに笑っていた。
けれど、俺の血相からして何か感じたのだろう。
「もう俺に関わらないで下さい」と言った時、秦野の表情が曇った。
特別扱いされていると周りから言われること。
俺は別に好き好んで一人でいるということ。
秦野のお節介は迷惑であること。
全部、吐き出した。未だかつてないほど、喋った気がした。
秦野は、黙って聞いたあと、「そうか」と「悪かった、気づかなくて」と暗い顔して口にした。
その日から、秦野は俺を特別扱いすることをやめた。皆の秦野に戻ったのだ。
それでよかった。再び訪れる安息の時間。家に帰るまでの時間だけでも、心を休められることができたらよかった。
男は、いつか俺に飽きてくれるだろうと願っていた。
けれど一年も経とうとしても飽きるどころか、余計深みにハマっていくように、俺を抱いた。
男に抱かれることにも慣れていた、あんなに感じていた苦痛は薄れ、次第に、体を嬲られる快感に蝕まれていく。
それでも辛うじて保っていた均等が崩れたのは、母親が倒れてからだ。
結婚のため、昼間も働き始めた母親が過労のあまりに倒れ、病院に運ばれた。
命に大事はなかったものの、一週間の入院を余儀なくされたのだ。
母親は「迷惑掛けてごめんね」と泣きそうな顔をしていたが、俺は、ここまで母親を追い詰めていたことに申し訳なくて、それと同時に病院ならばゆっくりと休めるだろうと安心した。けれど、それが間違いだったのだ。
あの男は、母親の眠るベッドを囲うカーテンを閉め、母親から隔てたあと、母親を労った時と同じ顔で俺の肩を抱き寄せた。
「邪魔なのがいなくなって、今週はずっと一緒にいられるな、湊」
耳を疑った。
肩口に食い込む指に、汗がどっと溢れた。
正気か、この男。頭がおかしいのではないかと、慄いた。
男は本気だったのだ。
宣言通り、帰宅してからすぐ、日の明るい内から男は俺を抱いた。
結局休日はそれでまるまる潰れた。
明日になれば、学校がある。それまでの辛抱だ。そう言い聞かせ、目を瞑った。けれど、俺が甘かった。
男は、俺を学校に行かせてくれなかった。
酒を浴びるように呑み、それを口移しされ、せっかく着替えた制服を乱暴に脱がしながら、朝っぱらから玄関口で犯される。
逃げることもできない。
母親がいないことをいいことに、居間や風呂 場、母親の寝室、あまつさえベランダで犯されたときは死を覚悟した。
狂えたら、まだ良かった。
この男のように快楽に溺れ、理性すらも失うことができればと何度も思った。それほど、苦痛だった。
犬みたいに這いつくばらされ何度めかの男の射精を腹の中で受け止めたときだった、居間に電話の音が鳴り響く。
俺が登校しないことに不審に思った学校から電話が掛かってきたのだ。
男は少しだけ俺を見て、それから電話に出た。
「はい、雨崎です」と、俺に突っ込んだまま、耳障りのいい声で名乗るのだ。ぞっとした。
それから、受話器の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
漏れてくる心配そうなその声は秦野だった。
「すみません、連絡が遅くなってしまって。湊は具合悪いので何日か休みもらいます、ええ、病院には行ったので。はい、すみません。……あ、僕は湊の母親の……婚約者ですよ。……え?あぁ、まあ、そうですね、あいつ今入院してるから代理で面倒を見てるんですよ」
腰を抑えつけられ、エラ張った亀頭で中をねっとりと擦られれば、腰が酷く痙攣した。
既に何度も絶頂迎えた体はもう精液がでない、ただ言いようのない甘い快感だけが持続的に全身を支配していた。
何日か、という男の言葉に血の気が引いた。
男は受話器を乱暴に戻したあと「しつけえ男だな」と苛ついたように吐き捨てる。
何か、秦野に言われたのだろうか。
乱暴な動作に震えれば、「お前じゃないから」と笑って、髪を掻き上げる。そしてまるで恋人にするみたいなキスを落とすのだ。
それから一日中、俺は男にハメられていた。
寝ているのか起きているのかもわからないそんな浮遊感と、明確な快感だけが支配する。
いろんな体位で抱かれた。色んなものを使われた。流石に野菜を捩じ込まれたときは罪悪感で死にたくなったが、そんな罪悪感も掻き消されるほど、抱かれる。
そんな日が、本当に一週間続いた。
食事して、抱かれて、風呂に入って抱かれて、気絶したように眠る。
そして、体に違和感を覚え、一方的に味合わされる快楽によって叩き起こされるのだ。地獄のような一週間だった。
寝不足と体の倦怠感、それから筋肉痛。食欲は湧かなかった。寧ろ腹に入れると気持ち悪くなって吐いてしまうのだ。このまま餓死して死ねたらどれほど楽なのだろうか。
風呂場で抱かれているとき、ふと目に入ったときの自分の顔つきが変わっていてゾッとした。
俺は、こんな呆けた顔をしていたのか、断じて違う、この男のせいだ、この男の色狂いが感染っている。
それに気づいたとき、涙が溢れた。
俺は、どんな顔して母親と話していたのか、それすらもわからなかった。
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