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第11話 早朝

 翌朝。ルーカスはいつもより早く目が覚めた。  目覚めて直ぐにベッドから抜け出し、身支度を済ませる。外の水場で顔を洗い、水面に映る自分の顔を確認する。  寝癖はないか。シーツの痕が顔に残っていないか。  こんなにワクワクする朝は初めてだった。  いつもと変わらない朝食も、今日は特別美味しく感じる。  楽しみがあるというのは、こんなにも心を晴れやかにするのだとルーカスは知った。  朝日すらいつもより輝いて見える。 「今日はとりあえず薬を飲まないで行ってみよう」  薬のケースを胸ポケットに仕舞い、今日は手ぶらで外に出た。  森の中に入り、花畑を目指す。  足取りも軽くなる。つい走りたくなってしまう。  どうしてこんな気持ちになるのだろう。  ルーカスは早足で向かいながら、彼のことを思った。  獣人の血を引いているから?  主人以外の人と会うのが久しぶりだから?  どれもしっくり来ない。  アルファの人間には腐るほど会った。みんなが同じ顔に見えて、一人の少年に寄って集ってその幼い体を貪るように犯すだけ。  これが今の世のヒエラルキーの頂点に君臨するアルファ達なのだと思うと、笑えてしまう。  そんなアルファ達と彼は、違う。  かつて人間達を支配していた獣人の血を引いているのに、彼はどこか人に対して臆病だ。近付くことを恐れているようにも思える。  そんなどこか寂しげな瞳すら、美しいと思えてしまう。 「……あ」  花畑が近づくと、ルーカスの心臓が少しずつ早鐘を打つようになった。  彼に反応しているのか。しかしこの間のように発情期《ヒート》が引き起こる感じはない。  これなら大丈夫だろうと、ルーカスは軽く深呼吸して彼の元に走った。 「ヴァイスさん!」 「お前……随分早いな」  花畑の真ん中で寝転んでいたヴァイスが、ルーカスに気付いて体を起こした。  まだ朝日が昇ったばかり。  まだ来ないと思って気を抜いていたヴァイスはかなり驚いたようで慌てて立ち上がろうとして足を滑らせていた。  その様子に、ルーカスは思わず笑ってしまった。 「ふふっ。おはようございます」 「……お、おは、よう」  ヴァイスは言い慣れてないのか、たどたどしく朝の挨拶をした。  人付き合いに慣れていないのはルーカスも同じだが、ヴァイスは完全に人と接する機会がなかった。  改めてちゃんと約束をして会うとなると、少しだけ心構えが違うようだ。 「そ、それじゃあ……案内する」 「はい。よろしくお願いします」  ルーカスがペコッと頭を下げると、ヴァイスはさっさと背を向けて先へ歩いていった。  置いていかれないようにルーカスも彼の後ろをついていく。  彼の住処は森のさらに奥の方にあるようで、段々と木々の数が増えていってる。  覆い茂る木々が陽の光を遮り、薄暗くなっていく。 「……この森って、こんなに広かったんですね」 「ああ。昔は獣人達の縄張りでもあったらしいからな。そこそこ広いし、人間も踏み入ってこない」 「へぇ……どうしてですかね」 「さぁな。もういない獣人に怯えてるんじゃねーの?」 「人間が獣人を滅ぼしたのにですか?」 「だからじゃねーの? 生き残りが逆襲しに来るかもしれないだろ」 「なるほど。ヴァイスさんは、人間に復讐とかしないんですか?」 「しねーよ。なんで俺がそんなことしないといけないんだよ。俺にはもう関係ないことだ」  本当にそういった意思はないようで、ルーカスの質問に対して面倒そうな顔をしている。  確かに過去のことではある。元はと言えば人間に残虐なことを繰り返してきた獣人に非がある。しかし、こうして彼がひとりぼっちになった原因は獣人を滅ぼした人間だ。  それを恨んだりすることはないのだろうか。ルーカスは少しだけ、気になってしまった。

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