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第1話

 クリスマスにはいい思い出が一つもない。 幼稚園の時、クリスマス会で出されたケーキに俺だけ中って腹を壊し、三日も入院した。小学生の時、ずっと欲しかったゲームに猫がお○っこ引っかけて、一度も遊べないままオシャカになった。中学生の時、初めて告った子に、「お前キモい!」って引っ叩かれた。高校生の時、家族旅行で行った温泉旅館の階段から落ちて、足の骨を折った。去年は、バイト先のピザ屋で配達中に事故り、バイク壊してクビになった。 こう振り返ると、本当にいい思い出がないどころか、嫌な思い出しかない。「神様に嫌われるようなことしたんじゃないのか!?」友人も家族もそう宣う。断言しよう。俺は、神様にも仏様にも会ったことはないし、ましてや悪態をついたことすらない。なのに何故だ・・・ 「はぁ、どうせ今年もろくな目に合わないんだろうな・・・」 そう呟きながら肩を窄め、俺はとある場所に向かってとぼとぼ歩いていた。街には楽しそうな人が溢れ、誰も彼もがお祭り騒ぎ。ろくな目に合わないってわかってるんなら、家に引きこもっていればいい、そんなのわかってる。俺だって出来ればそうしたかった。ええ、ええ、そうしたかったですよ!!!それが出来ないのには訳がある。 従姉妹の真奈美がクリスマス直前になってこう言ってきた。 『うちの会社で主催するクリスマスのお見合いパーティ、男足りないの。瑠迦、来て!』 どうして俺が!?そうは思ったがこいつには逆らえない。クリスマス同様、こいつに逆らって無事だった例がない。 「はぁ、気重っ・・・」 人混みは嫌いだ。だけど女の集団はもっと嫌いだ! 「あの、楠瀬さんはいますか?」 「楠瀬ですか?どういったご用件で?」 「失礼ですが籾山さんでしょうか?」 「はぁ、そうですが・・・」 「ほら、真奈美の従兄弟。人数合わせに頼んだって」 「ああ、人数合わせね」 「あっ、聞こえちゃう・・・」 人数合わせ人数合わせって失礼なやつらだな、ちゃんと聞こえてるよ。俺の殺気を感じたんだろう。受付の女は途端に態度を変えた。 「これをお付けになりあちらの会場へどうぞ。ああ、料金は結構ですので」 当たり前だろ。こっちは頼まれて来たくもない見合いパーティに来てるんだ。これで金取るなんて言われたら即刻帰るぞ! 会場に入ると、大勢の男女が歓談していた。辺りをきょろきょろ見渡しているといきなり背中に激痛が走った。 「遅い!」 「真奈美!」 「いくら乗り気じゃないからって、定時には来てよね」 「十五分遅れたくらいでガタガタ言うなよ」 「なんですって!!!」  「ああ、悪かった、俺が悪かった!」 「わかればいいのよ、わかれば」 やっぱりこいつに逆らったらタダじゃ済まない。 「楠瀬さん、ちょっと・・・」 「はい。じゃあ、大人しくしてなさいよ」 「はいはい・・・」 真奈美の言う『大人しく』は、壁に寄り添って静かに飲んでろ、ってことなんだろう。 「さて、じゃあ、何飲もうかな、とりあえずビール・・・」 「あの・・・」 「?」 「お名前、なんて読むんですか?」 「あ、ああこれ?もみやまって読むんですよ」 「珍しい苗字ですね。」 あっ、真奈美が睨んでる!って、俺が声掛けたわけじゃねぇからな。この娘が勝手に・・・ 「あの・・・よろしければ少しお話しませんか?」 「あー、悪いんだけど、俺今来たばっかりだから勝手がその、わからないっていうか・・・てか、腹減ったから飯食いたいんだよ」 「そう、なんですね。ごめんなさい」 その娘は名残り惜しそうに俺の前から消えた。  さてと、何食うかな。へぇ、さすが大手のブライダルサロン主催のお見合いパーティだ。料理も本格的なブュッフエスタイル。あっちではシェフがステーキ焼いてるし、こっちでは職人が寿司握ってる。何でもいい。とにかく二時間、食って飲んでやる!女が寄って来たら『飯食ってるから』って追い返せばいい。そのうち、誰もよりつかなくなるだろう。腹が落ち着いたところで会場を改めて見た。東京タワーとスカイツリーが見えるエグゼクティブな空間。どいつもこいつも高給取りなんだろう。俺にはてんでわからない高級ブランド品で身を固めているに違いない。まぁ、どうでもいいけど・・・あ、今女断ったあいつ・・・ いい男だな。若手企業家とか、コンサルティング会社経営してるとか。俺には関係ないけど。あれ、今目合った?俺見て笑ったぞ、おい!あの笑いは、どういう意味だ???あ、こっち来る!・・・と思ったら女に捕まってら。だよな。男の俺が見惚れるくらいだ。女が放っておくわけがない。はぁ、やっぱり今年のクリスマスも最低だ・・・ 「どう、食事。美味しいでしょう?」 「真奈美!お前さ、いきなり話掛けるの止めろよ。心臓に悪い」 「ははーん、何か疚しいこと考えてたのね」 「んな訳あるか!」 「大声出さないの!ここには紳士淑女しかいないんだからね」 「紳士じゃなくて悪うございました。って、俺ここに引き摺り込んだのお前じゃないか。責任は自分で取れ」 「わかってるわよ。だからあと一時間、大人しくしててよね」 そう言い、真奈美はまた仕事に戻って行った。 「一時間大人しくったってなぁ・・・腹もいっぱいだし、仕方ない、何か・・・」 「飲む?」 「・・・!?」 「これ、どうぞ」 そう言ってシャンパンを手渡してくれたのは、さっきのいい男だった。 「もしかして君も、頼まれ組?」 「え、ああ・・・」 「実は僕もなんだよ。いつも来てくれる患者さんに頼まれちゃってね。最初は断ったんだけどどうしてもって泣きつかれて。相手は患者さんだし無碍にも出来なくてね」 「あの、その患者ってもしかして・・・」 「内密にしてくれよ。ここのスタッフの楠瀬さん」 「・・・そいつ、俺の従姉妹です」 あいつ、誰彼構わず声掛けてたのか!!! 「そうか、君の従姉妹か。だったらこうして話してても大丈夫だね」 「え、いや、でも・・・」 「迷惑、かな?」 「そういうんじゃなくて、先生なら・・・」 「ああ、自己紹介もまだだったね。僕はこういう者です」 「聖デンタルクリニック医院長・聖大地・・・歯医者さんなんですね」 「そう。君は・・・もみやま、るか君でいいのかな?」 「はい、そうです。凄いですね。俺の名前一発で読めたの、先生が初めてです」 「そうなの?」 「はい」 「籾山に瑠迦とは・・・神様のご加護を独り占めしたような名前だね」 「ご加護なんてとんでもない!俺、余程神様に嫌われてるみたいで」 「どうして?」 「クリスマス、ろくな目に合ったことないんです・・・」 それから俺はこれまでのクリスマスを、この出会ったばかりの聖先生に語っていた。 「そうか・・・それはなかなか悲惨なクリスマスだね・・・」 「ですよね、先生もそう思いますよね?」 「思うけど、それは今ここに至るための布石というか」 「へっ!?」 「人生にはさ、運を使いっていい時と悪い時があってね。今までのクリスマスはきっと、使ってはダメな時だったんだと思うよ」 「と、言いますと?」 「だからね、今までのどこかで君の運を使っていたら今日はなかった、ってことだよ」 「今日はなかった・・・って、先生。俺、今日だって最悪ですよ。真奈美に言い包められてこんなとこのこのこ来て、人が幸せになっていくのただボーっと見てるだけなんですよ?それのどこが幸せなんですか!!!」 「僕と出会えたことは、幸せじゃない?」 「えっ・・・」 な、何言ってるんだこの人は!俺は男だぞ! 「あっ、その顔『俺は男だぞ!』って顔だね。いいんだよ、男で。僕は女性に興味ないから」 「へっ???」 今現実に起きていることが理解できない。 「だからさ、僕はゲイで・・・」 「ち、ちょっと待ってください!あの、どうして俺に声掛けたんですか!」 「楠瀬さんが『いいひと紹介しますから』って言ったんだ」 どういうことだ?あいつ、俺がゲイだなんて知らないはずだぞ!!! 「さっき楠瀬さんと話していたから、てっきり君だと思って・・・なーんだ、違うんだ」 「いや、違います、あっ、そうじゃなくて、違くないです!」 「えっ、どっちが正解でどっちが違うの?」 「や、あの、俺・・・その・・・」 なんて言ったらいい?もしかしたら、人生初のハッピーなクリスマスになるかもしれないんだぞ、落ち着け、俺!!! 「あの、真奈美が言ったのは俺じゃないと思います。俺、そんな話聞いてないし」 いくら真奈美が主導権握ってるったって、こんなこと相談もなしにするわけがない。 「なんだ、残念」 「あ、でも!先生さえ嫌じゃなければ、その、俺・・・」 「聖先生!」 これからって時に、またも余計な女がやって来た。 「ああ、楠瀬さん、こんばんは」 「本日はご無理言ってすみません」 「いや、いいんだよ」 「それで先生、こんなところで何を・・・?」 「彼、君の従兄弟なんだってね。こんな偶然もあるのかって話していたところなんだよ」 「ああ、そうですか・・・そいつ、じゃない、瑠迦は放っておいていいです。それより先生、あちらにご紹介したい方が・・・」 見ると清楚ないでたちでこちらを見ている女性がいた。 「ありがとう。せっかくのところ申し訳ないんだけど、僕はもう少しこの瑠迦君と話したいんだ。悪いんだけど、あちらの女性は断ってくれるかな?」 「でも、先生、あちらのお嬢様は・・・」 「今夜はクリスマスだ。野暮なことは言いっこなしだよ」 「はぁ・・・」 真奈美は心底納得いかないって顔して俺を睨みつけ、その場を後にした。 「いいんですか、聖先生」 「いいもなにも、僕は女性に興味がないってさっき言っただろう」 「はぁ、まぁ・・・」 「さてと・・・君も断っていたよね。どうして?」 どうしてって、そんなの理由は一つしかない。 「先生と同じ、俺も女には興味ないんです」 「やっぱりそうだ。なんとなくそんな雰囲気がしたんだよ。ああ、僕の勘は正しかった。良かった」 良かったって、どういうこと? 「それじゃ、女性に興味がないもの同士、じっくり語り合わないかい?」 「あの、俺でいいんですか?」 「いいに決まってるだろう。初めて君を見た瞬間から僕の心は決まっていたんだよ」 ああ、神様仏様!もしかして俺は、人生初の幸運をGETしかけているんですか?しかもクリスマスの夜に!だけど・・・ 「聖先生、俺、とことん運に見放されてる男ですよ?そんな俺に近づいたら、先生の運もなくなっちゃうかもですよ?」 「いいよ、なくなっても」 「えーっ、それはダメですよ!」 「どうして?」 「どうしてって、それじゃ先生に申し訳ないです」 「こうして君と知り合えた。多分僕は今夜、人生の運を全部使い果たしたと思うよ。」 「・・・それでいいんですか」 「ああ、いいよ」 「俺で、いいんですか」 「ああ、いいよ・・・」 聖なる夜、不運な俺にプレゼントを届けに来てくれた、本物のサンタクロースが目の前にいた。

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