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第1話完結
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本当に、些細な。くだらない理由でのケンカだった。
タオルの端をキチンと揃えてたたむとか。使ったコップは、流しに置いてとか。
日頃の鬱憤を、一気に爆発させてしまった僕も悪い。
僕から淀みなく流れ出る鬱憤を、聞き流せなくなった瑛太が顔を真っ赤にして僕に言った。
「なんだよっ! 思ってることがあったら、すぐ言えばいいじゃん!! 那智なんか……那智なんか、猫になればいいんだっ!」
「……なんで猫なんだよっ!」
「猫は那智みたいに、いきなり怒んないもん! それに大人しくてかわいいし! 那智は、かわいいけどかわいくないっ!! だから、猫になってしまえばいいんだって言ったんだ!!」
「……意味わかんないよっ!」
「もういいっ!」
一緒に住みはじめて、初めての大ゲンカ。
僕はベッドに。瑛太はソファーに。
大ゲンカが尾を引いてしまって、その日は初めて別々に眠った。
気になって、眠れないし。
大きな声を出したから、頭が痛い。なんだか、体も火照って熱っぽい。
なんなんだよ……まったく。
僕は、最低の気分のまま、目を閉じた。
あれ?
なんか、へんな感じがする……。
朝起きたら、いつもとは違う違和感。
耳が色んな音を拾って、こそばゆい。
腰の下の方が、なんか重たいし、パタパタ……布団の中で音がする。
気になって、パタパタする音の正体を手で探る。
……!!……
な……なに!? これ!!
猫みたいな、柔らかい毛並みの感触……。
僕は飛び起きた。
慌てて布団をめくる。
……シッポだ。
僕に、猫みたいな、黒くて、しなやかなシッポが生えてる……。
ひょっとして……この変な耳の感覚も……。
僕は、慌てて鏡をみる。
「わっ! わぁ……」
思わず、声が出てしまった。
……耳が……猫だ。
瑛太が、昨日変なこと言うから。
〝猫になればいいんだっ!〟なんて、言うから。
瑛太の呪い……瑛太の言霊が。
半分だけ叶ってしまって、僕に猫の耳と、猫のシッポが生えている。
……どうしよう……外に出られないよ。と言うより、まず瑛太に顔をあわせられない。
『……那智。どうしたの? 大丈夫?』
さっきの僕の声で、心配した瑛太が部屋の向こう側にいる。
「だだだいじょうぶ!大丈夫!なんでもないよぅ……なんでもないから!」
なんで、〝絶対、大丈夫じゃない〟声で答えちゃうんだよ……僕。
瑛太のことだから。瑛太は、勘がいいから……。
『絶対、大丈夫じゃないだろっ! 那智! ここ開けて!』
って、言うと思ったよ……。
瑛太が力を込めて開けるドアを、僕は必死でおさえる。
「大丈夫だから! 絶対開けないで! 瑛太!」
『いいから開けてってばっ!!』
バンッ!
瑛太の力に負けて、ドアが勢いよく開く。
僕はドアごと吹っ飛ばされてしまった。
「……いったぁ」
「那智!! 那智!! 大丈夫!? 那智?……それ……何?……どうしたの?」
瑛太は、僕を見て、目を丸くして立ち尽くしている。
……だから開けないで、って言ったのに……。
✳︎
たしかに〝猫になればいいんだっ!〟って、言ったよ?
言ったけどさ……。
まさか、本当になっちゃうとは思わないし……本当になってしまえばいいとは思ってない。
本心じゃなかったんだよ……本当に。
しかも、猫耳とシッポだなんて……。
猫としては、中途半端だけど。俺の萌えポイントを、かなりくすぐってくる。
かわいい……んだけど、那智。
ドアごと吹っ飛ばされた那智は、真っ赤な顔して、涙目で俺をキッと睨んでいる。
「ごめん、那智……俺が悪かった。悪かったから…… こっちきて。一緒にどうしたらいいか、考えよう?」
そう言うと、俺は那智の手をぎゅっと握った。
ソファーに座っている那智のシッポが、ふらふら揺れてる。
耳は、たまにピクっと動いて。
那智は俯いて、口をキュッと結んで……〝僕、怒ってます〟オーラを出していた。
どうしたら、機嫌を直してくれるんだろう……。
でも、スッとしたシッポが、すごい気になって仕方がない。
ついつい、那智のシッポを触ってしまう。
「!!」
那智はビクッとして、泣きそうな顔で俺を睨む。余計……怒らせた……。
「ごめんって、那智。あんまりキレイなシッポだったから、つい」
「…………今日は、行きたいところ、やりたいこと、いっぱいあったのに……..」
とうとう、那智は両手で顔を覆って泣き出してしまった。
本来ならば……本来ならば、だよ。ちゃんとここで慰めるんだよ、俺は。
でもさ。
……那智の耳が、悲しそうに折れて。
……那智のシッポがシュンって、たれちゃったらさ。
もう、どうしようもないくらい、かわいいんだよ。
「……那智、かわいすぎるんだけど」
「……今、それ言うこと?……」
「……ごめん!……朝ごはん、何食べる?……かつお節とか?」
「……ふざけて言ってんの、それ?……僕は、真剣に悩んでるのに……。一緒に考えてくれるって、言ったよね?……ちゃんと、考えてくれてる?……」
「……ごめん」
今日の俺は、サイテーだ。
何言っても、那智を怒らせてしまう。
それから一日、那智はずっと拗ねていた。
俺が何を言っても涙目で睨むか、無視するか。
そのうち疲れて、那智はソファーで寝てしまった。
小さな顔のキレイな頰には、涙のあとが残る。
頰に触れると、耳がピクッと動いて、シッポがパタッと反応して。
なんだよ、かわいすぎるんだよ、まったく。
俺は、寝ている那智にキスをした。
「……んっ……」小さく漏れる声に、興奮してしまってさらに激しくキスをしてしまう。
「……んっ……ちょっ……瑛太…………」
「那智、かわいいすぎる。我慢できない」
かく言う俺は、いつも以上に興奮してしまって。
那智の首筋を愛撫すると、かわいい耳がペタッと折れたり。
那智のシッポを触ると、「や……やだ……」って言って、恥ずかしいそうな顔をして、ビクッと体をよじったり。
いつもと違う反応の那智に、余計、クラクラきちゃって。
結局、最後まで激しくしてイタしまった。
「那智、大丈夫?激しかった?」
グッタリしている那智に、声をかけた。
那智はゆっくり瞳を開けると、小さく頷く。
俺は那智の頭を撫でて言った。
「……こんなことになっちゃって、ごめん。これからは、ちゃんと那智のことを考えて行動するから。もし、ずっと那智がこのままの姿だったとしても、俺はずっと那智を愛して守るから。だから、もう、機嫌直してくれる?」
俺の言葉に、那智はにっこり笑う。
那智のしなやかなシッポが、返事をしてるみたいにパタパタした。
✳︎
僕は、体が軽くて目が覚めた。
僕の横では、瑛太がぐっすり眠っている。
結局、夜までずっと激しかったもんな、瑛太は。
僕のシッポを触ったり。
僕の耳をくすぐったり。
そんなに萌えるんだろうか?
僕は、猫になってしまった耳を触る。
あれ?……ない?
慌てて起きて、鏡を見る。
耳も、シッポも、ない……。
……よかったぁ。
一生、猫耳でシッポの姿だったら……って、覚悟はしていたけど。
僕にひっついていた猫耳とシッポは、まるで魔法にかかってたみたいにフッと現れて、フッと消えた。
ディズニー映画でありがちな、あれ。
お姫様が、悪い魔女に魔法をかけられて……みたいな。
「……那智、起きたの?……あっ!!なくなってる!!」
眠そうな目から、一気に目を見開いた瑛太が飛び起きて、僕に近づく。
「ちょっと、残念だけど……元に戻ってよかった」
瑛太は僕の後ろから抱きついて、元に戻った僕の耳たぶにキスをした。
「ねぇ、那智」
「何?」
「また猫になって欲しい時は、どうしたらいい?」
「……余計なこと、考えないでくれる?」
そして、僕たちは、軽くキスを交わした。
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