1 / 1

第1話完結

✳︎ 本当に、些細な。くだらない理由でのケンカだった。 タオルの端をキチンと揃えてたたむとか。使ったコップは、流しに置いてとか。 日頃の鬱憤を、一気に爆発させてしまった僕も悪い。 僕から淀みなく流れ出る鬱憤を、聞き流せなくなった瑛太が顔を真っ赤にして僕に言った。 「なんだよっ! 思ってることがあったら、すぐ言えばいいじゃん!! 那智なんか……那智なんか、猫になればいいんだっ!」 「……なんで猫なんだよっ!」 「猫は那智みたいに、いきなり怒んないもん! それに大人しくてかわいいし! 那智は、かわいいけどかわいくないっ!! だから、猫になってしまえばいいんだって言ったんだ!!」 「……意味わかんないよっ!」 「もういいっ!」 一緒に住みはじめて、初めての大ゲンカ。 僕はベッドに。瑛太はソファーに。 大ゲンカが尾を引いてしまって、その日は初めて別々に眠った。 気になって、眠れないし。 大きな声を出したから、頭が痛い。なんだか、体も火照って熱っぽい。 なんなんだよ……まったく。 僕は、最低の気分のまま、目を閉じた。 あれ? なんか、へんな感じがする……。 朝起きたら、いつもとは違う違和感。 耳が色んな音を拾って、こそばゆい。 腰の下の方が、なんか重たいし、パタパタ……布団の中で音がする。 気になって、パタパタする音の正体を手で探る。 ……!!…… な……なに!? これ!! 猫みたいな、柔らかい毛並みの感触……。 僕は飛び起きた。 慌てて布団をめくる。 ……シッポだ。 僕に、猫みたいな、黒くて、しなやかなシッポが生えてる……。 ひょっとして……この変な耳の感覚も……。 僕は、慌てて鏡をみる。 「わっ! わぁ……」 思わず、声が出てしまった。 ……耳が……猫だ。 瑛太が、昨日変なこと言うから。 〝猫になればいいんだっ!〟なんて、言うから。 瑛太の呪い……瑛太の言霊が。 半分だけ叶ってしまって、僕に猫の耳と、猫のシッポが生えている。 ……どうしよう……外に出られないよ。と言うより、まず瑛太に顔をあわせられない。 『……那智。どうしたの? 大丈夫?』 さっきの僕の声で、心配した瑛太が部屋の向こう側にいる。 「だだだいじょうぶ!大丈夫!なんでもないよぅ……なんでもないから!」 なんで、〝絶対、大丈夫じゃない〟声で答えちゃうんだよ……僕。 瑛太のことだから。瑛太は、勘がいいから……。 『絶対、大丈夫じゃないだろっ! 那智! ここ開けて!』 って、言うと思ったよ……。 瑛太が力を込めて開けるドアを、僕は必死でおさえる。 「大丈夫だから! 絶対開けないで! 瑛太!」 『いいから開けてってばっ!!』 バンッ! 瑛太の力に負けて、ドアが勢いよく開く。 僕はドアごと吹っ飛ばされてしまった。 「……いったぁ」 「那智!! 那智!! 大丈夫!? 那智?……それ……何?……どうしたの?」 瑛太は、僕を見て、目を丸くして立ち尽くしている。 ……だから開けないで、って言ったのに……。 ✳︎ たしかに〝猫になればいいんだっ!〟って、言ったよ? 言ったけどさ……。 まさか、本当になっちゃうとは思わないし……本当になってしまえばいいとは思ってない。 本心じゃなかったんだよ……本当に。 しかも、猫耳とシッポだなんて……。 猫としては、中途半端だけど。俺の萌えポイントを、かなりくすぐってくる。 かわいい……んだけど、那智。 ドアごと吹っ飛ばされた那智は、真っ赤な顔して、涙目で俺をキッと睨んでいる。 「ごめん、那智……俺が悪かった。悪かったから…… こっちきて。一緒にどうしたらいいか、考えよう?」 そう言うと、俺は那智の手をぎゅっと握った。 ソファーに座っている那智のシッポが、ふらふら揺れてる。 耳は、たまにピクっと動いて。 那智は俯いて、口をキュッと結んで……〝僕、怒ってます〟オーラを出していた。 どうしたら、機嫌を直してくれるんだろう……。 でも、スッとしたシッポが、すごい気になって仕方がない。 ついつい、那智のシッポを触ってしまう。 「!!」 那智はビクッとして、泣きそうな顔で俺を睨む。余計……怒らせた……。 「ごめんって、那智。あんまりキレイなシッポだったから、つい」 「…………今日は、行きたいところ、やりたいこと、いっぱいあったのに……..」 とうとう、那智は両手で顔を覆って泣き出してしまった。 本来ならば……本来ならば、だよ。ちゃんとここで慰めるんだよ、俺は。 でもさ。 ……那智の耳が、悲しそうに折れて。 ……那智のシッポがシュンって、たれちゃったらさ。 もう、どうしようもないくらい、かわいいんだよ。 「……那智、かわいすぎるんだけど」 「……今、それ言うこと?……」 「……ごめん!……朝ごはん、何食べる?……かつお節とか?」 「……ふざけて言ってんの、それ?……僕は、真剣に悩んでるのに……。一緒に考えてくれるって、言ったよね?……ちゃんと、考えてくれてる?……」 「……ごめん」 今日の俺は、サイテーだ。 何言っても、那智を怒らせてしまう。 それから一日、那智はずっと拗ねていた。 俺が何を言っても涙目で睨むか、無視するか。 そのうち疲れて、那智はソファーで寝てしまった。 小さな顔のキレイな頰には、涙のあとが残る。 頰に触れると、耳がピクッと動いて、シッポがパタッと反応して。 なんだよ、かわいすぎるんだよ、まったく。 俺は、寝ている那智にキスをした。 「……んっ……」小さく漏れる声に、興奮してしまってさらに激しくキスをしてしまう。 「……んっ……ちょっ……瑛太…………」 「那智、かわいいすぎる。我慢できない」 かく言う俺は、いつも以上に興奮してしまって。 那智の首筋を愛撫すると、かわいい耳がペタッと折れたり。 那智のシッポを触ると、「や……やだ……」って言って、恥ずかしいそうな顔をして、ビクッと体をよじったり。 いつもと違う反応の那智に、余計、クラクラきちゃって。 結局、最後まで激しくしてイタしまった。 「那智、大丈夫?激しかった?」 グッタリしている那智に、声をかけた。 那智はゆっくり瞳を開けると、小さく頷く。 俺は那智の頭を撫でて言った。 「……こんなことになっちゃって、ごめん。これからは、ちゃんと那智のことを考えて行動するから。もし、ずっと那智がこのままの姿だったとしても、俺はずっと那智を愛して守るから。だから、もう、機嫌直してくれる?」 俺の言葉に、那智はにっこり笑う。 那智のしなやかなシッポが、返事をしてるみたいにパタパタした。 ✳︎ 僕は、体が軽くて目が覚めた。 僕の横では、瑛太がぐっすり眠っている。 結局、夜までずっと激しかったもんな、瑛太は。 僕のシッポを触ったり。 僕の耳をくすぐったり。 そんなに萌えるんだろうか? 僕は、猫になってしまった耳を触る。 あれ?……ない? 慌てて起きて、鏡を見る。 耳も、シッポも、ない……。 ……よかったぁ。 一生、猫耳でシッポの姿だったら……って、覚悟はしていたけど。 僕にひっついていた猫耳とシッポは、まるで魔法にかかってたみたいにフッと現れて、フッと消えた。 ディズニー映画でありがちな、あれ。 お姫様が、悪い魔女に魔法をかけられて……みたいな。 「……那智、起きたの?……あっ!!なくなってる!!」 眠そうな目から、一気に目を見開いた瑛太が飛び起きて、僕に近づく。 「ちょっと、残念だけど……元に戻ってよかった」 瑛太は僕の後ろから抱きついて、元に戻った僕の耳たぶにキスをした。 「ねぇ、那智」 「何?」 「また猫になって欲しい時は、どうしたらいい?」 「……余計なこと、考えないでくれる?」 そして、僕たちは、軽くキスを交わした。

ともだちにシェアしよう!