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第3話 青天の霹靂(3/5)
その日、一年の締め括りとして、一年生はコースの垣根なく全員揃って王都からそう遠くない森へ野外合同演習に来ていた。
ここしばらく、この辺りで魔物は出ていない。
先生はそう言っていたが、俺達の班の前に、突如それは現れた。
それも一体ではなく、三体。
この一年、魔物と戦うための訓練を受けてきた。
けれど、本物の魔物を見たのは、これが初めてだった。
野兎のようなシルエットだが全身が黒々とした闇色のそれは、見上げるほどに大きい。
ギラギラとした赤い瞳がこちらを見れば、胃の底がぞわりと逆撫でられるようで吐き気がした。
魔物の放つ気配は、自分の知っている殺気とは全く違う不快感で、知らず恐怖を呼び起こされる。
近くで座り込んだ女子が泣き出して、俺は我に返った。
反射的に剣を抜き、構える。
座り込んで泣いている女子は、ベレー帽を被っている。音楽科だ。
その後ろで立ちすくんでいる子は、看護生か。
とにかく、非戦闘学科の子達を逃さなければ。
ひと班は八人、同じ班に騎士コースは俺も含めて三人いたはずだ。
周囲を見回して、俺は愕然とする。
残っていたのは同じ班の非戦闘科の男子が一人で、残り四人は既に逃げ出していた。
はあ!?
こちらを振り返りもせず駆けてゆく簡易甲冑の後ろ姿に、思わず怒りが込み上げる。
仮にも騎士の、幹部になろうかって奴が!?
それがこんな、戦えない奴を見捨てて逃げるか!?
くそっ!!
こんなだから、騎士なんて頼りにならねぇって言われんだよ!!
ぞわり。と魔物の気配が膨らむ。
魔物に一番近かった、座り込んでしまっている女子に、魔物が一歩踏み込む。
俺はその間に入ると、叫んだ。
「お前の相手は、俺だ!」
言葉が通じるとは思わないが、宣言しておかないと、自分までもが逃げ出してしまいそうで。あいつらと同じになってしまうのだけは嫌だった。
そこへ、簡易甲冑のガチャガチャいう音と、足音が近付く。
救援か? 教師さえ来てくれれば……。
肩越しにチラと振り返れば、走ってきたのはルストック一人だった。
「大丈夫か? 怪我は無いな、立てるか?」
ルストックは素早く俺の後ろで座り込んだままの子の手を取り、それでもダメだと分かると、肩を支えて立たせる。
看護生の子と、もう一人の男子にその子を支えて逃げるようルストックが頼むと、ようやくその二人もハッとした様子で、与えられた役目に動き出した。
そうか。俺が逃げろと声をかけてやればよかったのか。
あの二人は、逃げなかったんじゃなくて、どうしたらいいのか分からなくなってたのか。
そんな風に考えていると、魔物が動いた。
俺は、授業で習った通りにその腕を払うよう切り落とした。
……はずだった。
が、魔物の表皮はゴワゴワとした毛に覆われていて、剣が思ように入らない。
瞬時に後ろに飛び退く。
そこへ、ルストックが斬り込んだ。
ルストックの一閃は、しっかりと体重の乗った斬撃で、魔物の体に深々と剣が刺さる。
赤い物が飛び散り、魔物が耳を裂くような悲鳴を上げる。
これは生き物なのだと、彼は、生き物を斬ったのだと、知った。
「君も今のうちに、逃げたらいい」
さらりと言われて、俺は耳を疑う。
同じ騎士見習いだというのに、一緒に戦おうじゃなくて、逃げろと言うのか??
「なん……で……」
「震えてるから」
「……っ! こ、れは……武者振るいってやつだ!」
「そうか……、それは失礼した」
剣を魔物に向けたままのルストックが、俺に背を向けたままに、ほんの少し笑った気配がした。
その顔が見たいと思う。
「けど魔物はこれくらいじゃ倒れない。手負いになったアレは、もっと凶暴に暴れるぞ、いけるか?」
「っ、ああ!!」
俺は、思わずそう答えていた。
ルストックに一緒に戦えるかと聞かれて、それ以外の返事なんて思いつかなかった。
足はまだ震えていたが、ここで逃げ出すなんて絶対にできるもんか。
俺はゆっくり息を吸って、吐く。
今度こそ、この剣で魔物を切り裂く覚悟をする。
ルストックと一緒に戦えるなら、俺は、なんだってできそうな気がした。
ルストックを狙ってきた魔物の攻撃を、彼は十分引きつけて躱した。
胴に開いた傷口へ、ルストックはさらに剣を突き立てる。
吹き出す赤い血を浴びながら、ルストックは躊躇いなくその胴を掻っ捌いた。
切り裂かれた魔物が、ようやく倒れ、地を赤く染めながらのたうち回る。
俺達は巻添えを食わぬよう飛び退いた。
「やったな!」
思わず上げた俺の声に、ルストックは「そうだな」と地を這う魔物を見据えたまま答えた。
魔物はまだ二体残っているが、残る二体はまだ俺達とは距離がある。
このまま距離を保って教師の到着を待つのがいいか、と考えかけた俺の耳に、小さな呟きが届いた。
「……全部、殺してやる……」
それは、低く、どろどろとした怨念の篭った言葉だった。
俺は耳を疑った。
今のは本当に、ルストックの声だったのか?
あのいつも優しげな声が。
あの大人しく真面目そうな奴が。
……こんな、澱んだ物を抱えてたのか……??
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