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第4話 後悔に溺れる(1/10)
その日、レインズは彼らしくないほどに飲んでいた。
彼のお酒は楽しむもので、溺れるものではなかったはずなのに。
「おい、もうそのくらいでやめておけ」
茶色がかった黒髪を後ろに撫で付けた男は、精悍な顔立ちのくっきりした眉を心配そうに寄せて言う。
レインズは、親友の黒い瞳をチラと見ると、手元のグラスへと視線を戻した。
「……っ、これが飲まずにいられるかよ……」
普段は花でも背負いそうなほどに整った顔立ちの、いかにも爽やかな金髪碧眼が、今はすっかり荒んだ様子で酔い潰れている姿に、ルストックは困惑していた。
「何でお前がそんなに荒れるんだ。怪我をしたのは俺だろう?」
男の言葉に、鋭く碧眼が向けられる。
「お前が!! 取り返しのつかない怪我をしたから!!! 俺が荒れてるんだよ!!!」
あまりの剣幕に、黒髪の男が一瞬気圧される。
戦場以外でこいつが声を荒げる事なんて、そうそうない。
むしろ、戦場でだって余裕の笑みを浮かべているような、いつだって飄々としている、この男が……。
「だから、どうしてお前が荒れるんだ……」
ルストックはため息と共に同じ問いを口にするが、答えはなかった。
金髪の親友は、海のような青い瞳を後悔の色に染め切って、唇を噛み締めている。
そうさせているのが自分だと言うことが、ルストックには心苦しかった。
けれど、城下町の酒場で、騎士団の隊長格である男が、あまり無様な姿を晒すわけにはいかないだろう。
じっくり話を聞いてやるためには、場所を移すしかないようだ。
「ほら、もう帰るぞ、俺の肩に――……」
そこまでで、男は気付く。自分がもう、今まで通りの体ではない事に。
ルストックは現在、動かない片足のかわりに、両腕で松葉杖を付いて生活していた。
「……いや、すまん。うっかりだ」
茶色がかった黒髪を揺らして、ルストックが苦笑する。
「もう俺では、お前を支えてやれないんだな……」
このあまり酒に強くない、飲むとすぐ酔う親友の肩を、支えて家まで送ってやるのはいつもルストックの役目だった。
もう二十年ほどもそうしてきたせいか、そうするのが当たり前過ぎて、そう出来なくなる日が来るなんて、思ってもいなかった。
自嘲気味のルストックの言葉に、涙を零したのはレインズの方だった。
目の前でぼろぼろと大粒の涙を零されて、ルストックは慌てて席を立った。
腕でマントを広げて、レインズの顔を誰にも見られないように隠す。
「っ、俺が…………」
ギリっと音立てたのは、レインズの奥歯だった。
「俺が……そばに居たら……っ!!」
予想外の言葉に、ルストックが目を丸くする。
「お……お前……。まさかそんなこと悔やんでたのか……!?」
驚きを通り越して、呆れてしまいそうだ。
俺達は、全然別の場所に派遣されていたのに。
駆け付けられるような場所では無かったし、実際、今日レインズが王都に戻ってくるまで、レインズはルストックが怪我をしたことすら知らなかったのに。
「……お前が、俺の怪我に責任を感じる必要なんて、何ひとつ無いだろうが」
苦笑と共に告げた言葉は、男が自分で思うよりもずっと優しい声だった。
「俺は……、俺が……許せないんだよっ!」
苦しげに吐き捨てる金髪の男に、ルストックは大きくため息をついた。
とにかく鳥車でも頼んで、ここから移動した方がいいな……。と、顔を上げて店内を見回すと、店の隅で見慣れた小柄な男がペコリと頭を下げた。
下げた小さな頭の後ろで、大きな赤いリボンが揺れている。
「ロッソ……?」
「店の東に鳥車を待たせています。よろしければ、お使い下さい」
「どうしてお前がここに……?」
「団長よりお言葉を預かっております。お二方とも、明日の会議は来なくて良いとの事でした」
「団長が……」
ルストックは、あの淡い金髪の団長を思い浮かべると、苦笑いを浮かべた。
「すまんがロッソ、手伝ってくれるか」
「はい」
「……俺は、一人で歩ける……」
マントの向こうで、レインズの不服そうな声がした。
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