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第4話 後悔に溺れる(7/10)
はだけたシャツの胸元へ手を突っ込むと、俺より随分薄い胸板があった。筋肉も付いてはいるが、俺ほどの盛り上がりのない胸をそっと撫でる。
「ん、ぅ……」
俺の口内でレイのくぐもった声が漏れる。
胸を撫でられただけで、感じてるのか?
俺は苦笑を堪えつつ、レイがしてくれたように、胸を弄った。
「んっ、……んんんっ」
敏感な突起は既に立ち上がりかけていて、それに触れればレイはビクリと腰を揺らした。
こいつ、どんな声を上げるんだろうな。
なんとなく、声が聞いてみたくなって、レイの口を塞いでいた唇を離す。
レイは真っ赤な顔で、とろんと蕩けそうな瞳で、うっとりと俺を見つめていた。
口付けひとつで蕩けるほどに、そんなに俺の事が好きなのかと思うと、何だか少し愛しく思う。
こいつの上に覆い被さりたいところだが、片足が動かないのでは難しいしな……。
俺は、レイの肩を掴むとぐいと隣に寝かせた。
レイはちょっと驚いた顔をしたが、まだうっとりと俺の顔を見つめている。
そういやこいつは、昔から、振り返れば必ず目が合うやつだったな。
そんなにずっと、俺ばかりを見てたんだろうか……。
くすぐったい気持ちと喜びが、胸に溢れる。
俺は向き合う形で横になったレイの首筋へ、まだ銀糸を引く唇でそっと口付ける。
「あ……」
小さく震えたレイから素直に漏れた小さな声に、俺の背を熱い物が上がる。
そのまま首筋に舌を這わせると、レイはまた震えるような声を漏らした。
「んっ、……う、あぁ……」
こいつ、今はちょっと酒臭くはあるが、それでもやっぱり、いい匂いがするよな……。
レインズは昔から、花のような香りをさせていた。
それは甲冑を纏うようになっても変わらなかった。
汗と甲冑の臭いが混ざった、そんな男臭い連中の中で、何故かいつもレインズだけは、ふわりと花のような香りを纏っていた。
気になって尋ねたら、使ってる石鹸だとか化粧品が、男臭い俺達とは違うんだと言っていたな……。
俺は、そんな事を思い出しながら、良い香りを漂わせるその首筋を丁寧に舐め上げる。
「ぅ、く……ぅん……」
耳元で小さく漏れるレイの声は、何だかたまらない気分にさせた。
入れたい。そう思ってから、しばし考える。
「なあ、下はどうしたらいいんだ?」
尋ねると、レイは半分蕩けた顔で苦笑した。
「じゃあ、俺支度して来るから、……待っててくれよ?」
と言い残すと、ふらふらした足取りで風呂場へ向かう。
まるで、俺が帰ってしまうんじゃないかと心配しているような口ぶりが、俺には少し不服だった。
心配しなくても、俺はそんな不義理なことをするつもりはない。
付き合うと言ったんだから、最後まで居るに決まってるじゃないか。
あいつが不安がる理由は何だ?
いつもの、余裕綽々で優雅ささえ感じるあいつと、今日の余裕なく泣き縋るあいつはあまりにかけ離れていた。
今まで、あいつが余裕を無くした顔を見たのはどれほどあっただろうか。
今日、俺の足が動かないと知った時。
その前は……ああ、蟻の巣まで俺を取り返しに来てくれた時も、ずいぶん余裕のない顔をしていたな。
その前は……。……そうか、俺の結婚式で泣いてたのも、好きな奴が出来たと伝えた時に泣いていたのも、あれは、悲しかったんだな……。
なんだ、結局レイが余裕を失ってるのは全部、俺絡みの事ばかりじゃないか。
俺は小さく苦笑する。気付けなかった悔しさに、胸が少しだけ苦しくなった。
しかし、そうなると、俺が付き合い出してから、結婚して、彼女と子を失うまで、十年もの間。レイは自分の気持ちに蓋をして、俺に笑いかけてくれてたのか。
俺は、あいつの気持ちに気付かないまま、デートの相談やら、プレゼントの相談やら、本当に何でも尋ねてしまった。
それなのに、あいつは嫌な顔ひとつせず、いつも良いアドバイスをくれて、服まで一緒に買いに行ってくれて。
『似合ってるぞ、ルス。これなら彼女も惚れ直すんじゃないか?』
なんて、一体……どんな気持ちで口にしてたんだろうか。
あいつがどれほどの無理をして、俺を大事にしてくれていたのか、それに気付く度に、俺は胸が締め付けられた。
子ができたと伝えたら、誰より喜んでくれた。
親兄弟のいない俺にとって、レイはかけがえの無い存在だった。
妻の妊娠中も、気の回らない俺に代わって、あれこれと差し入れをしてくれて。
子が生まれれば、まるで自分の子の様に可愛がってくれた。
ずっと、本当の気持ちを隠し続けて。
どれほど胸を痛めていたんだろう。
それほどの辛さを話してもらえなかった事は、親友として悔しくもあるが、あいつにとって俺は、ずっとずっと、親友ではなかったんだろう。
そうか。あいつはきっと、ずっと怖かったんだ。
俺に気持ちを隠している事は、俺を騙している事と同じだったから。
良かれと思ってしていても、やはり罪悪感があったのだろう。
さっきの、レイの悲しみと絶望に染まった顔が胸に蘇る。
『っ違う! 違うんだ! 俺は、お前を騙してたわけじゃなくて……』
悲痛な叫びは、まるで血を吐くようで、青い瞳は今にも壊れてしまいそうだった。
あいつはそれきり、何も言えなくなって、俯いて泣いていた。
肩を震わせて泣くあいつが酷く小さく見えて、何とか慰めてやりたくて、俺はあいつを胸に抱いた。
あいつは罪悪感に苛まれている。
もしかして、俺を好きになってしまった事を、俺に対して申し訳なく思っているのだろうか……?
だとしたら、せめて、お前が恥じることは何もないと、俺はお前に愛されて嬉しいと、伝えた方が良いな。
……また、読みが甘いと言われてしまうかも知れないが。
俺がじわりと口端を上げると、部屋の扉が開いた。
チラと壁にかかる時計を見上げれば、時間はまだ真夜中というほどでもない。
夜はまだまだ続きそうだ。
今夜はゆっくり、レイの本当の心を暴いていくとしよう。
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