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第5話 花のような(1/9)
目が覚めたら、朝だった。
頭が痛い。
そっか、昨日俺、飲み過ぎて……。
俺は寝巻きではなかったものの、部屋着を着せられていた。
……これ、ルスが着せてくれた、ん、だよな?
多分、寝巻きが見つからなくて、適当に着せてくれたんだろうな。
他に誰もいない寝室を見渡す。
起き上がると、尻が痛かった。尻に体重がかかるとずきんずきんする。
入り口は、服に擦れる度ヒリヒリしていた。
その痛みに、ああ、よかった。夢じゃないな。と俺はひどくホッとする。
見れば、昨日のバスローブが、ハンガーに干してあった。
……まさか、あいつわざわざこれ手洗いして帰ったのか?
そう思いながら、ひとまず水でも飲もうかと隣の部屋に移動すると、ソファにルスが寝ていた。
「!?」
えっ。
えっ!?
まじで!?!?
バクバクいう心臓を押さえながら、息を殺して覗き込むと、ルスはゆっくり目を開いた。
「……レイ……。おはよう」
ルスは、学生の頃のように、寝起きのふにゃっとした顔で柔らかく微笑んだ。
髪は全部は解けていなかったが、半分近く解けていて、さらさらとその額に頬にかかっている。
「……っ!」
「体は大丈夫か……? 痛むところは無いか?」
まだ眠そうな声が尋ねてくる。ルスの実直そうな太い眉がじわりと寄せられた。
「ぁ、大丈夫……」
寝起きのルスは、あれから二十経っても、やっぱり可愛すぎた。
俺は真っ赤になる自分の顔に堪えきれず、両手で顔を覆った。
「……隠さないでくれ」
なんでだよ!!!
俺は、お前に情けないとこ、見られたくねぇんだよ!
心で叫ぶ俺の手首を、ルスが掴んだ。
ぐいと手を避けられると、覗き込むルスの小さな瞳と目が合う。
「お前がすぐ赤くなる事くらい、知っている。レイ、俺に顔を見せてくれ」
「……っ」
……そんな風に頼まれたら、断れないだろ……。
おずおずと両手を離すと、ルスはにこりと笑って言った。
「ああ、俺の嫁は、今日も美丈夫だな」
「なんっっっっ……」
なんつーことを言うんだ、おい!!!
『俺の』!?『俺の』嫁って言ったのか!? ルスが!?
ってか俺が『嫁』か!?
そこは確定なのか!!??
さらに真っ赤になって目を回している俺の顎を、ルスの温かい指が撫でる。
そのまま優しく引き寄せられて、口付けられる。
息が止まる。瞬きもできずにいる俺を、そっと話してルスが言った。
「まだ酒臭いな」
「っ……悪かったな」
「二日酔いか?」
「……まあ、な……」
情けなくて、目を逸らして俯いた俺の頭をルスが撫でる。
「……っ」
こいつ、こんなに触れてくる奴だったのか!?
一瞬、あの奥さんにも、毎日こんなふうに優しく触れていたのかと、胸に暗いものが過ぎる。
その暗闇を振り払おうとブンブン頭を振る。と、痛みにふらついた。
ルスは素早く半身を起こし、俺の肩を支える。
「何をやってるんだ。ほら、ここに座っていろ。水を汲んでくるから」
窘めるように言って、ルスは立ち上がる。杖を手に取って。
コツ、コツ、と杖の音が、静かな部屋に響く。
ルスはテーブル前で杖を置いて、それから水差しを取った。
「お、俺っ」
思わず声を上げた俺を、ルスが振り返る。
「俺、ルスの足になる! この先、ずっと、ルスの面倒見るから!」
ルスはちょっとだけ困ったように笑って言った。
「気持ちはありがたいが……。昨日も今日も、お前の面倒を見ているのは俺だぞ?」
うっっっ確かにっっっっっ!!
俺は、またも格好が付かずに赤面するしかなかった。
酔い潰れた俺の介抱も、寝てしまった俺の後始末も、全部ルスが…………。ん?
俺の、後始末って、俺の……まさか……。
立ち上がっても、歩いても、俺の尻から何かが出て来る気配はなかった。
いや、一晩も経てば吸収されたりする……とか……?
「ほら、ひとまず水でも飲んで、落ち着け」
コツ、コツと杖の音とともに、ルスが水を持って戻ってきた。
「あ、ありがとう……」
受け取って、口に含むと喉が乾いていた事に気付く。
ごくごくと一気に飲み干すと、ルスが空のコップを受け取った。
「もう一杯飲むか?」
「ああ、頼む…………じゃなくて!」
「ん? 要らないのか?」
「いや、いる。水のおかわりはいる」
コツ、コツとルスがまたテーブルへ向かう。
その背を見つめながら、俺は昨夜の後始末について思う。
まさか……。
まさかとは、思うが、ルスが……、ルスが俺の、尻から……っ!?。
その様子を想像すると、どうしようもなく体が熱くなる。
戻ってきたルスは、水を差し出して言った。
「お前、顔が赤いぞ、大丈夫か?」
「あ、ああ……」
俺は水をもう一杯飲み干すと、尋ねる。
「なあ、お前、昨夜、俺が寝てから何した……?」
ルスは空のコップを受け取ると、小さく首を傾げて答える。
いや、その仕草は可愛過ぎる……っっ。
「えーと。お前の体を綺麗にして、お前に服を着せて、バスローブを洗った。くらいか?」
「き、綺麗にって、具体的には?」
「中に出した俺のを掻き出して、体を拭いたくらいだな」
平気そうに答えてるが、何か、思うところはなかったのか……?
「腹の調子はどうだ? 痛むところは本当にないのか?」
真剣に尋ねられて、俺は正直に答えることにする。
「腹は平気だが、下は多少……痛いな。まあ、こればっかは仕方ねぇよ」
俺の言葉に、ルスは小さくため息を吐いて、俺の頭を抱き寄せた。
柔らかな胸に、顔が沈む。
いや、自分はそこまでムキムキじゃないので知らなかったが、ムキムキの胸って、力抜いてる時は柔らかいんだな。
昨日も思ったが、これはアレだろ。下手すりゃ巨乳レベルに揉み応えあるんじゃねぇの?
まあ、ちょっと力入れられちまうとガチガチになるんだけどな。
「無理させて、悪かった」
「はぁ? いや、全然っっ。つか誘ったの俺だし! ルスはすげぇ、優しかった、し…………っっ」
反射的に答えて、それから赤面する。
昨夜、ルスが優しく俺の中を解してくれた、その感触が蘇って、下腹部が熱くなる。
真っ赤に染まる俺の顔を、ルスがじっと見下ろしている。
ふい、とルスが視線を逸らして、俺を抱いていた手を離すと背を向けた。
え……?
ルスは杖を手にすると、コツ、コツ、とテーブルに戻る。
そこでルスも二杯、水を飲んでから、俺に背を向けたまま言った。
「じゃあ、長居したな。体、しっかり休めとけよ。また午後にな」
「え、ちょ……、ルス……?」
なんだ?
様子がおかしい。
いつも、別れ際には、必ず顔を見て挨拶する奴が、そのまま背を向けて帰ろうとしてるなんて。
俺は思わずその背を追いかけた。
「ま、待てよ!」
玄関前で追いついて、肩を掴むと、ルスの肩がびくりと揺れた。
が、ルスはこちらを振り返らない。
「お前……なんかおかしくないか?」
「……」
ルスの返事はない。
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