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第6話 こぼれた水(4/13)

「離れろ! 蟻だ!!」 レインズの元に集まりかけていた隊員達が散る。 が、その中央にいたレインズは、一歩遅れざるをえなかった。 その手には剣が握られていない。 レインズの剣は、地に伏す魔物に突き立てられたままだった。 あいつ、俺には剣を手放すなと言った癖に……っっ。 地中から姿を現した蟻形の魔物は、間近に居たレインズに狙いを定める。 「これを使え!」 握っていた剣を投げれば、レイはしかとそれを掴んだ。 蟻は穴から次々と現れる。 勝利の余韻を残したままに、辺りは戦場へと逆戻りした。 視界の端に、さっきまで俺を支えていた青年が、蟻の顎に捕らえられようとしている瞬間が映る。 俺の足では間に合わない。 俺は、最後に残った短剣を抜くと、届く事を祈って投げる。 ガチッと音を立て、短剣はアリの節に刺さると、何とかそれを折った。 ぐらりと姿勢を崩した蟻の下から、青年が這い出す。 蟻は、姿勢を立て直すと俺を見た。 真っ直ぐ向けられる魔物の気配に、ぞわりとした悪寒が背を走る。 だがそれ以上に、俺はこいつらが憎かった。 腹の底から煮え繰り返るような怒りを、表に出さないよう押さえ付けつつ、レインズが倒したリス形の魔物ににじり寄ると、そこに突き立てられていた剣を抜く。 一体でも多く、その首を落とす。 その為に、邪魔な杖を捨てようとした時、俺と魔物の間に、レインズが割り込んだ。 「大丈夫か!? フォローが遅れて悪ぃ。お前の分も俺が倒すから、お前は無理しないで見てろよ!」 溌剌とした声に、黒く染まりかけた心が引き戻される。 そんな俺達の頭上に、ふ。っと影が過った。 レインズは、いや、この場のほとんどがそれに気付いていない。 遠くから、カチャカチャと甲冑の音が聞こえる。 そうか、こいつは勇者隊が追っていたもう一体の……。 「上だ!!」 叫ぶが、間に合わない。 さっきのリス形のと同じだ。 魔物は、明るいレインズのマントに引き寄せられるように、あいつへと狙いを定めた。 何とか届いた俺の剣は、魔物の攻撃を受けきれぬどころか、流し切ることすらできなかった。 持ちきれない剣を捨て、それでも届かず杖も捨て、ようやくレインズのマントに手が届いた。 「振り抜け!」 俺の合図に、レインズは瞬時に振り返りつつ、振り向きざまにリス形の魔物を切り裂く。 倒れつつある俺の目に、剣を振るうレインズの凛とした横顔が、鮮やかに映る。 この強く美しい男に、俺は確かに惹かれているのだと気付く。 鮮やかな金の髪が宙を舞う様は、時間がゆっくり流れているかのように、その全てが胸に焼き付いた。 ああ。流石だな。 お前、もう……俺よりずっと、強かったんじゃないか……? 俺の足は、自身を支えきれず崩れた。 マントを掴んでいた手を離す事もままならないまま、俺は頭から地に落ちる。 ドンッ! という衝撃の後に、もう一度頭を打つ。 頭というものは、存外跳ねる物らしい。 「ルスっ!」 悲痛な声は、すぐそばで上がったはずだった。 なのに、やたらと遠くで聞こえる。 ぐにゃりと歪んだきり、目の前は真っ暗で、何も見えなかった。 「ルス!! ルスっ!!!」 レインズの泣きそうな声。 おい……まさかお前、部下達の前で泣いたりしてないだろうな……。 見えないままに手を伸ばせば、必死で握り返して来る手があった。 どんどん遠ざかる声が、縋るように俺を呼んでいる。 ……お前……、外では、略さず呼べと……言った、ろ……。 それきり、俺の意識は途絶えた。

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