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「それで、何があった? 久々じゃないか、光の『殺す』が出るのは……」 「今日、汀、いないって言ったのに……」  口の中でもごもご言ってから、今言うべき言葉はこれではないと気づいて「ごめん」と謝る。 「ごめん……。汀に聞かせていい言葉じゃなかった」  大きな目で光を見ている汀に「真似すんなよ」と言うと、キラキラした目のままこくりと頷いた。  素直だ。  汀は可愛くて、とてもいい子だ。さっきのような悪い言葉は絶対使って欲しくないと思う。  けれど、その悪い言葉が出てしまうくらい、光は傷ついていた。  唇を噛んで、ほんの三十分ほど前の出来事を脳裏に思い浮かべる。  『ラ・ヴィ・アン・ローズ』は、郊外型ショッピングモールに必ずと言っていいほど店舗を構える人気のインテリア雑貨店だ。  ふらつく足でショップ内に入った光は、一番目立つ場所で展開されている『キューブ』という名の照明器具を間近で見た。    ショーウィンドウに飾られていた春の主力商品。   間違えようがなかった。  その形は、半年前に光がスケッチブックに描きとめたものだ。パソコンに取り込む前のアナログ状態だったが、デザインは細部まで出来上がっていた。  春から初夏にかけて展開される商品をイメージし、試作品が汀の誕生日に間に合えばプレゼントしたいと、そんなことも考えながら、自分の中の大事なものを形にして描き出したものだ。  光は、本名の此花光を片仮名で「コノハナヒカル」と表記して活動する、プロの工業デザイナーだ。雑貨や小ぶりの家具などを中心にフリーでプロダクト・デザインを請け負っている。  デザインは全て、最終的にユーザーに届けることを念頭に考える。  箱型の照明器具も商品化を視野に入れ、材質や細部の形状を計算してスケッチに落とし込み、ディテールの詳細や、バリエーションのいくつかも細かく描いていた。  デジタルでデザインを起こすことも多いが、光の場合は最初のアイディアからほぼ完成に近い状態まで、一気に手描きで仕上げてしまうことも多かった。  プレゼン用にデジタルに落とし込む時にはスキャンすればほぼ完成ということもある。  試作品も依頼済みだった。  そろそろできあがる頃で、明日にでも試作工房を訪ねようかと思っていたところだ。  それがすでに形になって販売されていた。  しかも……。  人通りの多いショッピングモールの通路で、その細部を一つ一つ確かめるように見ているうちに、光の口元はマスクの下でぐにゃりと歪んだ。  重い硝子で作られた、シャープなエッジを持つ照明器具。  透明硝子と磨り硝子が市松模様やストライプを描き、やわらかな光と明るいきらめきが角度によって変化を見せる。光がデザインした形状、サイズやバランス、模様の組み合わせまでそっくりそのまま使われていた。  けれど……。  ーーなんだよ、これ……。  見ているうちに吐きそうになった。  あまりの怒りとショックで身体が凍り付いてゆくようだった。震える手でマスクの上から口元を押さえ、こみあげてきた嘔吐感をぐっとのみ込んだ。  それからふいに泣きたくなって、慌ててその場を離れた。  ――なんだよ、あれは。  どうしてあんなものを作るんだ。  心が切り裂かれる思いで、泣きながら国産の小型車に乗り込んだ。  立体駐車場を出ると、アクセルを踏み込んでスピードを上げ、気が付いた時には清正のマンション近くにあるいつものコインパーキングにクルマをとめていた。

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