50 / 119
【11】-3
いくつかの納品と新規の打ち合わせのために薔薇企画の本社に寄ると、この日も井出が光を出迎えた。
珍しく憔悴しきっている。
「このところ、チーフの機嫌が悪くてさぁ……。なんか、例の彼氏とうまくいかなかったみたいなんだよねぇ……」
「へえ……」
「コンペの準備も進んでないらしくて、荒れちゃって大変なんだよぉ」
少しでも気に入らないところがあると、厳しくダメ出ししてくる。ほとんどヒステリーのように詰めてくるので、怖くて、デザイン課の全体がピリピリしている。
このままでは新人が辞めてしまうのではないかと頭を抱えた。
こんなに悩んでいる井出を見るのは初めてだ。
「此花くんみたいに鉄のメンタルを持ってる子ばかりじゃないんだからさぁ……」
「鉄のメンタル?」
「その上、実力がある外注デザイナーさん、どんどん切っちゃうし」
「切るって?」
「いいデザインをするなぁって思ってた外注さんを、ちょっとしたことで切っちゃうんだよ。もうあそこには仕事を出すなってハッキリ言ってくる。理由を聞いても、デザインが気に入らないって。どこがどう気に入らないのか、僕にはわからないんだけどね……」
光の時もそうだったと言う。
結局、松井の言いなりになる緩いデザイナーしか残らないのだとため息を吐いた。
「でも、そういうとこって、出来がどうもねぇ……。かと言って、ちょっとでも意見を言えば、僕が責められるし……。もう、やだぁ」
本人の前では言えないけどさぁ、と机につっぷす井出を眺めて、今まではいい話しか耳にしなかったが、実はこんなだったのかと松井の本性を垣間見た気がした。
(裸の王様か、ロバの耳だな……)
受付カウンターの前を通りながら、白いボードに並べられたデザイナーの紹介写真をチラリと見た。
品よく控えめな内装でまとめたビルの中で、不自然に目を引く場所だ。
ひと際目立つ、自信に満ちた笑顔がこちらを見ていた。
写真の下には「JUNKO」の文字と、チーフデザイナーという肩書き。その下には一見きらびやかな経歴が並んでいる。
『デザイナー生活十周年記念作品』、『会員限定商品のメインデザインを担当』。
誰でも普通にしてきた仕事を、いかにも立派な言葉に変えて宣伝する技術はたいしたものだと変に関心してしまった。
ともだちにシェアしよう!