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第77話

倦怠期って 5 「弘樹が女との経験がないから、西野は不安ってことか……バカ犬はそっち系の趣味悪ぃーもんな、俺には理解できねぇーけど」 オレが言いたかったことを、雪夜さんが言葉を選んで弘樹に伝えてくれたんだけれど。その後に付け加えられた弘樹の趣味についての話に、弘樹は反論する気みたいで。 「悠希には、確かに女装させたことありますけど……でも、毎回やってるわけじゃねぇし、俺は人前でも堂々と悠希と手を繋いでデートしたかっただけなんです」 弘樹のおかしな趣味に付き合っている西野君は、今までもちょっとした不安を抱えていたらしいから。弘樹のこの想いがしっかり西野君に届いていないから、だから西野君を不安にさせてしまうのではないかと……オレがそう思った時、雪夜さんがオレの隣で溜め息を吐いた。 「恋人を女にしてお前が楽しんでも、相手が同じように楽しんでるとは限らねぇーだろ。お前に嫌われたくないから、西野は我慢してる部分もあるんじゃねぇーのか?」 「それは……」 好きな人に、嫌われたくない。 誰だって思うことだけれど、恋人だから許せることもあるし許せないこともある。それは、当人同士の匙加減で決まること。 弘樹に嫌われたくなくて、西野君が弘樹に合わせて無理をしていたとしたら。無理していることすら弘樹本人には言えなくて、ずっと我慢していたとしたら。 そんな考えが頭を過ぎり、オレは黙ってしまった弘樹にこう言ったんだ。 「オレなら、もしオレが西野君と同じ状況だったら……オレも弘樹を信じられないし、不安になると思う。やっぱり女の子の方が良かったんだって、男のオレじゃダメなんだなって思っちゃうよ」 女の子の服を着せられるのは、相手の趣味に合わせて着てあげるとしても。その後に自分とは違う女の子といるあんな写真を見てしまったら、とてもじゃないけれど不安を通り越して拒絶してしまうと思う。 オレは弘樹の親友だから、最初は弘樹の肩を持っていた気がするけれど。よくよく考えてみれば、西野君が弘樹を避けてしまう気持ちは当たり前なんじゃないかと思った。 「俺たちの関係は、男女の恋愛とはワケが違う。受け入れる側の方が身体に負担もかかるし、気持ちの面でも不安を抱きやすいんじゃねぇーかと思う」 オレの意見を聞いて、そう言った雪夜さんはオレに向かい優しく微笑んで。 「だから、相手を不安にさせちまうような言動は極力避けるし、自分よりも相手を労ってやりたい……その気持ちが恋人に伝わるように努力すんのが、お前の役目なんじゃねぇーの」 弘樹に対して投げ掛けている雪夜さんの言葉が、オレの心に柔らかく響いていく。雪夜さんがどれだけオレのことを考えて、どれだけ思ってくれているのか。 普段から充分過ぎるくらいに伝わっているけれど、こうしてストレートに言葉にされるのはなかなかないことだから。 雪夜さんの気持ちが、オレは涙が出そうになるほど嬉しくて。鼻の奥がツンとしてきたオレは、ぐすんと小さく鼻を啜った。

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