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第18話掴みどころのない男

 なぜだろうか。ミカルの最後の言葉がわずかに揺れ、作られた本音のように感じてしまう。途中までは本心で言っていることが伝わってきたというのに。  どうやら俺を大切に扱いたいという気持ちは本当らしい。  油断はできないが、意図して危害を加える気が一切ないと確信が得られただけでも収穫だ。何かあればすぐに気は変わるだろうが。  もう飢えは落ち着いた。何もやらないなら触れ合う必要は一切ない。  俺は少し力を入れて頭を上げ、ミカルの首筋から口を離す。  心なしか行かせまいと腕に力が入った気はしたが、すぐ呆気なく俺を逃がしてくれた。 「さあ紅茶を淹れましたのでどうぞ……ああ、起きて歩くのが辛いようでしたら、こちらまで運びますよ」 「……起きる。これ以上無様な姿は見せたくない」 「辛い時に辛いと言って頼るのは、無様でもなんでもないのですが……」 「敵に情けをかけられることほど惨めなものはない」  鈍い動きで寝台を下りようとする俺の眼前に、ミカルが手を差し出す。 「私は敵じゃない……と言い切れないのは歯がゆいところですが、せめてこれぐらいは手伝わせて下さい。寝台から無様に転がり落ちるカナイを見るのは辛いです」  しなやかで長い手を思わず凝視してしまう。  この男をしっかりと理解することは永遠にないだろうが、ミカルなりの誠意は伝わってきた。  きっとこの手を取っても俺が立ち上がりやすくなるだけで、それ以外は何も起きないのだろう。  そう思えるだけの信用を俺は持てたらしい。散々な目に合わされ続けた奴に対して。  無様に寝台から転がり落ちる可能性を考えて、明らかにそうなりそうだと判断した俺は、ミカルの手を取った。 「フフ……頼ってくれてありがとうございます、カナイ」  俺の手を強く掴み、立ち上がろうとする動きに合わせてミカルが引っ張り上げてくれる。  そして難なく立ち上がった俺へ微笑みかけた後、踵を返して紅茶の元へと歩いていく。  やはり何もなかった。  これが当たり前だと思えるような人生を俺は送っていない。  陥れられることがない、ということが逆に困る。  相手の思惑を読み、駆け引きをして、相手の狙いを逆手に取ることが人間相手の常だったというのに。  ミカルという男との対峙の仕方が分からなくなってしまった。  一度クウェルク様に報告し、やり方を見直さねばと思いながら、俺はミカルに遅れてソファへと向かう。  ふと口の中に、ミカルの血の味がまだ残っていることに気づく。  血の甘さとともに漂うバラの香り。  混じり合うはずのないその二つが心なしかまとまり、俺の舌へ深い味わいを与えているような……。 「……毒も慣れる、か」 「何か言いましたか?」 「いや。相変わらずバラの香がたまらん。紅茶で口を洗わせてくれ」  俺は小さく息をついてから、歩幅を広げてミカルとの距離を詰めていった。

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