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第39話躊躇

 利用すべきだ、と理性は淡々と俺に言い聞かせてくる。  それでも躊躇してしまう自分の臆病さに泣きたくなってしまう。  即答できない俺をよそに、ミカルは自分の砂時計を動かし始める。 「どうぞ私の提案を考えながら続けて下さい。貴方は奥ゆかしい方ですから、言葉に出して答えるのは辛いでしょう。もし嫌ならば全力で勝ちにきてください。そうでなければ……分かりますよね?」  コッ、と駒が置かれた音に俺は肩を跳ねさせる。  選択権は俺にある。手強い好敵手を都合良く扱って構わないのだ。むしろ俺は前のめりになりながら、わざと負けたほうが同胞たちのためになる。しかし──。  自分の駒を持つ手が震える。そのせいで置こうとした所とは違う場所へ置いてしまい、不利な状況を作ってしまう。  一晩だけ耐えればいいだけの話。逃亡さえしてしまえば、あとはミカルの手を避ければいい。傍に置くことを許すとしても、交わりを許し続ける必要はない。  受け入れるべきだ。何を恐れている? もう散々口づけを与えられ、俺の肌は既にミカルの手の感触を知っている。抵抗感はあっても、以前よりも割り切ることができる。  言葉にせずとも、負けてしまえばいいだけ。簡単なことだ。  何度も自分へ言い聞かせるが、それでも俺の手は勝手に勝てる可能性のある場所を攻めてしまう。  見苦しいものだと思いながら駒を動かし、拮抗状態を保っていく。  そして最後、ミカルの本体を狩れる直前まで追い詰めることができた。  ひとつ動かせばそれでこの件は終わりになる。  このまま勝ってしまいたいところだが──。  俺は本来置くべき駒からひとつ手前の駒へ置き、ミカルへ順番を移す。  敢えて勝ちにいかなかった──俺の意図が伝わり、ミカルが一笑を溢した。 「望みは分かりました。このまま勝ってしまってもよろしいですか?」 「……」  何も言えはしなくて俺は唇を固く閉じる、  それが一番の答えだと分かっていても……。  無言を貫く俺の前でミカルは自分の砂時計を動かし、間髪入れずに俺の本体を捕らえた。 「……私の勝ちで文句ありませんね?」  胸奥が重たくなるのを感じながら俺は頷く。  ミカルの口角が引き上がっていくのを目の当たりにしながら、全身のざわつきを抑えるのに必死だった。  怖い。長年の敵と関係を持つことが、ではない。  体の奥底にこの男が刻み込まれて、非情になれない気がして──。

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