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第50話理不尽を知る理解者

 さすがにこの手紙を残してはいけないだろうと、俺は壁の燭台に目を向ける。案の定、昼間で明かりを灯す必要はないのに、そこには蝋燭の火が点いていた。  足早に近づいて手紙を燃やし、火も吹き消しておく。  あとは日没までは動くなという指示に従うだけ──ミカルと一線を越える前なら、疑心暗鬼になって素直に言うことを聞かなかっただろう。  だが、今はミカルが俺を裏切らないという確信がある。  初めて出会ったあの時、俺たちはさほど言葉は交わしていなかった。  それでもあの短い時の中で、誰よりも互いを理解していた。  理不尽に日常を奪われ、その道に進むしかなくなったことへの嘆きと憤り。  人間と魔の者であっても分かり合える──あの時、俺は既に体感していた。  二度と会うこともないだろうと思い、記憶の底へと沈めていたが、この日のことは何度も夢に見て思い返していたほど。  昔の繋がりが分かってしまっただけで、こうも心が動いてしまうとは。  案外と俺は自分が思っているよりも単純なのかもしれない。  そう考えて、思わず俺は小さく吹き出す。脱出が果たせるかどうか分からない事態だというのに、心の中はどこか落ち着いていた。  ミカルが味方であるならどうにか切り抜けられる。  十三年も戦い続けてきた相手だ。その強さと有能さはよく分かっている。  むしろ問題なのは同胞に味方だと知らせること。  血を吸い上げ、俺の眷属にしてしまえば話は早いが……それだけは絶対に嫌だ。  理不尽に日常を奪われてしまったアイツに、俺が理不尽に人をやめさせるなどしたくはない。  どうしたものかと考えている内に、バンッ、と玄関扉を荒々しく開ける音と、騒がしく入ってくる靴の音が聞こえてきた。  日が落ちるまでの時間稼ぎ。それと奴らに与える油断。  強くは見せまい。しかし気高さを殺してはいけない。  俺は部屋の扉から一番遠い壁へと向かい、背をつける。  そして部屋へと駆けてくる疎らな足音を聞きながら、間もなく訪れるであろう屈辱の時に心を備えた。

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