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第60話望んだ手応え
カナイの言葉に私の思考が一瞬止まる。
……私の血だけしか飲めない?
魔の者にとっては毒となるバラの香りを含んだこの血を?
私の反応が思っていたものと違うのだろう。憤慨していたカナイの眼差しが和らぎ、目を細め、心配げな色を覗かせる。
心が向けられている。
頑なに私を拒んでいたカナイから──。
思わず私はカナイへ手を伸ばし、誰よりも愛しいその身を抱き締めた。
「カナイ……っ……責任は、取ります。私の一生も、この身が滅び魂だけになったとしても、貴方へ愛を捧げ続けることを誓います……っ」
「こ、こら、感極まって喜んでいるのは分かるが、今はそれどころじゃ──」
「分かっています。少し遠いですが、ここから西へ進んだ所に私の隠れ家があります。いつ協会に除名され、命を狙われるか分からなかったので……」
「用意していたのか……お前、自分が危ない橋を渡っていたことは自覚していたのだな」
「ええ。退魔師になりたての頃から理解していましたよ。彼らが絶対に許さないことを、私が切望していることは」
一度腕の中のカナイを強く感じたくて、腕に力を込める。
そうして少しだけ腕を緩めて顔を離した後、私はカナイの唇を奪う。
今はこんなことをしている場合じゃない、と私を押し戻そうと胸を押したのは最初だけ。
すぐにカナイは私の口づけを受け入れ、口内を堪能したがる舌を迎え入れてくれる。
体が小さく跳ねる度に、カナイの息が詰まる。そして甘く弛緩していく様が手に取るように分かってしまう。
唇を離して顔を見てみれば、まるで数多の愛撫を受けて蕩けたような顔で、カナイは私を熱く瞳を潤ませながら見上げてくれた。
そして今にも泣きそうに顔をしかめ、眉間にシワを作る。
「これ以上はやめてくれ……薬がまだ、効いている……」
薬? すぐに思い至らず首を傾げるが、退魔師として駆け出しの頃、古参の退魔師がいやらしく口元を緩めながら見せてくれた薬があったことを思い出しす。
魔の者をより堕とす薬──カナイが何をされたのか理解し、私の背筋が激しくざわつく。
「……助けは、間に合いませんでしたか……?」
「寸前のところで間に合った。薬を飲まされただけで、手は出されていない。ただ……気を抜くと、呑まれそうになる」
悔しげに目を細めるカナイを、私はもう一度だけ抱き締める。
ようやく手に入れた彼を、二度と奪われてたまるか。
あと少しで、きっと私が長年望み続けてきたものが叶うのだから──。
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