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第8話 15時、地下駐車場で
そう思ってはいたものの、募る気持ちを簡単には消すことなどできない。
月2回ほど行われるようになった、グリスタのライブやイベント。今日も変わらず、友渕は陽一郎に会いに行く。
「友渕さん! 来てくれてありがとうございます」
「う、うん……っ、もちろんだよ! 陽一郎くんのこと、応援してるから」
今まで見てきた陽一郎と、何も変わりがないように思える。
目の前にいる陽一郎は、あの衝撃的な動画で見た表情を全く感じさせない。それがかえって、友渕を不安にさせる。
「あ、あの……陽一郎くん」
「友渕さん。これ、今日の特典ブロマイドです。受け取ってください」
友渕が例の動画の真相を聞こうと、勇気を出して口を開いた瞬間。後に続く言葉を遮るように、陽一郎がブロマイドを手渡してきた。
「あっ……ありがとう、大事にするね……!」
話の腰を折られてしまい、友渕はブロマイドを受け取り、感謝することしかできなかった。
動画について、何も聞くことができなかった。沈みこむ気持ちを隠せず俯いてしまうと、笑顔で写っている陽一郎のブロマイドの下には、一枚のメモ用紙が添えられていた。
──『15時、地下駐車場で』……えっ、これって……!?
メモにはそう書かれており、まるで待ち合わせの約束をされているようだ。
イベント後に、推しと待ち合わせできるチャンス──。友渕の頭の中に、動画で見た陽一郎の姿が走馬灯のように駆け巡り、今度こそ動画のことについて聞かなければならない。
「陽一郎くん……!」
「来てくださいね。俺、待ってますから」
「っ……!」
慌てて顔を上げて、大声を出しそうになった友渕。それを制するように、陽一郎にそっと耳元で囁かれ、友渕の体温が一気に上がる。
友渕は首を激しく縦に振り、承知したことを全力で伝えた。
友渕はメモに書かれていた時間よりも早く、会場そばの地下駐車場へやってきた。車が多く停められているものの、友渕の他に人の姿はない。
「駐車場って、ここ……だよな? 陽一郎くん、本当に待ってるのかな……、って、居る……!!」
黒いワゴン車のそばに、長身の男性が立っている。私服姿の陽一郎だ。
豊満な胸筋が際立つ白のTシャツに、黒のダウンジャケット。ジーパンに包まれている鍛え上げられた太ももは、とても逞しい。足元はスポーティーなスニーカーがよく似合う。それに加えてフレームの細いメガネをかけており、普段とは違った雰囲気だ。
友渕は咄嗟に柱の影に隠れ、初めて見る陽一郎の姿を舐め回すように見つめてしまう。
──うわあぁぁ〜〜陽一郎くんの貴重な私服姿!! 衣装とは違う感じで、ムキムキなカッコいいところが拝めるなんて、最高!!!
そうしてしばらく見惚れていたのだが、ふと視線を移した陽一郎に気づかれてしまった。
「友渕さん、来てくれたんですね! そんなところに隠れて、どうしたんですか?」
「え、あ……!! よ、陽一郎くんがカッコよくて、ずっと見ていたくなっちゃって……!」
「っ……!」
陽一郎は驚いた様子で、言葉を詰まらせた。その反応に友渕は青ざめる。
「ごっ、ごごごめん! こんなこと言われても気持ち悪いよね……!」
「いえ、すごく嬉しいですよ。ありがとうございます」
いつもの暖かみを感じられる笑顔が、貴重なメガネ姿で違った魅力を感じられる。
友渕は思わず感極まりそうになるが、陽一郎の前でこれ以上みっともないところは見せたくない。
「友渕さん、助手席乗ってください」
このワゴン車は陽一郎のもののようで、自然な動きでドアを開き、友渕を助手席へと招く。
推しにエスコートされるなど、これまた夢なのではないかと思うくらい現実味がない。
「……ひぇっ、かっこい……!!」
「はは、やっぱり友渕さん面白いな」
「ししし失礼します……!!」
友渕は足をガクガクと震わせながら助手席に座る。シートベルトを締める手まで震えており、陽一郎がそばにいなければ、完全に落ち着きのない不審者である。
ドアが閉められ、運転席に陽一郎が乗り込んでくる。その姿はスマートで、友渕はまたしても見惚れてしまう。
車は幹線道路をひた走る。
真っ直ぐ前を見て、安全運転をしている陽一郎。その姿を、友渕は目に焼き付けるように見つめてしまう。
すると信号待ちのタイミングで、僅かに頬を染めた陽一郎が視線を送ってきた。
「はは……。友渕さん、めちゃくちゃ俺のこと見てる」
「ごっ、ごめん!! ガン見されたら、気分良くないよね……」
不快に思われたかと、友渕は青褪める。しかし陽一郎は頬を染めたまま、はにかむような笑みを浮かべている。
「ちょっと気恥ずかしいだけですから、大丈夫ですよ」
「あ、ありがとう……!」
その微笑みに友渕が歓喜に浸っていると、信号が青に変わった。
目的地は知らされていないが、このまま陽一郎とドライブをしていたい気持ちになってしまう。
「そうだ。急にメモ渡して、すみませんでした。都合悪くなかったですか?」
「だっ、大丈夫だよ! 陽一郎くんに会う日は、いつもその後に何も予定入れないことにしてるから……!」
陽一郎に会う日とは、グリスタのライブやイベントの日である。その日は、友人である片岡と開場するまで時間を潰している。
だがイベント後は、各々推しとの対面の余韻に浸るため、会場で別れるのがお決まりとなっている。この習慣が今のような幸運に繋がっているのかと思うと、友渕は感動の涙を流す勢いである。
「友渕さん。いつも俺のことを応援してくれて、本当にありがとうございます。今日こうしてお誘いしたのも、そんな友渕さんにお返しがしたいって思ったからなんです」
「そんな……! 俺はいつも、陽一郎くんからたくさん貰ってばかりだよ!」
友渕にとって陽一郎は、自分の全てをかけて応援したいと思う存在だ。友渕がかねてから抱いてきた理想や好みを、丸ごと詰め込んだような人物に、現実世界で出会えただけでも幸運だと思っている。
「そう言ってもらえて、俺は幸せ者ですね。……だからこそ──」
「陽一郎くん……?」
「いえ、何でもないです。あ、着きましたね」
聞き取れなかった陽一郎の言葉を、友渕はもう一度聞きたかった。しかし目的地についてしまったため、話はここで途切れてしまった。
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