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過去の悲劇は語られる
しばらく泣くと、頭がすっきりとして熱が冷めてきた。それと同時にだんだんと恥ずかしさがこみあげる。
取り乱したり、律佳に撫でられて泣きついたり……しかも団長の前で……!
顔を上げると、俺を安心させるように優しく微笑む律佳と目が合った。なんか、慈しまれている……!?
「あ、ありがとう、律佳。もう、大丈夫」
上半身を反らし、律佳の胸を軽く押すともう一度ぎゅっと抱き寄せられた。顔が熱くなってくる。
「んぐ、り、りつか……恥ずかしいから離してくれ……!」
「……」
少しの間の後、背中に回っていた手が名残惜しそうに離れた。やっぱり匂いかがれてた気がする。むしろ吸われていたような……頭には猫の姿浮かんだ。そう、猫にやるみたいな……
顔を合わせた律佳は、
「ふふ、僕はもっと抱きしめていたかったな」
少し残念そうに笑いながら肩をすくめていた。そういうことをさらっと言えるのすげぇよ……
「ロッカのこと15年間思い出さなくてごめん……」
「あ、そうなんだ……それはちょっとショック……でも、ちゃんと顔を見たら思い出してくれたじゃないか。ああ、アルク……僕はそれだけで……♡」
「もう抱きしめなくていいから!」
妙に力強く抱き寄せてくる律佳に頭をすりすりされていると、団長の咳払いが響いた。
「落ち着いたようだし、そろそろ話すぞ」
律佳は首をひねりながらも大人しく離れた。
「待っていただいて申し訳ございません……」
「構わん。よく正直に話したな。抱えこんでいた分、少しは楽になっただろう。そりゃあ、お前が死んだあとは大変だったが……もう昔のことだ。お前が気にする必要はない」
「団長……」
また涙が溢れそうになって、唇を噛みしめた。
「お前の気持ちはわからんでもないからな」
そうか、やっぱりソール王子のこと……
「やっぱりな、という顔をするな。仮に、と言っただろう」
「ではこちらもお前が死んだ後、何があったかを話そう」
「はい、お願いします」
団長は目を閉じて息をつき、ゆっくりと開く。
それはこれから語られることが、陰惨たるものだということだ。
「いいか、先に言っておくがお前のせいで起こった出来事ではない。いずれ起こる運命だったんだ」
城に帰ってこない俺たちを騎士団が境界の門まで探しに来た。最初に死体を発見したのは騎士団長だったらしい。王子の体は青黒く変色し、俺の体は傷だらけで首から大量の血を流した跡があった。どちらも変死と処理された。城内は深い悲しみで包まれた。
国王はクレール王子の死を公表するか迷った。理由は2つ。国民に不安を与えたくなかった、隣国に隙を知られ攻められるのを恐れた。しかし、城内には隣国のスパイが紛れていたらしい。今が好機と考えた隣国はすぐに進軍を始めた。あっという間に国境までたどり着き、国境を守っていた結界を破り、大量の兵士が流れこんできた。
律佳は表情を曇らせた。
「僕はその前線に行って敵軍を食い止めてたんだけど、あまりにも数が多くてそこで死んでしまったんだ」
「ごめん……俺が一緒に戦っていれば……どうにかなったかも……」
うつむきかけた時、団長のギロリと鋭い眼光に射抜かれ、ヒッとのどが鳴る。
「アルク、お前は今喋るな」
「えっ 突然!?」
「俺がいいと言うまで口を開くな。黙れ、話がややこしくなる」
そうか……俺はまた後悔して、たらればを言っていたからか……
ハッキリと言ってくれればいいのに。団長もなかなか不器用だ。
「ロッカは十分戦ってくれた。城に帰ってきた者に聞いた。お前のおかげでその場の敵は全滅した、だから帰ってこられたと。よくやってくれたな」
「自暴自棄になって無茶苦茶に槍を振り回して魔力もガンガン使っていましたけど……そっか、誰かの役には立てたんだ……お褒めに預かり光栄でございます。こちらこそ、あの時は団長に迷惑をかけてしまい申し訳ございませんでした」
「お前が帰ってきたら存分に働かせる気だったのだがな」
「あの時は、ありがとうございました。団長のおかげで胸を張って死ぬことができました。それと、ひとつ気になっていたのですが」
「なんだ」
「僕の亡骸、アルクの隣のお墓に入れてくれました?」
「…………話を続けるぞ」
え、墓……? なに、さっきの団長の間……
国内は火の海になり、逃げ惑う人々の悲鳴が響き渡った。抵抗する者は無慈悲に殺された。
国王陛下、女王陛下は城内に攻めてきた軍に捕らえられた。ソール王子を城から連れ出すことが精いっぱいで、助けることはできなかった。その後、両陛下がどうなったのか、団長では分からなかった。
最悪の状況下。ここで王族を絶やすわけにはいかない。せめてソール王子だけでも逃がさねばと動いた。
団長は自分が手懐けた小型の竜に全てを託した。ソール王子をどこか遠い平和な国へと、誰にも見つからない場所へと連れていくように命じた。
竜は団長の意思を継ぎ、ソール王子を乗せて遠く遠く飛んでいった。
「先ほども言ったが、あの王族は頑固者だ。ソール王子は国に残ると曲げなかったが、俺も最期だけは王子を逃すと曲げなかった。俺にしがみつく王子を無理やり竜に乗せた……遠ざかる王子は何度も何度も俺の名を呼んでいた。それが王子との別れ。それからはボロボロになって力尽きるまで戦った……これで俺の記憶は以上だ」
「……っ」
気が遠くなるほど、あまりにもむごい過去。足が震えて崩れそうになった体を律佳が支えてくれた。
何も考えず死んだ自分が情けなくて後ろめたい。
「あ、話してもいいぞ、アルク」
忘れていたのか、少し気の抜けた声で合図をくれた。が、とてもすぐに喋れる心情ではない。
「団長……」
これだけの過去を語っても、団長も律佳も涼しい顔をしている。二人にとっては過去の出来事だからだ。
胸が痛んだ。俺は、自分だけがこんな思いをしているんだと思っていた。でも律佳も団長も、俺と同じくらい……いや、もっと苦しかったよな。
「ごめんなさい……! 俺は自分のことしか考えていなくて、後のこと考えずに死んで、律佳も団長も……苦しい思いをしたのに、何もできなかった……やっぱり俺があの時王子を止めていればこんなことには……」
「あ? せっかく黙らせておいたのにまだそれを言うか……」
団長は顔を歪め、席を立たず指で律佳に指示を出した。
「おいロッカ、そいつの頬を引っ叩け。目を覚まさせろ」
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