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― あれから半年 ⑨
隊長に頼まれ、令嬢を屋敷まで送ってきたシモンは、帰着報告のため、執務室に向かった。
シモンは彼女との道中を思い出して、はあっと息を吐いた。
風変りなお嬢様は、好奇心旺盛で質問攻めにあった。
何歳から働いているのか、警備隊の仕事はどういうものなのかなど、興味津々だった。
それはまだいい。自分のことであれば答えられる。
困ったのはカイトのことだ。隊長に釘を刺されたからか、どこの国の者かということは訊いてこなかった。だが、名前はなんていうのか、どこに住んでいるのか、年齢はいくつなのか、普段は何をしているのか……。
まるで身上調査だ。シモンは「お答えできません」と一点張りした。
すると不思議そうに小首を傾げた。
「どうして答えてくれないのですか?」
隊長の婉曲表現をわかって言っているのか、わかっていないのか。
こちらの言い方ひとつで貴族の機嫌を損ねることもある。面倒なことは避けたい。
かといって、このお嬢様はただの天然かもしれず、はっきり言わないとわからないタイプなのかもしれない。それがどちらなのかわからない。
(だから貴族とは関わりたくないんだよ)
シモンは内心、ため息を吐いた。
「隊長があなたにお教えしなかったことを、俺の口から言うわけにはいきません」
「サラディール様がおっしゃったのは、あの方のお国のことでしょう?」
「違います。すべてにおいて『詮索するな』という意味です」
きっぱり言うと、本当に意味をわかっていなかったらしく「そうだったのですか……」と消え入るように言った。
幼さの残る顔でしょんぼりされると、悪いことをした気になってしまう。
シモンは黙って歩いた。
令嬢の足に合わせて歩いているので、時間がかかった。
屋敷の前で別れ、門を通るのを確認してから踵を返すと、背後から「お嬢様~‼」という声が聞こえた。
聞き覚えがある。先日街道で御者をしていた者だろう。
安堵と心配の混じった声からして、家の者に黙って出てきたようだ。
あの使用人も振り回されているのかもしれない。シモンはちょっとだけ同情した。
隊舎の二階に上がり、執務室で無事送り届けたことを報告した。その際、気になったことも伝えた。
「ずいぶんとカイトに興味を持っていました。カイトのこと、いろいろと質問してきました」
「なんて答えた」
「なにも言ってません」
カイトは跳躍者と呼ばれる異能持ちの異世界人だ。
王家もその存在を公にしていない人物である。
報告する必要があると判断した。隊長の恋人というだけだったら、こんなことは言わなかった。
隊長は「そうか」とひとこと言い、労いの言葉があったので退室した。
その後は一階にある談話室に向かう。少し休みたかった。
隊員たちの休憩所になっている談話室には、先客がいた。
ドーラ街道の魔獣討伐にも一緒にいった先輩のリカルドとビッキーだ。
ソファに並んで座り、テーブルを挟んでカイトも座っていた。
他のテーブルには誰もいないというのに、こそこそ話をしていた。
シモンが部屋に入ると、リカルドがすぐに気づき、手招きをした。その顔はなにやら愉快げで、深刻な話ではなさそうだった。
シモンはカイトの隣に腰を下ろした。
先輩二人はニヤニヤしているが、カイトは至って普通である。
「どうしたんですか?」
訊くと、小柄な先輩ビッキーが身を乗り出してきた。
「今夜『マリアージュ』に行くんだけど、カイトも連れてっていいかな」
「は⁉」
素頓狂な声が出た。思いがけない店の名前だったからだ。
バッとカイトを見ると、真面目にお行儀よく座っている。
この顔はおそらくわかっていない。
シモンは慌てた。
「いや、カイトはダメでしょう!」
するとビッキーが口を尖らせた。
「なんでだよ。カイトも興味あるみたいだし」
「興味あるとかないとか、そういう問題じゃ……」
シモンは途中で止め、半身をカイトに向けて座り直した。
「おまえどこに行くか、ちゃんと聞いたのか?」
「このあとお店に遊びに行くっていうから、おれも行ってみたいですって言った」
(やっぱりだ! わかってない!)
シモンは心の中で叫んだ。
マリアージュというのは、娼館だ。遊びは遊びでも女遊びである。
カイトの思っている遊びとは違う。先輩方もカイトがわかっていないのを承知のうえで、言っている。
どんな店か知ったときのカイトの反応を見てみたいのだろう。カイトは純朴で可愛げがある。
慌てふためくのが容易に想像できた。
からかいたい気持ちもわかるが、カイトはダメだ。
他の隊員はよくても、カイトだけはダメなのだ!
シモンは唾を飲み込んだ。
「先輩、カイトをひとりにしてはいけません。隊長も許さないと思います」
そう、隊長が許さない。
カイトと隊長はやんごとなき関係なのだ。
二人は知らないとはいえ、隊長の恋人を娼館に連れて行こうとしているのだ。
なんとしても阻止せねばならない。
シモンの胸中など露知らず、優しげな面でリカルドがカイトに微笑む。
「カイトはさ、どこに行くにも隊長に許可をもらわないといけないのかな?」
「そんなことないですよ。ひとりにならなければいいって言われてます」
シモンは口が半開きになった。
(それは昼間の話だろう!)
昼間からいかがわしい店に行くことはない。夜は隊長と一緒に帰るのだ。色街の話など、出ることはないだろう。
シモンが反論しようと息を吸うと、リカルドが口端を上げた。
「だったら問題ないね。店でひとりになることもないし?」
ビッキーも含み笑いをしながら、大きくうなずいている。
(そりゃ、相手する女がいるからひとりとはいわないけども!)
シモンはしらず拳を握っていた。
「問題ありでしょう! 俺らといなきゃ、意味ないじゃないですか!」
焦って言うと、リカルドがにんまりした。
「じゃあ、シモンがカイトと同じ部屋に入ればいいじゃないか」
シモンが目を剥いた。ビッキーがわざとらしく口に手を当てる。
「それって、3……」
「うわあああああ!」
シモンは叫び声をあげて、言葉を遮った。
一瞬だが三人の情事を想像した自分がいた。
頭を抱えて立ち上がる。
「お願い、先輩、ほんとやめて! それだけは‼」
(俺が! 俺が隊長に殺される‼)
内心叫びながら、シモンが泣きそうな顔で懇願した。
すると。
「あははははは!」
突然、先輩二人が腹を抱えて笑い出した。シモンが呆気にとられていると、愉快そうに二人が言った。
「シモン、必死すぎでしょ!」
「冗談に決まってんだろ!」
前者はリカルド、後者はビッキーだ。ビッキーが続けて言った。
「領主家の客人をそんなところに連れていくわけないだろ」
二人は肩を揺らしながら、立ち上がった。休憩は終わりのようだ。
「悪かったね、カイト」
リカルドがカイトの肩に手を置いた。
「夜の遊びは隊長に教えてもらうといいよ」
見上げたカイトの頬がほんのり赤くなる。
ビッキーも笑いを残したまま、リカルドを追って談話室を出て行った。
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