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公家と武士②
「告白なんかされないし、狙われてもないよ」
「はァ、そうなんか。それじゃ、お友達がきっと生贄になってくれたんやろなぁ」
「生贄?」
「おい」
キョトンとする陸の頭越しに、哲治が清虎を鋭く睨む。それでも清虎は少しも動じず、ただ余裕ありげに口の端を上げるだけだ。
「勝手な想像すんなって言ってんだろ」
哲治の低い声に、清虎は大袈裟に首をすくめて見せた。
「おお怖い怖い、堪忍え。そない怒らんといて。なぁ? キミからも言うたって」
言いながら陸の首に腕を回すと、そのまま自分の方に引き寄せる。清虎の腕の中にすっぽりと納まった陸は、二人の顔を交互に眺めて思い至ったように「あ!」と声を上げた。
「何かに似てると思ったら、一癖ありそうな平安時代の貴族っぽいんだ。それで、哲治は真面目な武士って感じ」
「はぁ?」
気の抜けた、ため息のような清虎と哲治の声が重なった。陸は自分の首に巻かれた清虎の腕に両手で掴り、心地よさそうにバスの揺れに身を任せる。
「俺が公家であっちが武士なら、キミは何者なんやろね。もしかしたらお姫様かもしれへんなぁ。俺に体重全部預けて甘えて、くっそ重いねんけど、それでもそれを『まぁええか』って思わせる。不思議な子やな」
陸が見上げると、ふふっと笑った清虎の吐息が額にかかった。関西弁でツンツンした印象が、一瞬和らぐ。なんだかそれが堪らなく嬉しくて、陸は清虎の腕に更に強く摑まった。
長い睫毛で隠された、その目の奥をもっと見たい。
「陸、いいかげんソイツから離れろ」
バスが大きく揺れ、それと同時に哲治が陸の手を強く引いた。陸はつんのめるように哲治の胸に顔を埋め、「痛ってぇ」とうめきながら、思い切りぶつけた鼻をさする。
「あーあ。お姫様を取り返されてしもた」
残念。と言って小さく笑った清虎の首筋に、汗が一滴流れた。陸を抱えていたからか、体温が上がったようで頬が少し紅潮している。ワイシャツの襟を掴んでパタパタ風を送ると、清虎の綺麗な鎖骨が露わになった。
何だかその光景は、先程の遠藤の色仕掛けより何倍も艶っぽく感じられ、陸は思わず目を逸らす。誤魔化すように窓の外を眺めると、降りるバス停の近くだと気が付いた。
「清虎、このバス停で降りるよ」
「……ん? あぁ」
陸は清虎の袖をツンと引いて知らせたが、なぜか清虎は一拍遅れて返事をした。少し気になったものの敢えて聞くほどでもないと思い、陸はそのままバスを降りる。アスファルトからむっとするような熱気が靴底に伝わった。
「清虎は劇場に直行するの? 俺の家の方向だから、連れて行ってやるよ。ついでに、歩きながら観光案内してあげる」
「そら助かるわ」
「待って、陸。俺も付いてく」
清虎の隣に並ぶ陸の肩を哲治が掴む。暑さのせいか、その手は何だかずっしりと重く感じた。
「哲治の家はすぐそこじゃん。わざわざ遠回りしなくてもいいよ。俺一人で平気だって」
観光客で賑わっている通りの角の、趣ある居酒屋を指さし、そちらに向かって陸は歩き出した。
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