14 / 18

第14話 リブート

 数日未散は電源が勝手に落ちるのと再起動を繰り返していた。このままでは本当に駄目になるという焦りが募る。 「なんかねえかな……打開策」 「アサト……僕はもうジュウブン。アサトは大人になったし、一人でもイキテいける」  ぽつりと漏れた声に、再起動から目覚めた未散がつまらないことを返した。 「あー、そういうこと言う」  一人になるのは嫌だった。相棒とも呼べる存在の未散がいなくなるのは耐えられなかった。アサトの機嫌を損ねたと思ったのか、未散はすぐに違う意見を出す。 「……もしかシタラだけど、メーカーの入っていた建物にヒントがあるカモ?」 「ああ、確かに……なんかマニュアルとか、関係者に繋がるもんとか、あるかもな」 「ない可能性も、アルけど」 「駄目元で行ってみよう。俺は行かないで後悔するより、行って後悔する」 「そうか……じゃあ、一緒にイコウ」  アサトは未散を連れて出かけることにした。フード付きのパーカーを着せて、頭部を目立たせないようにする。機械だから何をしても良いという思考の人間に遭遇するのを、少しでも減らす為だ。未散のモノアイはすぐに人間でないことがバレてしまう。  けれど遭遇したのはそういった悪意のある人間ではなかった。悪意はなかった、多分。 「やあこんにちは」  なんだか機嫌の良さそうな、鈴を転がすような声がどこかでした。  未散の開発メーカーの跡地を調べ、そこに向かう道中の地下鉄構内。地下鉄と言っても既に稼働はしていない。ただ、ルートが残されているのみだ。そこに沿って目的地の方向へ向かっていた。  暗闇の中に線路が続く。不便に思った誰かが、ところどころに気持ちばかりの照明を取り付けた。太陽光発電による電力の供給があるのは不思議だった。  一目でDであると判断出来たが、何故あちらから挨拶されるのだろう。アサトに用があるのだろうか。相手に悟られないように身構えるが、Dはのんびりと話しかけてきた。 「その子……命が尽きようとしているね」  未散の方を見ながら、Dは淡々と指摘した。 「内部に重大な欠陥がある」 「……適当なことを」  ぱっと見ただけなのに、内部の欠陥などわかるはずもない。未散は確かに再起動を繰り返しているが、そんなことを今出会ったばかりの者が知る術はなかった。それなのに、何をわかったような口を聞いているのだ。 「もし君がよければ、僕がその子の代わりの体を用意してもいいよ」  Dはその綺麗な顔に柔らかい笑みを浮かべ、こちらに歩み寄った。 「ある実験をしたくてね」 「実験?」 「死なない者が、どうしたらこの世からいなくなれるかの、実験だよ」  Dの言っていることがよくわからなかった。 「まあ君には関係のない話だが。もしかしたらデメリットもあるかもしれないし、よければの話。嫌なら他を当たる」 「──聞くだけ聞いてやる」  本当は、Dと差し向かいで話すのは好ましくなかった。相手を信用出来るはずもない。人類の天敵、厄災と言われている。Dはこちらの命など大したものと思っていない。  けれどもし、そこに未散を救う手立てがあるのであれば、聞かない手はなかった。 「実はね。僕は頭と胴体を離されても死なないんだ」 「……知ってる」 「おや、驚かない? 僕が君達の言うところの【D】であるとわかるのか?」 「見りゃわかんだろ」 「ふうん」  Dは面白そうにアサトのすぐ傍まで歩み寄ると、パーソナルスペースを侵して来た。近距離で見るDは本当に美しく整った姿かたちをしていて、可憐で、良い匂いがした。  くらりとする。  何が媚薬効果のあるような匂いを発しているのかも知れない。この匂いを嗅いでいると、頭の芯が何か別のものに支配され、力が抜けてゆく。理性が飛びそうになる。 「心はどこにあると思う?」  教師が生徒に質問するような口調で、Dが静かに訊いた。そんなこと改めて考えたこともなかったアサトは眉を顰める。 「頭と胴体が離れた時、心はどちらにあるのだろうか」 「……頭……、じゃねえの」 「例えば手や足には感情があるだろうか。それは僕を構成する大切な一部ではあるが、恐らく心はない気がする。じゃあ心臓。心臓には心という字が付くから、可能性としてはあるのかな」  何故こんな話になったのだろう。アサトはDが一体何を言いたいのか、まるでわからずにいた。聞いている間もずっと頭がくらくらとして、早く離れた方が良いに決まっているのに何をやっているのだろう。おかしくなりそうだった。 「これ何か意味のある会話なのか……」 「あれ、どうした? 顔が赤い」 「……少し離れてくれ」 「そんなに僕の匂いに反応するなんて、きっと体の相性がよさそうだね」  くすくすと楽しそうに笑うDは、横にいる未散に視線を移した。未散にはDの発する匂いは効かないようで、ただぼんやりと突っ立っている。 「単眼のドール……素材としては面白い」  一瞬のことだった。  アサトの了承も何もなく、Dは被っていたフードごと、いきなり未散の頭をもぎ取った。 「……は……っ!?」  何をしてくれているのだ。  ただ話をするだけだと思っていた。こちらの油断があったのは否めない。 「まずはこれが第一段階だよ。大丈夫、そんな顔をしなくてもね。……ただ、失敗したら運が悪かったと諦めてくれるかい」  未散の体が、バランスを崩してその場にがしゃりと倒れ込んだ。

ともだちにシェアしよう!