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冬_第2話
しかし、時すでに遅し…
興奮したちいちゃんは、僕を再び自分の部屋へと連れ込んだ。
「や、ちょっと…待って!ちいちゃぁん!昨日もしたでしょ…?!」
「はぁ…?何時間前…?!」
ギラついた瞳のちいちゃんは、ベッドに放った僕を見下ろしてそう言った。
何時間前…?!
さあね…
「たっだいまぁ~!!」
すると、ちいちゃんの家に…彼の妹、すみれちゃんが帰って来た。スキップでもしているのか…彼女の足取りは、軽やかだった…
「…ちっ!」
顔を歪めてそう言ったちいちゃんは、今まで見た事もないくらいの悪人面をしていた。
おもむろに部屋のドアへ行ったちいちゃんは、鍵をかけて僕を振り返った。そして、今まで見た事もない不気味な笑顔で、僕にこう言ったんだ。
「…声を出さなければ、大丈夫だよ。春ちゃん…」
「兄貴~!春ちゃん来てるの~?!」
ドンドン!ドンドン!ドンドンドンドン!
部屋のドアを激しくノック…?するすみれちゃんにキレたちいちゃんは、鍵を開けて、ドアを思いきり開いた。そして、ちいちゃんを見上げるすみれちゃんをガン見しながら言ったんだ。
「兄ちゃんたちは、取り込み中なんだ…あっち行ってろよっ!」
「お母さんに言うからな…!」
「じゃ、じゃあ…ちいちゃん、また明日ね…!」
「は、は、春ちゃぁん!!」
悲痛な叫びだ…
あんな情けない声を出すなんて…正直、彼の性欲に少し引いている。
僕は、すみれちゃんの助けによって、本日は無事に家に帰還する事が出来た。
ちいちゃんは、オッタッティまでの速度が半端ないんだ…
首を横に振りながら手を洗っていると、お母さんが僕の背中に向かってこう言った。
「何した…春ちゃん…」
「へ…?!」
僕の動揺を見逃さない様に伺う様な目つきをしたお母さんは、声を落としながら、こう聞いて来た。
「何したぁ…?春ちゃん…。お母さんに、言ってごらん?」
「う…」
僕は…こんなお母さんの顔を、昔にも見た事がある。
それは彼女が冷蔵庫にしまっていた、高級プリンが忽然と姿を消した日の事だ。
1人づつ…家族は、お母さんの尋問を受けた。
男になりたがってる妹の夏美は、なんなくお母さんの尋問をクリアしたというのに、元から挙動不審の僕は、焦れば焦る程、お母さんの疑念を増幅させた…
今、僕の顔を伺い見るお母さんの目が…その時の、目つきと…よく似てる。
ゴ、ゴクリ…
「な、何でも無いよ…?」
首を傾げた僕は、目を泳がせながらそう言った。すると、お母さんは僕の視線の先に顔を動かして、眉を下げながら…こう言った。
「本当かなぁ…?きのっから…様子がおっかしいなぁって…思ってんだよね~?」
わざとらしく顔を天井に向けた僕は、首を回すふりをしながら…こう言ってお母さんの体を両手で退かした。
「お母さんの気のせいだよっ!ほらぁ…。そうじゃなくても…僕は、思春期だし!大人への階段を上ってる訳だしぃ…」
「何段目…?」
「はぁ…?」
「春ちゃん、今、千秋と何段目の階段、上ってんの…?」
墓穴を掘ったぁ~~~~!
僕は…“大人への階段”なんて、含みを持ったニュアンスの言葉を悪戯に使ってしまった!!
その事によって…お母さんに、今…何段目なんだ?という、問いを投げかける、隙を与えてしまったんだぁ…!!
うかつだった…
「え…?まだ、登ってもいないよぉ…」
目を硬く瞑って、両手を握り締めて、僕は奥歯を噛み締めながら…そう言った。すると、お母さんは鼻息を僕の顔に当てながら、こう言ったんだ。
「へぇ…」
怖い…!!
「あれ…お母さん、少し、やせたんじゃない…?」
ここで使ったのは…僕の、最終兵器だった。
「え…?」
目を丸くしたお母さんは、急に疑念の目を僕に向ける事を止めて、はしゃぎ始めた。
そうだ…そうだ…はしゃげ、はしゃぐんだ…!
「絶対痩せたよぉ…!なぁんか、スリムになったもん!モデルさんみたいだよぉ!」
「…え?…え?ほんと?」
この、最終兵器には…リミットがあるんだ。
それは…お母さんが体重計に乗るまで…だ!
「どれ、ちょっくら、測ってみるか?ん?ん?ふふ~ん!」
上機嫌になったお母さんが、洗面所へスキップして向かった…
今だ!逃げろっ!!
僕は、すぐさま自室にこもって、ドアの前に模型の重たい本を何重にも重ねて置いた。
「なぁんだよ!減って無いじゃん!むしろ…500グラム増えてるんですけど~!」
そんなお母さんの声が…隣のリビングから、壁越しに…響いて聞こえた…
僕はため息を吐きながら自分の制服を脱いで、部屋着に着替えた。
コンコン…
「は…?」
窓をノックされて、顔を向けた。
「な!」
ベランダには、ちいちゃんが立っていた…
信じられない!!ここは…5階だぞ!!
「なぁにしてるの!!あっぶないだろッ!落っこちたら、死んじゃうぞ!」
僕は大慌てでベランダの窓を開いた。そして、僕を抱きしめるちいちゃんの顔を引っ叩いて怒って言った。
「ちいちゃん!危ないだろ!死んじゃったらどうするんだよっ!」
「へへ…へへへ…」
僕は知らなかった…
ちいちゃんがこんなに、馬鹿だって…知らなかった。
僕に抱き付いて離れないちいちゃんの背中を撫でながら、僕は彼の胸に顔を埋めてこう言った…
「お母さんが警戒態勢なんだ。だから、何もしないで…」
「何もしない…ただ、こうしてる…」
ちいちゃんはその言葉通り…僕に何もしなかった。
ただ、クッタリと体を寄り添わせて…僕を抱きしめ続けた。
こんなに愛されているなんて…僕は、少しだけ…今更、照れくさくなった。
「ちいちゃん…」
「ん?」
「キスしても…良い?」
僕を抱きしめて来るちいちゃんを見上げた僕は、彼の顎の傷痕を指先で撫でながら、そう聞いた。すると、ちいちゃんは瞳を細めて、僕の唇に…キスをくれた…
あぁ…隣の部屋に、科捜研が大好きなお母さんがいるというのに、僕は、なんて破廉恥な事をしているんだろう…
でも、ちいちゃんの体のあったかさが、僕の理性を吹き飛ばしていくんだ…
もっと、もっとって…欲しがってしまうんだ。
「ちいちゃぁん…好きだよ。大好き…!」
「は、春ちゃぁん…!」
僕は、ベッドに腰かけたちいちゃんに馬乗りになって、彼の頭を抱え込みながら、派手にキスをしまくった。
ガン!ガタガタガタガタ!!
突然、凄い物音と共に、僕の部屋にお母さんが突入して来た。
終わった…
僕は瞬時にそう思った…きっと、ちいちゃんも、そう思ったに違いない。
しかし、お母さんは、ちいちゃんに襲い掛かる僕を見つめて、こう言い放ったんだ。
「おぉい!家で何してんだぁ!そういう事はなぁ!家じゃない所でやれってんだぁ!不倫、浮気、子供の性行為!それはなぁ、おかんの知らねえ所で、やれってんだぁ!それが、子宮から生み落とした…母親への温情ってもんじゃねえのかぁ!あぁあん?」
「え、えぇ…まぁ、確かに…」
どすの効いた声を出して、オラつくお母さんを上目遣いに見た僕は、すっかり固まってしまったちいちゃんの膝の上から降りて、ベッドの上に正座をした…
すると、お母さんはちいちゃんに標的を変えて、オラつきながらこう言った。
「大体だぁ、おめぇはどっから家の中に入って来たってんだぁ!玄関って知らねえのか?あぁ?ピンポンって、知らねぇのかぁ!」
そんなお母さんをオドオドと見上げたちいちゃんは、首を傾げながらこう答えた。
「いや…あの、はい…知らなかったです…」
はぁ…!こんの、馬鹿野郎!!
てんぱったちいちゃんは、うちのお母さんに悪手を放った。
「はぁ~~~?!」
やっぱりだ…
「ピンポンを知らなかったら、いっつも、どうやって家に来てんだよぉっ!ちいちゃぁん!ねえ、ねえ!どうやって来てんだよぉお!」
お母さんは水を得た魚の様にオラつきを回転させた。
「なになに…?春が部屋でセックスでもしてたの…?」
男になりたがってる妹は、そう言いながら、興味本位で…僕たちがお説教を受けている現場に、意気揚々と足を踏み込んで来た。
結果…僕と、ちいちゃんはお互いの家族総出で、お説教を受ける羽目になったのだ。
「やだぁ、こんなんで痩せる訳無いじゃん!絶対デデちゃん、騙されてる!」
「はぁ?すみちゃん…辛口ぃ!辛口ぃ!」
うちのリビングで開催された公開お説教は、僕とちいちゃんが並んでソファに座る中…お互いの母親によって執り行われた…
その1、自宅で行為は致すな。
その2、病気にはなるな。
その3、キスまでなら、ギリギリ自宅での行為を許す。
僕たちは、その3箇条を約束する事によって…長きにわたる公開お説教から、解放されるのであった…
でも、後半は、ほぼ、女子会だった…
うちのお母さんと、ちいちゃんのお母さんは、早々にビールを開けておしゃべりを始めて…妹たちは、お母さんのダイエットマシンで、遊んでいた…
「そうだ…ちょうど良いから言っておくよ。俺、春ちゃんと、温泉に行くから。」
馬鹿なちいちゃんは、お説教が終わるや否や、再び再燃しそうな材料を投下した。僕は、慌てて彼の胸を叩いて言った。
「そんな事、今言ったら…怒られるだろっ!」
「なぁんで…」
「ふぅん!好きにすればぁ!」
意外にも、お母さんたちの答えは、揃ってこうだった…
「子離れ出来ないと…老後が悲惨よね?ボボちゃん。孫の面倒をよだれを垂らしてみる様じゃ、最悪だわ…」
「そうよ。デデちゃん。私らは、私ら…子供は子供よね…。人様に迷惑を掛けない限り…好きにすれば良いんだわぁ。」
へぇ…
「ん、も…やめてよぉ!」
「えぇ…?なぁんで…?」
うちの妹が、ちいちゃんの妹…すみれちゃんに、良からぬちょっかいをかけ始めた所で、この会は解散した…
「お母さん、ありがとう…」
お風呂に入った僕は、自室に向かう途中…ドラマに夢中なお母さんの背中にそう言った。すると、お母さんは少しだけ僕を見て、ニッコリ笑って言った。
「病気にだけは、なるなよ?」
理解があるのか…破天荒すぎるのか…僕たちの家族は、深い繋がりがあり過ぎてこんな事…些細な事としか思っていない様だ。
それとも…
幼い頃から、僕とちいちゃんを見て来たから…いつか、こうなると…思っていたのかな…?
だとしたら…ありがたい。
次の日の放課後…今日の模型部はお休みとなった。
理由は、簡単だ。みんな、自分の新しい制作物を買いに行ってしまったからだ…。
だから、今日は…僕は、体育館へやって来たんだ。
ここで、僕の彼氏の…活躍を見る事にした。
「春ちゃん、こっちこっち!」
馴染みのない体育館を恐る恐る覗き込んだ僕に、そう声を掛けてくれたのは、陣内くんだ!
マットの近くに腰かけた陣内くんの元へ、バタバタと走って向かった僕は、チョコンと肩身を狭くして三角座りをした…
なんと、彼は連日、彼女の部活を、こうして…眺めてるそうだ。
コートの半分を、男子…もう半分を女子が使って、バスケットボール部は活動している様だ…
「陣内くん…ヒカルちゃんって厳ついね…?」
隣の彼にそう声を掛けると、陣内くんはニヤニヤ笑って言った。
「カッコいいだろぉ…?も、大好きなんだぁ…!」
へぇ…
彼のこんなデレ顔を見たのは、初めてだ…
クスクス笑った僕は、向こうのコートで、僕を見つめるちいちゃんを見つめて、ちょっとだけ、手を振った…。すると、彼は嬉しそうに…ちょっとだけ、手を振り返してくれた。
はぁ~~~~!
僕は、今更になって…バスケ部男子の彼女たちが、体育館の踊り場で彼氏を眺める意義を知った気がした…
こりゃ、たまらんわい!
大きな体の男たちの中で…君とまるちゃんは…別格に輝いて見える!
圧倒的ではないか…わが軍は…!!
「ねえ、見て見て?陣内くん、僕のちいちゃん…格好良いでしょ?まるちゃんも、格好良いでしょ?ふたりとも、僕のなんだぁ…ぐへへ。」
デレデレになった僕は、隣に座った陣内くんにそう言った。すると、彼は首を傾げてこう言った。
「まぁ…どちらも、イケメンだね。」
はっは~~!そうだろう?そうだろう!
僕は、じっとまるちゃんを見つめて、彼が僕を見た瞬間…ちいちゃんにした様に手を振ってみた。
でも、まるちゃんは手を振り返しもしないで…フイッと顔を背けるんだもん。
やんなっちゃうよね!!
そうこうしていると、女子バスケ部が、全面のコートを使って試合を始めた。
「春ちゃん…そこにいると…ボールが飛んで来るよ…?」
「…え?!こ、怖いなぁ…!」
陣内くんの物騒な言葉に顔を歪めた僕は、安全圏に避難した…
それは、やはり…体育館の上部にある…踊り場だった。
まるで大奥のような雰囲気を醸し出すその場所には、既にバスケ部の彼女たちが陣取っていた。
そして…そこに、柏木さんの姿を見つけてしまった僕は、慌てて視線を逸らして、コートを覗き込んだ。
どうして、彼女が…まだ、ここに居るんだろう…
ちいちゃんの事を、まだ、好きなのかな…
ピーーーーー!
そうこうしていると、女子バスケ部の試合が始まった。
「はぁはぁ…ひ、ヒカルちゃぁん!もっと…もっと…強く!強く攻めるんだぁ!!」
そんな陣内くんの荒い息を隣で聴きながら、僕は初めて…バスケ部の練習試合を見た。そして…彼女たちの余りの迫力に…声を失った。
「…カ、カッコいい…」
思わず、そう呟いてしまう程に…機敏に動き回って…パワフルにシュートを決めて行く女の子たちが、格好よく見えた…
「だ、だろぉ!春ちゃぁん!!だ、だぁから、言っただろぉ!!」
デレデレのデレな陣内くんに体を揺さぶられながら、僕はケラケラ笑って言った。
「うん!めっちゃ、格好良い!」
コートに飛び出していきそうなボールに果敢に飛びついた彼女たちは、必死にボールを死守しながら、試合を続けていた。
僕たちが体育の授業でやっているバスケットとは、全く違った…
ちいちゃん。
僕は、全然、君の大好きな事を理解してなかったみたいだ。
ただただ、ボールを追いかけているだけだと思ってた…でも、実際は…こんな風に、アグレッシブで、パワフルで…インテリジェントなんだね…
「あぁ…!凄かったぁ!」
女バスの試合を見終えた僕は、汗を握った手のひらを陣内くんに掲げて見せた。
「興奮したぁ!!」
「あっはっは!だろぉ?!だろぉ?!」
陰キャの僕は、野球中継も、サッカー中継も興味が無かったし、お客さんとしてスタジアムに行く人の気が知れなかった。
でも、バスケットなら…
君の好きな、バスケットボールなら…なんだか、好きになれそうだ。
「次は、男子だよ…?」
陣内くんがそう言った途端、踊り場の上でくっちゃべっていた“バスケ部男子の彼女たち”がわらわらと動きを見せた。特に柏木さんは、僕を押しのけて眉を顰めたんだ!
君は…こんな所にいるよりも、モデル事務所に行ったらどうかね!!
こんの、名ばかりモデルがぁ…!
ムッと頬を膨らませた僕は、陣内くんと違う場所へと移動した。
「…女って、男が絡むと、途端に豹変して、牙を剥くね…?」
「うちの姉貴が言ってた…女の友情ほど、脆い物は無いって…。全部嘘なんだ。あんな風につるんでても、陰で悪口を言い合ってる。」
流石の陣内くんの名言に、僕は、何度も頷いて感心した。
安全圏に移動した僕と陣内くんは、眼下を見下ろして…屈強な男たちの、剥き出しの二の腕に興奮して、悶絶した…!
あぁ…!僕は…あの腕に、抱きしめられたんだぞ!
そんな思いを抱きながら…真ん中の丸に立ったちいちゃんをじっと見つめた。すると、彼はしっかり僕を見つめて、可愛いウインクなんてしてくるじゃないかぁ!
「はぁああ~~~~ん!」
…僕は、そんな彼に…胸きゅんした。
すると、ちいちゃんと向かい合う様に、まるちゃんが立って、おもむろに僕を見上げて、満面の笑顔で手を振って来た。
「はぁあああああ~~~ん!!」
なぁんだよっ!さっきは無視した癖にぃ!も、もう!も~~~~!!
可愛い…
僕は、そんなまるちゃんに…すぐに、メロメロになった…
「僕は死ぬかもしれない…」
隣で、僕の興奮をドン引きして見つめる陣内くんに…念の為、そう伝えておいた。
男子の試合では、女バスが審判をするみたいだ。
ヒカルちゃんがちいちゃんと、まるちゃんの間に立って…ボールを高く上げた。
「ちいちゃん…」
まるちゃんよりも高く飛んだちいちゃんは、余裕の表情で、ボールを仲間の元に弾いた。
カッコいい…マジで、ヤバい…
胸をキュンキュンさせた僕は、わらけてくる顔をそのままにして、陣内くんに言った。
「ね、今の…見た?」
「はいはい…」
僕は、毎日ここに来ても良い…
だって、こんなにキュンキュン出来るんだもん。
バスケットをするちいちゃんは、別格に、格好良かった。
あんな彼と、温泉旅行に行くなんて…ど、ど、ど、どうしよう…
あんな彼と、あんな事をしたなんて…ど、ど、ど、どうしよう…
顔を真っ赤にした僕は、デレデレになりながら試合を眺め続けた。
ピーーーー!
「あ、フリースローだ。」
隣の陣内くんがそう言った…
「フリースロー?それって…何?」
僕は、首を傾げて彼に尋ねた。すると、物知りな陣内くんはこう説明してくれた。
「ゴールの下でファールすると…相手の選手は、あそこの小さい円の線の所からシュートを打つ事が出来るんだ。回数は2回とか…1回とか、よく分からない。でも…リバウンドって言って、周りの選手が一斉にボールを取りに行く光景は、男子は圧倒的に、パワフルなんだ!凄いから、見ててよっ!」
そんな彼の言葉に深く頷いた僕は、いまいちルールを理解しないまま視線をコートに戻した。
「あ…まるちゃん…」
フリースローを打つのは、まるちゃんみたいだ。
「ま、ま、まるちゃぁん!頑張ってぇん!!」
僕は…咄嗟に、そんな大声を掛けた。すると、彼は僕を見上げてニコッと微笑んだ。
そして、そのまま…華麗にシュートを決めたんだ。
あぁ…神様
この世に…バスケットボールなんて素敵なスポーツを作ってくれて、感謝します…
神に感謝していると、まるちゃんは、次のシュートをリングにぶつけて外してしまった…!
「あぁ…!」
すぐにリバウンドと呼ばれる…屈強な男たちのボールの取り合いが始まった。
その中で…群を抜いてジャンプ力があるのは…僕の、ちいちゃんだぁ!
「きゃ~~~~~~!ちいちゃぁ~~~ん!」
思わず…僕は、立ち上がって、彼に向って…絶叫した。
彼は見事にボールをキャッチして、独走する様にコートの中をひとりで走った。
あぁ…!!
神様ぁ!
ちいちゃんを、この世に誕生させてくれて…ありがとう…!!
すると、ちいちゃんは、そのままゴール下には行かずに、遠く離れた場所で立ち止まった。そして、僕を一瞬振り返って…颯爽と、シュートを放った。
「わぁ…!綺麗なフォームだ!3Pシュートだよっ!」
陣内くんの感嘆の言葉を耳に聴きながら、僕は彼の放ったボールが、吸い込まれて行く様にリングに入って行く様子を見つめて…絶叫した!!
「ギャ~~~~~~~!ちいちゃぁ~~~~~ん!!」
それは、他の女子の声なんてかき消すくらいに…激しいシャウトだ!!
「春ちゃん!は、春ちゃん…!!」
カッコよすぎる…!!
僕は大声で叫んだせいか…クラクラしながら、へたり込んだ。
そして、他の女子のブーイングを受けながら…コートの中を走り回る…素敵な彼をうっとりと見つめて、胸の奥から…熱いため息を吐きだした。
「ちいちゃん!めっちゃカッコ良かったぁ!」
体育館から出て来た彼に飛び付いた僕は、デレデレと鼻の下を伸ばしながらこう言った。
「何本決めたと思う?ねえ!僕のちいちゃんは、何本、シュートを決めたと思う?」
「ははは!さあ、何本だった?」
ケラケラ笑ったちいちゃんの声を聞きながら、彼に抱き付いたまま僕は体を起こしてこう言った。
「6本だ~!凄いでしょ?ねえ!僕のちいちゃんは、凄いでしょ?!」
「あっはっはっは!そりゃ、凄いなぁ!」
ちいちゃんは僕を抱えたまま、クルクル回って大笑いをした。
あぁ…こんな素敵な彼を独占して、誠に…申し訳ありません。
ぐへへ。
僕は、ちいちゃんにキュンキュンしなかった。
でも、彼の知られざるどスケベな顔と…熱心にバスケットボールをする姿を見たら、まるで、津波でも来たかの様に…キュン死しそうなくらいに…一気に夢中になった。
近すぎる事なんて…何の理由にもならなかったんだ。
僕は…彼の他の面を…全く、知らな過ぎた。
ちいちゃんが、僕をとっても好きでいてくれる事も、ちいちゃんが、あんなに格好良くバスケットボールをする事も…
僕は、知らなかっただけなんだ。
「なぁんで、まるちゃんを応援したんだか…!」
いつもの商店街を抜けた頃…ちいちゃんが少しだけ不貞腐れてそう言った。だから、僕は、ケラケラ笑ってこう答えたんだ。
「だって…僕は、まるちゃんも好きなんだ。」
そう。あの子と居ると…僕は、少しだけ強くなれる…
だから、好き。
「はぁ…そうですか…」
呆れた様に、ちいちゃんがそう言った。
幼い頃から、君の隣に居た僕は、君の事を当たり前だと思ってた。
秘めた思いが、例え、一生…届かなくても、隣に居る事が…あたりまえだって、思っていた。
でも…いざ、君が遠くへ行ってしまうと分かった途端…そんな幻想は崩れ去った。
“自分が思っている事は、言葉にしない限り…相手には通じない。”
そんな、陣内くんの名言が…僕を変えて、突き動かしてくれた。
だから、僕は…これからも、この名言を胸に刻んで…君に、伝え続けようと思う。
好きだって言う事も…大事だと思う気持ちも、独占したいと願う思いも…
「ねえ、ちいちゃん?僕たち…これからも一緒に居ようね…。産まれた時から、死ぬまで、一緒に居る事が出来たら…死ぬ前にギネス登録して貰おう…?」
僕は、自分の家の鍵を開きながら、隣で、同じ様に鍵を差し込むちいちゃんにそう言ってクスクス笑った。すると、彼は…僕を優しく抱きしめて…こんな事を言ってくれた。
「そうだね。春ちゃん…ずっと、一緒だ。」
あぁ、神様…
こんな素敵な、大好きな人をくれて…ありがとうございます…
後日…僕とちいちゃんは、温泉旅行へ行って…そこで、全てを滞りなく済ませた。
でも、それは…また、違うお話だ。
だから、このお話は、一旦、ここで…おしまい。
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