10 / 10

冬_第2話

しかし、時すでに遅し… 興奮したちいちゃんは、僕を再び自分の部屋へと連れ込んだ。 「や、ちょっと…待って!ちいちゃぁん!昨日もしたでしょ…?!」 「はぁ…?何時間前…?!」 ギラついた瞳のちいちゃんは、ベッドに放った僕を見下ろしてそう言った。 何時間前…?! さあね… 「たっだいまぁ~!!」 すると、ちいちゃんの家に…彼の妹、すみれちゃんが帰って来た。スキップでもしているのか…彼女の足取りは、軽やかだった… 「…ちっ!」 顔を歪めてそう言ったちいちゃんは、今まで見た事もないくらいの悪人面をしていた。 おもむろに部屋のドアへ行ったちいちゃんは、鍵をかけて僕を振り返った。そして、今まで見た事もない不気味な笑顔で、僕にこう言ったんだ。 「…声を出さなければ、大丈夫だよ。春ちゃん…」 「兄貴~!春ちゃん来てるの~?!」 ドンドン!ドンドン!ドンドンドンドン! 部屋のドアを激しくノック…?するすみれちゃんにキレたちいちゃんは、鍵を開けて、ドアを思いきり開いた。そして、ちいちゃんを見上げるすみれちゃんをガン見しながら言ったんだ。 「兄ちゃんたちは、取り込み中なんだ…あっち行ってろよっ!」 「お母さんに言うからな…!」 「じゃ、じゃあ…ちいちゃん、また明日ね…!」 「は、は、春ちゃぁん!!」 悲痛な叫びだ… あんな情けない声を出すなんて…正直、彼の性欲に少し引いている。 僕は、すみれちゃんの助けによって、本日は無事に家に帰還する事が出来た。 ちいちゃんは、オッタッティまでの速度が半端ないんだ… 首を横に振りながら手を洗っていると、お母さんが僕の背中に向かってこう言った。 「何した…春ちゃん…」 「へ…?!」 僕の動揺を見逃さない様に伺う様な目つきをしたお母さんは、声を落としながら、こう聞いて来た。 「何したぁ…?春ちゃん…。お母さんに、言ってごらん?」 「う…」 僕は…こんなお母さんの顔を、昔にも見た事がある。 それは彼女が冷蔵庫にしまっていた、高級プリンが忽然と姿を消した日の事だ。 1人づつ…家族は、お母さんの尋問を受けた。 男になりたがってる妹の夏美は、なんなくお母さんの尋問をクリアしたというのに、元から挙動不審の僕は、焦れば焦る程、お母さんの疑念を増幅させた… 今、僕の顔を伺い見るお母さんの目が…その時の、目つきと…よく似てる。 ゴ、ゴクリ… 「な、何でも無いよ…?」 首を傾げた僕は、目を泳がせながらそう言った。すると、お母さんは僕の視線の先に顔を動かして、眉を下げながら…こう言った。 「本当かなぁ…?きのっから…様子がおっかしいなぁって…思ってんだよね~?」 わざとらしく顔を天井に向けた僕は、首を回すふりをしながら…こう言ってお母さんの体を両手で退かした。 「お母さんの気のせいだよっ!ほらぁ…。そうじゃなくても…僕は、思春期だし!大人への階段を上ってる訳だしぃ…」 「何段目…?」 「はぁ…?」 「春ちゃん、今、千秋と何段目の階段、上ってんの…?」 墓穴を掘ったぁ~~~~! 僕は…“大人への階段”なんて、含みを持ったニュアンスの言葉を悪戯に使ってしまった!! その事によって…お母さんに、今…何段目なんだ?という、問いを投げかける、隙を与えてしまったんだぁ…!! うかつだった… 「え…?まだ、登ってもいないよぉ…」 目を硬く瞑って、両手を握り締めて、僕は奥歯を噛み締めながら…そう言った。すると、お母さんは鼻息を僕の顔に当てながら、こう言ったんだ。 「へぇ…」 怖い…!! 「あれ…お母さん、少し、やせたんじゃない…?」 ここで使ったのは…僕の、最終兵器だった。 「え…?」 目を丸くしたお母さんは、急に疑念の目を僕に向ける事を止めて、はしゃぎ始めた。 そうだ…そうだ…はしゃげ、はしゃぐんだ…! 「絶対痩せたよぉ…!なぁんか、スリムになったもん!モデルさんみたいだよぉ!」 「…え?…え?ほんと?」 この、最終兵器には…リミットがあるんだ。 それは…お母さんが体重計に乗るまで…だ! 「どれ、ちょっくら、測ってみるか?ん?ん?ふふ~ん!」 上機嫌になったお母さんが、洗面所へスキップして向かった… 今だ!逃げろっ!! 僕は、すぐさま自室にこもって、ドアの前に模型の重たい本を何重にも重ねて置いた。 「なぁんだよ!減って無いじゃん!むしろ…500グラム増えてるんですけど~!」 そんなお母さんの声が…隣のリビングから、壁越しに…響いて聞こえた… 僕はため息を吐きながら自分の制服を脱いで、部屋着に着替えた。 コンコン… 「は…?」 窓をノックされて、顔を向けた。 「な!」 ベランダには、ちいちゃんが立っていた… 信じられない!!ここは…5階だぞ!! 「なぁにしてるの!!あっぶないだろッ!落っこちたら、死んじゃうぞ!」 僕は大慌てでベランダの窓を開いた。そして、僕を抱きしめるちいちゃんの顔を引っ叩いて怒って言った。 「ちいちゃん!危ないだろ!死んじゃったらどうするんだよっ!」 「へへ…へへへ…」 僕は知らなかった… ちいちゃんがこんなに、馬鹿だって…知らなかった。 僕に抱き付いて離れないちいちゃんの背中を撫でながら、僕は彼の胸に顔を埋めてこう言った… 「お母さんが警戒態勢なんだ。だから、何もしないで…」 「何もしない…ただ、こうしてる…」 ちいちゃんはその言葉通り…僕に何もしなかった。 ただ、クッタリと体を寄り添わせて…僕を抱きしめ続けた。 こんなに愛されているなんて…僕は、少しだけ…今更、照れくさくなった。 「ちいちゃん…」 「ん?」 「キスしても…良い?」 僕を抱きしめて来るちいちゃんを見上げた僕は、彼の顎の傷痕を指先で撫でながら、そう聞いた。すると、ちいちゃんは瞳を細めて、僕の唇に…キスをくれた… あぁ…隣の部屋に、科捜研が大好きなお母さんがいるというのに、僕は、なんて破廉恥な事をしているんだろう… でも、ちいちゃんの体のあったかさが、僕の理性を吹き飛ばしていくんだ… もっと、もっとって…欲しがってしまうんだ。 「ちいちゃぁん…好きだよ。大好き…!」 「は、春ちゃぁん…!」 僕は、ベッドに腰かけたちいちゃんに馬乗りになって、彼の頭を抱え込みながら、派手にキスをしまくった。 ガン!ガタガタガタガタ!! 突然、凄い物音と共に、僕の部屋にお母さんが突入して来た。 終わった… 僕は瞬時にそう思った…きっと、ちいちゃんも、そう思ったに違いない。 しかし、お母さんは、ちいちゃんに襲い掛かる僕を見つめて、こう言い放ったんだ。 「おぉい!家で何してんだぁ!そういう事はなぁ!家じゃない所でやれってんだぁ!不倫、浮気、子供の性行為!それはなぁ、おかんの知らねえ所で、やれってんだぁ!それが、子宮から生み落とした…母親への温情ってもんじゃねえのかぁ!あぁあん?」 「え、えぇ…まぁ、確かに…」 どすの効いた声を出して、オラつくお母さんを上目遣いに見た僕は、すっかり固まってしまったちいちゃんの膝の上から降りて、ベッドの上に正座をした… すると、お母さんはちいちゃんに標的を変えて、オラつきながらこう言った。 「大体だぁ、おめぇはどっから家の中に入って来たってんだぁ!玄関って知らねえのか?あぁ?ピンポンって、知らねぇのかぁ!」 そんなお母さんをオドオドと見上げたちいちゃんは、首を傾げながらこう答えた。 「いや…あの、はい…知らなかったです…」 はぁ…!こんの、馬鹿野郎!! てんぱったちいちゃんは、うちのお母さんに悪手を放った。 「はぁ~~~?!」 やっぱりだ… 「ピンポンを知らなかったら、いっつも、どうやって家に来てんだよぉっ!ちいちゃぁん!ねえ、ねえ!どうやって来てんだよぉお!」 お母さんは水を得た魚の様にオラつきを回転させた。 「なになに…?春が部屋でセックスでもしてたの…?」 男になりたがってる妹は、そう言いながら、興味本位で…僕たちがお説教を受けている現場に、意気揚々と足を踏み込んで来た。 結果…僕と、ちいちゃんはお互いの家族総出で、お説教を受ける羽目になったのだ。 「やだぁ、こんなんで痩せる訳無いじゃん!絶対デデちゃん、騙されてる!」 「はぁ?すみちゃん…辛口ぃ!辛口ぃ!」 うちのリビングで開催された公開お説教は、僕とちいちゃんが並んでソファに座る中…お互いの母親によって執り行われた… その1、自宅で行為は致すな。 その2、病気にはなるな。 その3、キスまでなら、ギリギリ自宅での行為を許す。 僕たちは、その3箇条を約束する事によって…長きにわたる公開お説教から、解放されるのであった… でも、後半は、ほぼ、女子会だった… うちのお母さんと、ちいちゃんのお母さんは、早々にビールを開けておしゃべりを始めて…妹たちは、お母さんのダイエットマシンで、遊んでいた… 「そうだ…ちょうど良いから言っておくよ。俺、春ちゃんと、温泉に行くから。」 馬鹿なちいちゃんは、お説教が終わるや否や、再び再燃しそうな材料を投下した。僕は、慌てて彼の胸を叩いて言った。 「そんな事、今言ったら…怒られるだろっ!」 「なぁんで…」 「ふぅん!好きにすればぁ!」 意外にも、お母さんたちの答えは、揃ってこうだった… 「子離れ出来ないと…老後が悲惨よね?ボボちゃん。孫の面倒をよだれを垂らしてみる様じゃ、最悪だわ…」 「そうよ。デデちゃん。私らは、私ら…子供は子供よね…。人様に迷惑を掛けない限り…好きにすれば良いんだわぁ。」 へぇ… 「ん、も…やめてよぉ!」 「えぇ…?なぁんで…?」 うちの妹が、ちいちゃんの妹…すみれちゃんに、良からぬちょっかいをかけ始めた所で、この会は解散した… 「お母さん、ありがとう…」 お風呂に入った僕は、自室に向かう途中…ドラマに夢中なお母さんの背中にそう言った。すると、お母さんは少しだけ僕を見て、ニッコリ笑って言った。 「病気にだけは、なるなよ?」 理解があるのか…破天荒すぎるのか…僕たちの家族は、深い繋がりがあり過ぎてこんな事…些細な事としか思っていない様だ。 それとも… 幼い頃から、僕とちいちゃんを見て来たから…いつか、こうなると…思っていたのかな…? だとしたら…ありがたい。 次の日の放課後…今日の模型部はお休みとなった。 理由は、簡単だ。みんな、自分の新しい制作物を買いに行ってしまったからだ…。 だから、今日は…僕は、体育館へやって来たんだ。 ここで、僕の彼氏の…活躍を見る事にした。 「春ちゃん、こっちこっち!」 馴染みのない体育館を恐る恐る覗き込んだ僕に、そう声を掛けてくれたのは、陣内くんだ! マットの近くに腰かけた陣内くんの元へ、バタバタと走って向かった僕は、チョコンと肩身を狭くして三角座りをした… なんと、彼は連日、彼女の部活を、こうして…眺めてるそうだ。 コートの半分を、男子…もう半分を女子が使って、バスケットボール部は活動している様だ… 「陣内くん…ヒカルちゃんって厳ついね…?」 隣の彼にそう声を掛けると、陣内くんはニヤニヤ笑って言った。 「カッコいいだろぉ…?も、大好きなんだぁ…!」 へぇ… 彼のこんなデレ顔を見たのは、初めてだ… クスクス笑った僕は、向こうのコートで、僕を見つめるちいちゃんを見つめて、ちょっとだけ、手を振った…。すると、彼は嬉しそうに…ちょっとだけ、手を振り返してくれた。 はぁ~~~~! 僕は、今更になって…バスケ部男子の彼女たちが、体育館の踊り場で彼氏を眺める意義を知った気がした… こりゃ、たまらんわい! 大きな体の男たちの中で…君とまるちゃんは…別格に輝いて見える! 圧倒的ではないか…わが軍は…!! 「ねえ、見て見て?陣内くん、僕のちいちゃん…格好良いでしょ?まるちゃんも、格好良いでしょ?ふたりとも、僕のなんだぁ…ぐへへ。」 デレデレになった僕は、隣に座った陣内くんにそう言った。すると、彼は首を傾げてこう言った。 「まぁ…どちらも、イケメンだね。」 はっは~~!そうだろう?そうだろう! 僕は、じっとまるちゃんを見つめて、彼が僕を見た瞬間…ちいちゃんにした様に手を振ってみた。 でも、まるちゃんは手を振り返しもしないで…フイッと顔を背けるんだもん。 やんなっちゃうよね!! そうこうしていると、女子バスケ部が、全面のコートを使って試合を始めた。 「春ちゃん…そこにいると…ボールが飛んで来るよ…?」 「…え?!こ、怖いなぁ…!」 陣内くんの物騒な言葉に顔を歪めた僕は、安全圏に避難した… それは、やはり…体育館の上部にある…踊り場だった。 まるで大奥のような雰囲気を醸し出すその場所には、既にバスケ部の彼女たちが陣取っていた。 そして…そこに、柏木さんの姿を見つけてしまった僕は、慌てて視線を逸らして、コートを覗き込んだ。 どうして、彼女が…まだ、ここに居るんだろう… ちいちゃんの事を、まだ、好きなのかな… ピーーーーー! そうこうしていると、女子バスケ部の試合が始まった。 「はぁはぁ…ひ、ヒカルちゃぁん!もっと…もっと…強く!強く攻めるんだぁ!!」 そんな陣内くんの荒い息を隣で聴きながら、僕は初めて…バスケ部の練習試合を見た。そして…彼女たちの余りの迫力に…声を失った。 「…カ、カッコいい…」 思わず、そう呟いてしまう程に…機敏に動き回って…パワフルにシュートを決めて行く女の子たちが、格好よく見えた… 「だ、だろぉ!春ちゃぁん!!だ、だぁから、言っただろぉ!!」 デレデレのデレな陣内くんに体を揺さぶられながら、僕はケラケラ笑って言った。 「うん!めっちゃ、格好良い!」 コートに飛び出していきそうなボールに果敢に飛びついた彼女たちは、必死にボールを死守しながら、試合を続けていた。 僕たちが体育の授業でやっているバスケットとは、全く違った… ちいちゃん。 僕は、全然、君の大好きな事を理解してなかったみたいだ。 ただただ、ボールを追いかけているだけだと思ってた…でも、実際は…こんな風に、アグレッシブで、パワフルで…インテリジェントなんだね… 「あぁ…!凄かったぁ!」 女バスの試合を見終えた僕は、汗を握った手のひらを陣内くんに掲げて見せた。 「興奮したぁ!!」 「あっはっは!だろぉ?!だろぉ?!」 陰キャの僕は、野球中継も、サッカー中継も興味が無かったし、お客さんとしてスタジアムに行く人の気が知れなかった。 でも、バスケットなら… 君の好きな、バスケットボールなら…なんだか、好きになれそうだ。 「次は、男子だよ…?」 陣内くんがそう言った途端、踊り場の上でくっちゃべっていた“バスケ部男子の彼女たち”がわらわらと動きを見せた。特に柏木さんは、僕を押しのけて眉を顰めたんだ! 君は…こんな所にいるよりも、モデル事務所に行ったらどうかね!! こんの、名ばかりモデルがぁ…! ムッと頬を膨らませた僕は、陣内くんと違う場所へと移動した。 「…女って、男が絡むと、途端に豹変して、牙を剥くね…?」 「うちの姉貴が言ってた…女の友情ほど、脆い物は無いって…。全部嘘なんだ。あんな風につるんでても、陰で悪口を言い合ってる。」 流石の陣内くんの名言に、僕は、何度も頷いて感心した。 安全圏に移動した僕と陣内くんは、眼下を見下ろして…屈強な男たちの、剥き出しの二の腕に興奮して、悶絶した…! あぁ…!僕は…あの腕に、抱きしめられたんだぞ! そんな思いを抱きながら…真ん中の丸に立ったちいちゃんをじっと見つめた。すると、彼はしっかり僕を見つめて、可愛いウインクなんてしてくるじゃないかぁ! 「はぁああ~~~~ん!」 …僕は、そんな彼に…胸きゅんした。 すると、ちいちゃんと向かい合う様に、まるちゃんが立って、おもむろに僕を見上げて、満面の笑顔で手を振って来た。 「はぁあああああ~~~ん!!」 なぁんだよっ!さっきは無視した癖にぃ!も、もう!も~~~~!! 可愛い… 僕は、そんなまるちゃんに…すぐに、メロメロになった… 「僕は死ぬかもしれない…」 隣で、僕の興奮をドン引きして見つめる陣内くんに…念の為、そう伝えておいた。 男子の試合では、女バスが審判をするみたいだ。 ヒカルちゃんがちいちゃんと、まるちゃんの間に立って…ボールを高く上げた。 「ちいちゃん…」 まるちゃんよりも高く飛んだちいちゃんは、余裕の表情で、ボールを仲間の元に弾いた。 カッコいい…マジで、ヤバい… 胸をキュンキュンさせた僕は、わらけてくる顔をそのままにして、陣内くんに言った。 「ね、今の…見た?」 「はいはい…」 僕は、毎日ここに来ても良い… だって、こんなにキュンキュン出来るんだもん。 バスケットをするちいちゃんは、別格に、格好良かった。 あんな彼と、温泉旅行に行くなんて…ど、ど、ど、どうしよう… あんな彼と、あんな事をしたなんて…ど、ど、ど、どうしよう… 顔を真っ赤にした僕は、デレデレになりながら試合を眺め続けた。 ピーーーー! 「あ、フリースローだ。」 隣の陣内くんがそう言った… 「フリースロー?それって…何?」 僕は、首を傾げて彼に尋ねた。すると、物知りな陣内くんはこう説明してくれた。 「ゴールの下でファールすると…相手の選手は、あそこの小さい円の線の所からシュートを打つ事が出来るんだ。回数は2回とか…1回とか、よく分からない。でも…リバウンドって言って、周りの選手が一斉にボールを取りに行く光景は、男子は圧倒的に、パワフルなんだ!凄いから、見ててよっ!」 そんな彼の言葉に深く頷いた僕は、いまいちルールを理解しないまま視線をコートに戻した。 「あ…まるちゃん…」 フリースローを打つのは、まるちゃんみたいだ。 「ま、ま、まるちゃぁん!頑張ってぇん!!」 僕は…咄嗟に、そんな大声を掛けた。すると、彼は僕を見上げてニコッと微笑んだ。 そして、そのまま…華麗にシュートを決めたんだ。 あぁ…神様 この世に…バスケットボールなんて素敵なスポーツを作ってくれて、感謝します… 神に感謝していると、まるちゃんは、次のシュートをリングにぶつけて外してしまった…! 「あぁ…!」 すぐにリバウンドと呼ばれる…屈強な男たちのボールの取り合いが始まった。 その中で…群を抜いてジャンプ力があるのは…僕の、ちいちゃんだぁ! 「きゃ~~~~~~!ちいちゃぁ~~~ん!」 思わず…僕は、立ち上がって、彼に向って…絶叫した。 彼は見事にボールをキャッチして、独走する様にコートの中をひとりで走った。 あぁ…!! 神様ぁ! ちいちゃんを、この世に誕生させてくれて…ありがとう…!! すると、ちいちゃんは、そのままゴール下には行かずに、遠く離れた場所で立ち止まった。そして、僕を一瞬振り返って…颯爽と、シュートを放った。 「わぁ…!綺麗なフォームだ!3Pシュートだよっ!」 陣内くんの感嘆の言葉を耳に聴きながら、僕は彼の放ったボールが、吸い込まれて行く様にリングに入って行く様子を見つめて…絶叫した!! 「ギャ~~~~~~~!ちいちゃぁ~~~~~ん!!」 それは、他の女子の声なんてかき消すくらいに…激しいシャウトだ!! 「春ちゃん!は、春ちゃん…!!」 カッコよすぎる…!! 僕は大声で叫んだせいか…クラクラしながら、へたり込んだ。 そして、他の女子のブーイングを受けながら…コートの中を走り回る…素敵な彼をうっとりと見つめて、胸の奥から…熱いため息を吐きだした。 「ちいちゃん!めっちゃカッコ良かったぁ!」 体育館から出て来た彼に飛び付いた僕は、デレデレと鼻の下を伸ばしながらこう言った。 「何本決めたと思う?ねえ!僕のちいちゃんは、何本、シュートを決めたと思う?」 「ははは!さあ、何本だった?」 ケラケラ笑ったちいちゃんの声を聞きながら、彼に抱き付いたまま僕は体を起こしてこう言った。 「6本だ~!凄いでしょ?ねえ!僕のちいちゃんは、凄いでしょ?!」 「あっはっはっは!そりゃ、凄いなぁ!」 ちいちゃんは僕を抱えたまま、クルクル回って大笑いをした。 あぁ…こんな素敵な彼を独占して、誠に…申し訳ありません。 ぐへへ。 僕は、ちいちゃんにキュンキュンしなかった。 でも、彼の知られざるどスケベな顔と…熱心にバスケットボールをする姿を見たら、まるで、津波でも来たかの様に…キュン死しそうなくらいに…一気に夢中になった。 近すぎる事なんて…何の理由にもならなかったんだ。 僕は…彼の他の面を…全く、知らな過ぎた。 ちいちゃんが、僕をとっても好きでいてくれる事も、ちいちゃんが、あんなに格好良くバスケットボールをする事も… 僕は、知らなかっただけなんだ。 「なぁんで、まるちゃんを応援したんだか…!」 いつもの商店街を抜けた頃…ちいちゃんが少しだけ不貞腐れてそう言った。だから、僕は、ケラケラ笑ってこう答えたんだ。 「だって…僕は、まるちゃんも好きなんだ。」 そう。あの子と居ると…僕は、少しだけ強くなれる… だから、好き。 「はぁ…そうですか…」 呆れた様に、ちいちゃんがそう言った。 幼い頃から、君の隣に居た僕は、君の事を当たり前だと思ってた。 秘めた思いが、例え、一生…届かなくても、隣に居る事が…あたりまえだって、思っていた。 でも…いざ、君が遠くへ行ってしまうと分かった途端…そんな幻想は崩れ去った。 “自分が思っている事は、言葉にしない限り…相手には通じない。” そんな、陣内くんの名言が…僕を変えて、突き動かしてくれた。 だから、僕は…これからも、この名言を胸に刻んで…君に、伝え続けようと思う。 好きだって言う事も…大事だと思う気持ちも、独占したいと願う思いも… 「ねえ、ちいちゃん?僕たち…これからも一緒に居ようね…。産まれた時から、死ぬまで、一緒に居る事が出来たら…死ぬ前にギネス登録して貰おう…?」 僕は、自分の家の鍵を開きながら、隣で、同じ様に鍵を差し込むちいちゃんにそう言ってクスクス笑った。すると、彼は…僕を優しく抱きしめて…こんな事を言ってくれた。 「そうだね。春ちゃん…ずっと、一緒だ。」 あぁ、神様… こんな素敵な、大好きな人をくれて…ありがとうございます… 後日…僕とちいちゃんは、温泉旅行へ行って…そこで、全てを滞りなく済ませた。 でも、それは…また、違うお話だ。 だから、このお話は、一旦、ここで…おしまい。

ともだちにシェアしよう!