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脅迫状パニック!第1話

いや待て、何が起こってるんだ? おれは洗面台で顔についた水滴をポタポタと落としながら、呆けたように鏡越しの自分の顔を見る。 鏡越しに呆けたような顔をしている――鏡越しなんだから自分の顔に違いないはずなのに――そこに映っていたのは見慣れた自分とは全く違う顔。 そこには、おれの最推しの顔が写っていた。 「――は?え?何これ、夢?」 朝、起きたつもりでまだ目が覚めてないのか? 五分前に目覚ましが鳴って、それを止めて起きて…顔を洗って…。 うん、完全に起きてるな。 部屋も見慣れたおれの部屋だ。 ちゃんと思い返してみれば、色々記憶がある。 というか、色々記憶がありすぎる。 おれの名前は西園寺凛(さいおんじりん)MARS(マーズ) MUSIC(ミュージック)所属のダンスヴォーカルユニットAshurA(アシュラ)のメインヴォーカル、LIN(リン)。 しかし、それ以外に、おれにはもう一つの記憶があった事を今朝突然思い出した。 もう一つのおれの名前は徳重雅紀(とくしげまさき)。 心臓病を患っていた、二十三歳だ。 おれはとりあえず顔をタオルで拭くと、ソファに座って考えを巡らせる。 おれ――徳重雅紀の最後の記憶は――うん、思い出してきた。 おれは難病の心臓病で、手術をしないと二十五歳は迎えられないと言われていた。 おれの主治医はアメリカ帰りの腕利き(本人談)の心臓外科医だったらしく、ドンと自分の胸を叩いて『必ず治してやるから、手術はおれに任せろ!』と言ったのだ。 そして、手術室に向かう途中、親や兄弟と『頑張ってくるよ!』って言って別れて――。 その後の記憶がない。 あれ、結局おれ死んでるんじゃん! 二十五歳どころか、二十三で死んでるじゃん?! 「あんの、ヤブ医者ぁ!」 おれはテーブルに拳をぶつけると、頭を抱える。 その後の記憶は全て西園寺凛の物だ。 今までおれは、自分が西園寺凛という人格だけで生きてきていたことに、何の疑問も持たなかった。 なんで突然、前世?の記憶らしき物がが舞い戻ってきたのかは全然わからないが、これは由々しき問題だ。 何を隠そう、このおれ徳重雅紀は腐男子だ。 どのくらい腐男子かっていうと、ボーイズラブ本は勿論、同人誌からボーイズラブゲームまでなんでも大好物と言った具合。 中でも特にハマっていたのはボーイズラブゲーム『君は最推し!』というゲーム。 主人公はダンスボーカルグループのマネージャーで、それはそれは可愛い男の子。 ゲームはそのマネージャーを動かして、推しのグループメンバーと恋に落ちてゆくというとても素晴らしい内容だ。 そして、そのゲームにドップリハマっていたおれの最推しの名は――西園寺凛。 つまり、おれだ。 「いや、なんでだよ?!普通そこは主人公のマネージャーか、ライバルのアイドルに転世するだろ?!なんでよりにもよって最推しがおれなんだよ!おれがおれの最推しとか、意味わかんねえよ!」 おれは再び頭を抱えると、ガラステーブルに映った自分の顔を見る。 ――うん、おれイケメン。 じゃなくて。 いっそ、おれがマネージャーか、ライバル役だったら、凛を攻略するよ。 なのになんで……。 いっそ思い出したくなかった。 なんでこのタイミングで思い出した、おれ……! おれはため息をつくと、スマートフォンを手に取って今日のスケジュールを確認する。 今日はアルバム曲のレコーディングと、歌番組の出演か。 こうやって自然と芸能人が出来ているのは、ちゃんと西園寺凛の記憶も持った所以だ。 「あー…後一時間でマネージャーが迎えにくる」 おれは項垂れながらものそのそと支度を始めた。

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