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第10話

なんとか三時間で目の腫れも引き、歌番組『Music Terminal』の収録には間に合いそうだ。 おれの前後両脇はメンバーががっちりとガードしている。 な、なんかここまでくるとおれが連行されてるみたいじゃね? ていうか、前が見えないんですけど。 敦士は番組プロデューサーに、脅迫状の件を話しに行っている。 リハの最中も最大警護の状態で、自分たちの曲かけリハの時以外、ずっとメンバーに囲まれている。 ていうか、前が見えない(二回目)。 リハも終わり、いよいよオープニングの撮影が始まる。 この番組は生放送なので、一度撮影が始まれば止まることはない。 流石にここではおれを真ん中に、皆横並び一線で立つ。 …が、おれの隣の優がさりげなくおれの背中に手を回して後ろをガードしていた。 し、心配性すぎる! 「AshurAの皆さんです!よろしくお願いします」 司会のアナウンサーに紹介され、カメラに手を振る。 「よろしくお願いします!」 「久しぶりだね!Mタミ出演は二週間ぶり?」 「はい、ご無沙汰してます」 「二週間でご無沙汰って、AshurAも相変わらず忙しいねえ(笑)」 司会のタバヤシさんがリハ通りの絡みを進めてくれる。 「LINは今度ドラマやるんだって?」 突如、ここでタバヤシさんがアドリブを挟んでくる。 メンバーの緊張感がマックスになったのを感じながら、おれは出来る限り平静を装って返事をする。 「そうなんです!大人の土10です。オトナの方は是非見てください(笑)」 「おじさんオトナだから、ぜひ見るよ(笑)」 「ありがとうございます!」 「では次は……A’sのお二人!」 無事オープニングのおれたちのターンの撮影は終了。 おれたちはセットの雛壇へ移動する。 ここでも、きっちり隣に座った一哉がおれの腰を支えている。 いや、このスタジオで背後から襲われるって……それもう暗殺者だから。 「アルバムと言えば、AshurA!いまレコーディング中なんだって?」 「はい、順調に滞ってます」 優の冗談に、笑いが起こる。 「えー?ちゃんとリリースできる?」 タバさんのツッコミに、翔太が笑いながら返事をする。 「あはは、今うちのメインヴォーカルのお尻を叩いてるところなので、大丈夫でーす」 「LINはドラマにレコーディングに大変だねぇ」 「今、お尻真っ赤にしながら頑張ってます!」 おれは翔太のボケに乗っかりながら返すと、またもスタジオから笑いが起きる。 よっしゃ、ウケた! おれは心の中でガッツポーズをすると、翔太に視線を送る。 翔太は軽くウインクすると、ニカっと笑った。 「では、AshurAの皆さんは準備をお願いしまーす」 そう言われて、おれたちは立ち上がり歌の準備に入る。 おれたちのスタンバイまではTrident PromotionのユニットA'sがつなぎを受け持っている。 おれはバミリの位置に立つと、ふうと息を吐く。 温かい蜂蜜入りのルイボスティーを飲んだし、喉の調子も悪くない。 歌を歌う時は神経の全てをパフォーマンスに集中する。 おれは右手にマイクを持つともう一度深呼吸をした。 キューがかかって、前奏が流れる。 『Go!Go!Go!Go!Go!  今日、転んだって  明日一歩前に進んでいればいい  明日、転んだって  何かを掴んで立ち上がればいい  今日の痛みは明日の糧  出来た傷跡は、人生の誇りだから  Go ahead!進め!前を向いて  Go ahead!後ろを見るな  Go ahead!進め!上を向いて  Go ahead!下を向くな』 無事、一曲歌い上げ、後奏が流れ出した時、何かが天井でキラリと光ったような気がした。 ーー? 気のせいかな、そんな演出聞いてないけど……。 おれは最後のダンスパートを踊りながらそんなことを考える。 は、いかん集中集中! おれは再びダンスに集中する。 考え事をしながらダンス踊れるほど上手くないしな、おれ。 タンタンタンとステップを刻み、後奏の最後の音とともにポーズを決める。 スタジオに拍手が沸き、カメラがひな壇に切り替わったその時。 フッとおれの前が暗くなったような気がする。 おれが何気なく上を見ようとした瞬間、誰かに腰を抱かれ、後ろへ引き倒された。 「ーー清十……」 ガシャン!! その次の瞬間、激しくガラスが割れ、金属がひしゃげる音がスタジオ中に響いた。 見れば、まさに今さっきまでおれの居た場所に照明が落ちて派手に壊れている。 「凛!大丈夫か!」 ゾ、と今更ながらおれの背に冷たいものが走った。 清十郎が避けさせてくれなければ、おれは今頃この照明の下敷きに……。 おれは、ガクガクと膝が笑うのを感じ、清十郎に支えられていながらも、へたへたとその場に座り込んだ。 「凛!」 「凛さん!」 幸い、カメラはひな壇を写しているので放送事故にはなっていないようだ。 おれはヘタリながらも頭のどこかでそんな冷静なことを考えていた。 「良かった……!凛、怪我はないか?!」 清十郎ははぁーっと大きく息をつくと、おれの身体をチェックした。 「大丈夫そう……だな」 「あ、ありがとう……」 スタジオは騒然とし、パニックになっている。 当然だ、こんな事あってはならない事故だ。 おれは、清十郎に肩を借りて立ち上がると、まだ震えている自分の肩を抱いた。 「清、よくやった!」 「よく気がついたな」 「ああ、最後の時、おれは凛の真後ろだったからな……何かが天井で光るのが見えて、念のために避けて良かった……凛?」 もし、これが脅迫犯の仕業だとしたら…ここまで、やるか。 ドラマ一本の為に? それとも、おれが嫌いだから? おれは、何か今まで感じなかった怒りのようなものを感じ始めていた。 今まではおれが一人で傷つけば済む話だった。 だけど、これは違う。 多くの人に迷惑がかかる。 実際、今スタジオはてんやわんやだ。 おれは自分の手を握りしめると、唇を噛む。 「……凛、気持ちはわかるけど唇を噛みすぎると切れる」 優はやんわりそう言うと、おれの唇に指を重ねた。 おれはハッと気がつくと、唇を離した。 「AshurAの皆さん、大丈夫でしたか?!」 プロデューサーが駆けつけてくる。 「大丈夫です。間一髪、誰も怪我をしませんでした」 一哉がそう言うと、プロデューサーは大きく息を吐いた。 「良かった……!本当にすみませんでした!」 プロデューサーはそのまま敦士と話をし始める。 敦士は身振り手振りで『楽屋へ帰っていてください』と伝えてきたため、おれたちは揃って楽屋に戻る。 その途中、誰もが無言だった。 行きと同じくスクラムは組んだままだったが。 楽屋に帰ると、おれは無言で畳の座敷に腰を下ろす。 プロデューサーからの指示で、エンディングカットは免除してもらった。 流石にこの状況で何事もなかったかのように笑顔はできない。 「……凛、大丈夫?…なわけないよなー」 翔太の言葉におれは口を開きかけて、閉じる。 正直、大丈夫ではない。 おれはまた唇を噛みそうになって、はたと気がつき力を抜く。 「正直……大丈夫とは言えない…かな」 「そりゃ、そうだろ。今回は……下手したら、大怪我どころか…命が危なかった」 一哉の言葉に、おれは改めてゾッとする。 おれは無意識に自分の腕を抱くと、ブルっと震えた。 今になって、恐怖が蘇ってくる。 あの時は、恐怖もあったが、それ以上に怒りの方が大きかった。 しかし、今言葉にしてみて、改めてあの時の恐怖がありありと思い出されてくる。 ふと、いつのまにかおれの隣に来ていた翔太が、おれの頭を撫でてギュッと抱きしめてくれる。 「大丈夫だよ、凛。もう大丈夫」 背中をポンポンと叩きながら、子供をあやすように声をかけた。 「おれ……そんなに嫌われてるのかな?」 思わず、そんな弱音がホロリと溢れでる。 「何言ってるの。凛はその何倍も、何百倍も皆にに好かれてるでしょ」 優が優しくそう諭してくれる。 頭では、わかってる。 アンチがいるのも、それ以上に応援してくれる人がいるのも。 しかし、こうあからさまな敵意……もはや殺意を向けられると、どうしても気が弱ってしまう。 「そう、だよな。うん、ごめん」 「謝る事じゃない」 清十郎の言葉に、一哉も頷く。 「とりあえず、今日も一人でいない方がいい。今日はーー」 「はいはーい!おれの家、一番近いしおれの家を提案します!面白いDVDもあるし、ゆっくり休も?」 おれを抱きしめたまま、片手をあげて翔太が立候補する。 確かに今日みたいにいろいろあった日は、翔太の明るさに救われるかも。 ていうか、こんな物騒なことが立て続けに起こるおれと一緒にいてくれようとしてありがとう。 「おれと居るの、嫌じゃない?」 「嫌なわけないじゃーん!」 翔太はそういうと、いいこいいこをする様におれの頭を撫ぜる。 「凛はさー、もっと自分が皆に好かれてる自覚を持った方がいいよ!」 「そうだよ。おれたち皆、凛が思ってる以上に凛のこと好きなんだからね?」 「そうだな」 「ああ」 メンバーの言葉に、おれはまた目頭が熱くなる。 う……今日はもう泣かないって決めたのに……。 皆の優しさが暖かくて嬉しい。 「まったく。泣き虫凛!」 一哉の揶揄う様な口調も優しい。 おれは鼻を啜ると、お返しに精一杯の笑顔を向ける。 「確かに、今日は泣き虫って言われても反論できねえわ!」 でも、この涙は嬉し涙だから。 おれは擦らない様にタオルで顔を拭くと、軽く頬を叩く。 「皆さん、お待たせしました」 ガチャリと楽屋のドアが開き、敦士が入ってきた。 「ねえ、もう帰っていい?」 翔太がおれの身体を放しながら言う。 「その事なんですが……すみません、皆さん少しだけ残っていただけますか?」 「まだ、何かあるのか?」 清十郎の言葉に、敦士は顔を曇らせる。 「その…今回の件ですが……照明のワイヤーが何者かに切られていました……」 「……!」 薄々わかってはいた事だけれど、言葉にされると結構ショックが大きい。 おれは口を閉じて敦士の言葉を待った。 「警察に届け出たところ……事件性があるとの事で、皆さんも事情聴取があるそうです」 「ええ?!」 優が不満げな声を上げる。 「おれたちは被害者だろ?なのに事情聴取って…」 一哉もそれに倣う。 「勿論、今回の事情聴取は犯人を捕まえるためのものであって、皆さんを犯人扱いしてるわけじゃありません。だから、わかる範囲で良いので、協力して欲しいとの事です」 「……はあ。わかったよ。じゃあもう少しここで待ってたらいいの?」 「はい。順番に呼ばれますから、もう少し待機をしていてください。お疲れのところ……本当にすみません」 「仕方ない、敦士のせいじゃないだろう」 清十郎の言葉に一哉が頷く。 「まあ、仕方ないな」 そうして、おれたちは全員事情聴取を受けることになった。

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