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第12話

翌日の昼、おれは翔太の車に揺られてツジテレビへ向かっていた。 翔太の車はポルシェのカイエンSだった。 翔太っぽくてカッコ可愛い。 しかも、運転も上手い。 なんでこう、AshurAのメンバーは全員スペックが高いんだ! 「ねえ、凛。本当に大丈夫ー?」 「大丈夫だって」 あの後おれたちは馬鹿みたいに笑えるお笑いDVDを見たり、下らないYouTubeを見たりして深夜までグダグダして過ごした。 翔太が色々気を遣ってくれたおかげで、なんだかんだと昼近くまでゆっくり眠れたし、気持ちも落ち着いている。 台本の台詞も頭から飛んではいない。 ……たった一つの不安材料はラストのキスシーン。 おれのキスの経験って言ったら、優、清十郎、翔太……あ、駄目だ、悲しくなってきた。 考えない様にしよう。 翔太の車は無事ツジテレビに入ると、玄関で敦士が待っていてくれていた。 「楽屋はちゃんとチェック済みです。不審物や盗聴器などはありません。今は一哉さん達が先に入って、誰も来ない様に見張ってますよ」 うう、ありがとう皆。 おれは楽屋に入ると、皆に挨拶する。 「はよ」 「おはよ」 「おはよう」 「おう」 おれはとりあえず席に着くと、ふうと息を吐く。 「顔色、悪く無くてよかった」 優の声に、おれは笑う。 「昨日は散々翔太がふざけてくれたからなー?」 「えー?楽しかったっしょ?」 「ああ、楽しかったさ」 「何して遊んだんだ?」 「んーとね、一緒にお風呂入った!」 清十郎の問いに、にゃは!という笑い声が聞こえそうな笑顔で翔太が言うと、何故か敦士を含め全員の表情が固まる。 「……は?今なんて?」 「おい、てめーなんか変なことしてないだろうな」 翔太は優と一哉に同時にそう聞かれると、ペロっと舌を出す。 「内緒ー」 「凛!」 ええ、おれに飛び火するの?! おれはもうヤケクソで答える。 「あーもう、めっちゃキスされましたー。これでおれはメンバーの大半とキスしてまーす」 「翔太、てめー!」 一哉がその端正な顔に青筋を立てる。 翔太は相変わらずヘラヘラと笑っていた。 敦士は苦笑いをすると、メイクを促す。 「メイクさん来てますよ、呼んでいいですか?」 「あー、よろしく」 まあ、おれの場合そこまでのメイクはしないから、主にヘアメイクになるんだけどな。 おれは鏡の前に座ると、メイクを待った。 いつもはAshurAのLINのイメージで衣装に合わせてヘアメイクもバッチリ決めるんだけど、今日は瑞樹だから、ヘアメイクはナチュラル気味だ。 「おー、なんかいつもの凛と違う」 「今日はLINじゃ無くて瑞樹だからな」 そう言うと、おれは西園寺凛から葉山瑞樹にモードをチェンジする。 「準備オーケーですか?良ければそろそろ向かいましょう」 「了解」 「いってらー!」 「不審者が来ないか、ここは見張っておくから頑張ってこい」 「おう、行ってくるぜ!」 そう言って、おれはロケ現場に向かった。 現場は言われた通り、厳重警戒が敷かれていた。 通常よりも倍ほどの警備員が立っている。 「LINくん、昨日の件聞いたよ。大丈夫かい?」 現場に着くと、拓海さんが気遣って声をかけてくれる。 「あ、拓海さん!おはようございます。……はい、おれはなんとか大丈夫なんですけど……。でも、皆さんに迷惑をかけないかが心配で……」 おれは思ったままのことを口にする。 拓海さんは少し困った様に笑うと、おれの頭をセットが崩れない程度に撫でた。 「きみは……本当に優しいね。大丈夫だよ。今日はこんなに警備も強化してもらってるし」 「はい、よろしくお願いします!」 おれは頭を下げると、他の出演者に挨拶をしに行く。 「………」 一通り挨拶が終わると、いよいよ撮影に入る。 『出会った頃は こんな風に君のことを想うなんて思わなかった いつのまにか ぼくの心の一番深い部分に君が入り込んでいたよ♪ 』 『駄目だ!感情はぶつけるんじゃない、感情は曲に乗せるんだ!もう一度!』 『はい! 君の笑顔が 君の笑い声が ぼくを幸せにする 君の瞳が 君の吐息が ぼくを人間にする たった一人の ぼくの大切な君』 『そうだ、いいぞ!』 だんだん荒削りな歌からブラッシュアップするイメージで……。 おれは歌を歌いながら、瑞樹と自分が徐々にリンクしてゆく感覚を味わっていた。 『……よし。いいぞ瑞樹。合格だ』 橘堂プロデューサーにそう言われ、おれは心から喜びが溢れてきた。 この喜びは、瑞樹の喜びだ。 この人に認められたい、そんな思いが報われた瞬間。 おれは、自然のその顔に笑顔が溢れるのを感じる。 『あ…ありがとうございます!』 「……っ」 春人役の拓海さんが視線を逸らす。 少し目を伏せると、なんとも言えない優しい顔をして瑞樹の頬を撫でた。 『よく、やったな』 ゆるゆると撫でると、名残惜しそうにその手を離す。 お互いがお互いに惹かれていく、大切なシーンだ。 「はい、カーット!!もうね!二人とも最高だよ!」 監督が興奮気味に話す。 「特に最後の場面!瑞樹の健気な笑顔と、それに惹かれて行く春人の表情…最高の絵だった!」 よ、よかった! 大切なシーン、なんとかポカらずに済んだ! 「じゃあ、一旦休憩入れようか!」 そう言った監督の声に、場の空気が和らぐ。 おれもホッとしたから喉が渇いた。 「……LINくん。すごいよ、きみ」 「拓海さん!」 気がつくと、拓海さんがおれのそばに来ていた。 「いや、そんな!拓海さんの演技が素晴らしいので……引っ張っていただいてます!」 「恋を、してるの?」 「へ?」 「いや……なかなかね、素の演技であれほど恋する顔をできる役者はいないから……もしかしたら、恋をしてるのかなって」 そ、そこまで褒めてもらえるなんて……! おれは感激した。 「いえ……お恥ずかしながら……恋人なんて存在がいたことがないんです……」 「……!そうなの?」 「や、やっぱり変……ですよね?」 おれは恥ずかしそうに頭をかくと、苦笑いをする。 「いや……変じゃないよ。むしろ好都合だ」 好都合?どういうこと? おれは頭にハテナをたくさん飛ばすと、首を傾げる。 拓海さんは少し笑うと、おれの耳に唇を近づけて囁いた。 「……きみの恋人に、立候補しようかな。きみに、恋してしまいそうだから。LINくん……いや、西園寺凛くん」 ………?! おれは、パッと拓海さんの顔を見上げると、拓海さんは少し笑ってシイと唇に指を立てた。 おれは耳まで赤くすると、思わず俯く。 いや、冗談だよな? 冗談に決まってるよな? 拓海さんはそんなおれの肩を叩いて颯爽と去っていく。 去り際に耳元で再び「考えておいて」と言い残しながら……。 じ、冗談……じゃないのか? おれはバクバクする心臓を抑えながら、頭を振ると何か飲み物を探しに歩き出す。 やっぱりセット内には無いな。 楽屋まで行かないと無いか…。 おれはセットの隙間を通り抜けて楽屋へと行こうとする。 と、トンと誰かにぶつかってしまった。 「あ、すみません……」 「……いえ」 そう言うと、その相手はおれに道を譲る。 おれはその横を通り抜けようとするが、その瞬間強く手を引かれた。 「?!」 おれは一瞬パニックになると、相手を見上げようとする。 その瞬間、口の中にタオルが詰め込まれ、口を塞がれる。 おれは抵抗しようと男を見ると、目の前にキラリと光る刃物が突きつけられる。 「……騒いだら殺す」 おれは情けないことに恐怖とパニックで声を上げることもできず、そのままその男に担ぎ上げられた。 男はおれを抱えたまま足早に裏口からスタジオを出ると、おれをワゴン車の後部座席に押し込める。 おれは、恐怖からなすがままになっているこの状況が悔しくて、車のシートで抵抗を試みようと顔を上げる。 その瞬間目の前に出されたのは一本の注射器。 ーー毒?! 「大丈夫、毒じゃ無いよ。ちょっとだけ気持ち良くなるだけだよ」 ーー麻薬?! おれはイヤイヤをする様に暴れると、男はおれの腕を取った。 「大丈夫大丈夫。ただのその辺に売ってるお酒だから」 男はそう言うと、手慣れた様子でおれの腕にその注射器を刺す。 プツリと針を刺す痛みが伝わり、おれは身体中を動かす。 「はは。あんまり暴れると、早く効いてきちゃうよ」 男の言う通り、3分もしないうちにおれの身体に変化が現れる。 頭がガンガンと痛み、急激な吐き気がして目の前がぐらぐらと揺れ始めた。 「……っう」 男はおれを後部座席に放り込んだまま、車を運転しはじめる。 意識が朦朧として、何が何だかわからない。 五分ほど走らせて、男は車を止めた。 再びワゴン車の後部座席のドアを開けると、急性アルコール中毒一歩手前でグッタリとするおれをもう一度担ぎ上げる。 おれはそのまま男の部屋らしき場所へ連れてこられると、ベッドに寝かされる。 「ふふ……やっと二人きりになれたね……」 男はおれの猿ぐつわをはずすと、荒い息を繰り返すおれの頬を撫で上げる。 「大丈夫、死にはしないよ。自分の身体でアルコールの量は実験したからね」 男はそう言うと、ハァハァと気持ち悪い息を繰り返す。 なにが大丈夫だ! おまえとおれとでは体格が違いすぎるだろ! しかも、アルコール耐性は人によっても全然違う。 まあ、もっとも、アルコールを直接静脈注射された時点で耐性も何もないんだが……。 「今はちょっと気持ち悪いかもしれないけど、大丈夫。すぐに別の意味で気持ちよくしてあげるからね」 何を言っているのか分からない。 おれは身体を動かそうとするが、手足はまったく言うことを聞かない。 かすかに指先が動いたくらいだ。 男はどこで手に入れたのか、革製の拘束具を出してくると、キツくおれの両腕にはめ、ベッドの鉄格子に繋いだ。 「ごめんね、LIN。でも、LINがぼくのこと好きになってくれたら外してあげるからね。そうしたらずっと二人でここに居ようね」 おれはなんとか逃げることができないか、朦朧とする意識の中で周りを見渡す。 男の部屋にはおれの写真集やブロマイド、雑誌の切り抜きなどが所狭しと飾ってあった。 狂気に満ちていると感じたのは、それらの多くに自慰を施したと見られる跡が残っている事だ。 おれは、目に涙が浮かんでくるのを感じる。 なんで、なんで……。 男は笑いながら荒い息を吐き、おもむろにズボンのベルトに手をかける。 ーーまさか。 自分のベルトを外しジッパーを寛げると、既に立ち上がったそれが目の前にそそり立つ。 おれは激しい吐き気に襲われ、目線を逸らした。 男はそのままおれの服に手をかけると、シャツを捲り上げる。 ゾッとした冷気と、寒気がおれの体を襲った。 「はぁ…はぁ…なんて、綺麗な身体なんだ……」 男はおれの身体を弄ると、ニヤニヤしながら下半身に手を伸ばした。 「ーーんーっ!」 おれは精一杯の抵抗を試みるが、身体は動かない。 おれは絶望のどん底に落とされたーーー瞬間。 バン!と玄関ドアが蹴破られる勢いで開けられるた。 おれと男がそちらに視線をやったのと同時に、入ってきた何者かによって男の身体が宙を舞う。 「ーー?!」 「うわああああ!」 鬼気迫る表情で男の身体を投げ飛ばしたのは、なんと敦士だった。 男の身体は、変則的な背負い投げで綺麗に一本が決められる。 男はうぐっとうめくと、後から飛び込んできた清十郎にしっかりと取り押さえられた。 「凛!」 「大丈夫?!」 おれは駆け寄ってきた優と翔太の顔を見て気が緩んだのか、目から涙が流れる。 しかし、声が出ない。 二人はおれの拘束具を外すと、おれの顔を覗き込む。 「何された?!」 「……アルコールを静脈注射されたな……」 一哉は床に転がった注射器とアルコールの瓶を発見し、舌打ちをする。 「え?!それヤバくない?!」 「ヤバいから焦ってるんだろ…」 おれはわずかに頷くと、電話をかける敦士を見る。 どうやら救急車を呼んだらしい。 おれは、それを眺めると遂に限界が来て、そのまま意識を手放した。

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