そわそわしているのは知っている。 　家路をたどる電車の中でも、足踏みしてしまいたかった。 　このスケジュールが、ホントに実行できるかどうかは賭けだった。 　ここ数年にないほど過密な仕事の予定。 　俺――館林亨輔(たてばやし　きょうすけ)は、照明の仕事でべったりと拘束されて、劇団とともに全国ツアーに同行させられ。 　恋人の羽生志信(はにゅう　しのぶ)は同じ劇団に所属している役者だけど、今回は別の仕事が入っていて、ツアーに不参加の別行動。 　しかも志信も現地でがっつり拘束されていて、出歩くことはできなかった。 　今夜は久しぶりの……ほぼ一年ぶりの、泊りでの逢瀬なのだ。 「亨輔、おかえり」 　ほんの少しだけこっちの方が広い――主に愛を確かめるベッドがこっちの方が大きい――という理由で、二人で過ごすのは大抵俺の住む独身者用マンション。 　鍵を開けようとしたら、差し込む前に扉が開かれた。 　待ち構えていたんだなってタイミング。 「ただいま……おかえり、志信」 「ただいま。飯、できてるよ、食うだろ？」 「珍しいな、持ちネタしねえの？」 「しない」 「なんだ残念」 「聞くまでもなく答えわかってるし、まずいことになるのもわかってるから、聞かない」 　玄関の鍵をかけて振り向いたら、にやりと笑った志信にキスをされた。 　確かに。 　会うのも久しぶりで、泊りで少しではあっても時間に余裕があるのも久しぶりで、今朝から自分でわかるくらい浮かれていた。 　この状態でいつもしてくれてたみたいに 『おかえり、亨輔。飯にする？　風呂にする？　それとも、オ・レ？』 　なんてやられたとしたら。 　絶対に止まれない自信があるぞ。 「とりあえず、飯な。そのあとは、オレの好きにさせて」 　荷物で手がふさがっていて、与えられたバードキス以上のことができないのが、残念。 　でも、今夜は志信が好きにしてくれるらしい。 　それはまた、楽しみなことだ。 　今日が終わればまた、お互いに出っぱなしの日が続くからだろう。 　冷蔵庫に食材を買い置きできないから、志信が用意してくれたのは出来合いのモノが中心の食卓。 　ちょっと味噌汁がしょっぱいのはご愛敬。 　確実に志信が俺のために作ったっていうのがありありとわかるので、むしろプラスのスパイスで。 　バカップル退場しろ！　っと、この場に劇団員がいたらいうだろう勢いで、甘えながら食事をする。 　一緒に片づけをして、一緒に風呂に行く。 　ささやかだけど、求めていたもの。 　一枚のバスタオルを取り合いながらお互いの体に残る水分をぬぐう。 　今の仕事の関係で、志信の髪は少し長め。 　乾かすのに時間がかかりそうだったから、先に出てきてベッドに腰掛け、これからの時間に大事なものを確認する。 「またお前、髪乾かさんと、そのままにして」 　少しあとから腰にバスタオルを巻いて出てきた志信は、俺を見て、眉を寄せてつぶやいた。 　飲みかけていたペットボトルを俺に渡して、回れ右したかと思ったら、タオルを片手に戻ってくる。 「いくら短い言うても、ちょっとは拭けって」 　ほらと差し出してくるから、タオルとペットボトルを交換。 　自分で拭けってことね。 「志信、なまってる」 「ん？」 「さっきから、ちょっとだけ」 「ああ……今の役、関西弁だからな……気になるか？」 　志信は役になりきるときにはまり込むタイプだ。 　そして耳がいいから、聞こえてくる音に反応する。 　以前、方言のきつい環境にいると、そこの方言が移ってくるんだと言っていた。 「いや。新鮮でそそられる」 「そそられんの？」 「志信なら、どんなでもそそられるけどな」 「ふぅ…ん、亨輔が煽られてくれるんやったら、言葉くらいなんぼでもかえるで？」 　エアコンと照明のリモコンをベッドヘッドにおいて、志信は俺の膝に乗ってくる。 　すっかりその気なわけね。 　久しぶりすぎてこっちも手加減できる自信はないんだけどな。 「ほどほどにしてくれよ」 「やや」 「志信～、俺もいい加減限界なんだよね」 「オレもやで」 　ちゅ。ちゅ。ちゅ。 　楽しそうに俺の顔じゅうをついばむように、小さくキスを落とす。 「なぁ」 「ん？」 「久しぶりやな……ちょっとは、楽しみにしてくれとった？」 「朝から浮かれてたっての」 「オレも……めっちゃ、楽しみやった……」 　志信が体重をかけてくるから、素直に背中をベッドにつける。 「オレ、明日一日オフやし、明後日の昼までに戻ったらええねん」 「俺は明日中に次の公演場所」 「ほな、遠慮せんでええよな」 　あわせられた唇。 　差し出される舌を素直に味わう。 「そういえば、さあ、気がついてた？」 「何が？」 「今日、七夕」 「ああ……そうだったっけ？」 「七夕に一年ぶりの逢瀬て、ヤりまくりなさい言われてるみたいやんな」 「次に会うのが一年後なのはごめんなんだけどな」 　肌を合わせれば、熱が上がる。 　同じ香りのものを使ったはずなのに、ほのかに感じるのは志信の香り。 「ああ、それはオレもいやだ……こんなに離れてるのは、結構きつい……」 　すりすりと志信が寄ってくる。 　愛しい存在。 　素肌を撫でればそれだけで、志信の息が上がっていく。 　撫でただけで反応するとか、もう、どれだけなんだよお前。 　押し付けられる股間は、バスタオル越しでも熱を持っているのがわかる。 　俺も他人のこと言えない状態なんだけどさ。 「志信、していいか？」 「やだ……オレが、好きにするって、いった……」 　はふはふと息をしながら、志信がリモコンを手にして照明を落とす。 「夜はまだ長いんだぜ、亨輔」 「お手柔らかに」 　そんなに俺を煽ってどうすんだ。 　後で啼くのは、お前だよ。 　それでも泣かせはしないけど。 　寄せられる唇を受け止めて、俺は抱きしめる腕に力を込めた。 ＜ＥＮＤ＞