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最終章【親友の弟を騙して抱いて、】

「──待て待て待て、一寸待て」  それは、ある日の仕事終わり。  マンションに戻ってくると、立派な料理がテーブルの上に所狭しと並べられていた。  この部屋にある食器を全て使っているんじゃないかと思うくらい、種類豊富な和食。  俺はそれらを生成している張本人に、声をかける。 「おかえり。久し振りだな、平兵衛」 「あぁ、ただいま──って! なんだこの料理は!」  冬人は洗い物をしながら、帰って来たばかりの俺を振り返った。  不思議そうに俺を見上げてから、冬人は小首を傾げる。 「私の実家──つまり、料亭のメニューだ」  冬人の実家は料亭だ。つまり、ここに並んでいるのはその料亭のメニューを再現した。……ということを言っているのは、分かる。  だがその答えは、俺が投げかけた質問の意図が正しく伝わっていないということだ。 「なんでそんな立派なモンをせっせと作っているのかって訊いているんだよ!」 「カレンダーを見ると、今日は平兵衛が久し振りに帰ってくる予定になっていた。だから、張り切って用意をしただけだ」 「心遣いは嬉しいが、限度があるだろ!」  濡れた手をタオルで拭いた後、冬人が難しそうな顔をする。 「私は私らしく、先ずはできること。そして、得意なことからやろうと思ったのだが……」  最近の冬人は、もう冬樹になろうという考えを捨てたらしい。  前髪の分け目も右に戻し、服装も冬樹のお下がりを着ているときはあるが、自分らしいコーディネートをしている。  仕事も、冬人のような明るいキャラではなく……冬人らしい、クールなキャラで頑張っていた。 「母が厳格な父を虜にした方法は、胃袋からだったらしい」 「へぇ、そうなのか? それはなかなか甘酸っぱい青春の予感が──って、イヤイヤ。そうじゃなくてだな──」 「だが私としたことが、和食に映える食器がこの部屋に無いことを失念していた。味は変わらないとしても、視覚からの情報だって食には重要な項目だ」 「うっ、それは悪かったな。……って、だから! そういうことでもなくてだな?」 「平兵衛」  俺の話は一切聞かず、冬人は小さく笑う。 「今日は、久し振りに時間が合ったな。だから今日は、食器が売っている店に案内してほしい。和食が映える食器を揃えたい。……可能であれば、それ以外のところも」  この部屋に来たばかりの冬人は、気難しい顔ばかりしていた。それなのに、最近では時々笑顔を見せるようになってくれたのだ。  ……まったく。仕事続きなのはそっちだって同じなのに、そんなに張り切らなくてもいいだろうに。  なんて言っても、きっとこの不器用な恋人は分かってくれないのだろう。 「はぁっ。……分かったよ。今日こそ、デートしような」 「あぁ、ありがとう」  そう約束して、どちらからともなく顔を寄せ合う。  唇が触れた後、冬人は恥ずかしそうに視線を逸らした。 「いや、こんなことをしている場合ではないな。冷めると美味しさが半減するから、先ずは食べてほしい」  茶碗に炊き立ての白米をよそって、食事の準備をする。そんな冬人を眺めながら、俺は心の中で呟いた。  ……なぁ、冬樹よ。  冬にお前さんと別れて、同じ冬に、俺はコイツと出会った。  不器用で、自分のことすら自分で分からない。そんなコイツを、お前さんの分も幸せにするって。俺はあの日、そう決めたんだ。  ……不思議と、俺ばっかりが幸せな気もするがな?  冬人の正面に座って、俺は手を合わせる。それを見て、冬人も手を合わせた。  二人できちんと両手を合わせてから、声を揃える。 「「いただきます」」  ……また、同じ季節が来たとき。  そのとき俺は、コイツと一緒にこんな……ありふれた、幸せな時間を過ごしているのだろうか。 「平兵衛、どうだろう。この食事は、あなたの口に合うだろうか」  愛おしそうに俺を見つめる冬人に、俺は笑って答える。 「あぁ。メチャメチャウマいよ」  まだまだお前さんのところには行けないけど、しばらくは見守っていてくれないか。  俺と、お前さんの弟の。  ……なんてことない、この日常を。 最終話【親友の弟を騙して抱いて、】 了

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