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第20話

 走って、走って、走って。  広大な学園の敷地を乗り越え裏山をひたすら駆けた。  人気が全く無くなったところで、理一は目の前の大木を蹴った。  ギシィという耳をふさぎたくなる音の後、その大木は裂けるようにして倒れた。  それでも息すら乱れない自分自身を理一は忌々しく感じた。  理一は思い出したくなくて首を左右に振った。  一総の部屋で感じてしまった感情をとにかくどこかにやってしまいたかった。  叫び出そうになる口を唇を噛むことでやり過ごした。  人の温もりに包まれて嬉しかったとか、ましてや離れがたいと、寂しいと思ってしまったなんて絶対に認めたくはなかった。  日課のロードワークより多く走って自室へ戻って制服に着替えた。  自分の事を普通の高校生の範疇だと、ただひたすら言い聞かせた。  深呼吸をして、人当たりの良い木戸理一の仮面を被った。 ◆  昨日はどうしたんだよ、等と声をかけられながら登校する。  昇降口では雷也が待っていた。 「ノートとっといたけど、体調大丈夫か?」  心配そうに聞かれながらノートを渡される。  それを理一は笑顔で受け取った。 「ありがとう、大丈夫だよ。」  昨日までの理一の状況を知っているのだろう、眉根を寄せ雷也の方がつらそうだ。  理一が口を開こうとした時、白崎清志が息を切らして理一の前に立った。  どうやら、理一が登校してきた事をクラスメイトに聞いたのだろう。待ちきれず来てしまったらしい。 「白崎、おはよう。」  いつもの様に理一が声をかけると白崎もおはようと返した。 「とりあえず、今日の早朝実家に守護石が届いたって連絡があった。」 「そりゃあ良かった。」  白崎が切り出すと、理一はホッとしたように笑った。 「石はお前の実家にあったってことだろう! 出し惜しみをしたかそれともなんだ? お前が当主の息子だっていうところを見せ付けたかったのか!? 何故こんなに急に出てくるんだよ。」  白崎は知らない、理一が激痛に耐えて石を作ったという事を。  理一はそれでいいと思っていた。 「そんな訳ないだろう。“俺に”木戸家をどうにかする力なんかある訳ないだろう。考えすぎだ。 俺はただ、陳情が上手く上がってないんじゃないかと思って色々調べて不備を見つけただけだ。」  遅くなってすまなかった。  そう言って理一は頭を下げた。  慌てて雷也が理一を止めようとする。  その時、更に別の声が理一に降りかかった。 「正に御仁の面汚しだな。」  理一が顔を上げて声のした方を向くとそこには艶ややかな黒髪の少年が立っていた。  後ろには銀髪の大柄の少年と茶色の髪の毛が印象的なスラリとした少年もいた。 「昨日は御仁の会合だっただろうに、お前は何をしていたんだ?」  黒髪の少年に言われ理一は口をつぐんだ。  昨日は、御仁の一族が集まっている事は知っていた。  ただ、理一が呼ばれなかった。それだけの事だった。  理一を庇う様に雷也が間に入る。  黒髪の少年は名を槍沢 昭則(うつぎざわ あきのり)と言った。  槍沢は木戸と並ぶもう一つの御仁の一族だ。  その中で昭則は若手の中で唯一といわれる黒を纏った御仁だ。  だが、当主は木戸家。昭則が苛立つのも理一には理解できた。 「実家にもいない。寮にも帰っていない。何をやっていたんだ。」  理一が、視線を逸らした。  それは誰かに助けを求めるためでも、この詰問から逃れるためでもなかった。  だが、その時登校してきた一総と目が合った。合ってしまった。  目が合った瞬間、一総は妖艶に微笑んだ。  だから、だったのかもしれない。  理一はぽつりと言った。 「花島会長と一緒に居たんだけど? なんか問題ある?」  それは常日頃の理一とは違って、人のいい笑みが浮かんでもいなかったし、言葉にはとげがあった。  槍沢だけではなくその場から離れていなかった白崎もぎょっとした顔をして理一を見つめた。  理一は自分自身が思うよりずっと傷ついていたし疲れていた。

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