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第23話
「俺の事抱いてるって知られて良かったんすか?」
理一は歩きながら朝のことを一総に聞いた。
「聞こえちゃいないし、覚えてもいないさ。」
振り返った一総は嗤った。
「それに――」
一総は歩くスピードを緩め、振り返る。
「別にばれても構わないだろ。
話の邪魔をされると嫌だから、意識をずらしただけだ。」
かなりの芸当をやってのけたのだと、理一にも分かった。
だが、一総は疲れた様子もなければ、自分のやったことを自慢する風も無い。
――あんた、セフレに対して何言ってるんすか?
理一はそう言いたかったが、上手く口が回らない。
口を小さく戦慄かせると、一総はこれ以上ここでやりとりをするつもりはないらしく、理一の手を引いて、再び歩き出した。
引っ張られながら理一は口を開いた。
「俺、今日は、そんな気分じゃないっすよ。」
今は全く暴力的な衝動はなかった。一総に対してイライラしていないかといったら嘘になる状況にも関わらず、一総に対してそう言った衝動はなかった。
それに、またセックスしてしまえば、ふとした瞬間にまた暴力衝動が、まるで反動の様に湧き上がってしまうのではないかという不安も理一にはあった。
「そうか。」
理一は一総が手を離してくれるものだと思った。
しかし、一総は理一を離す事はせずそのまま、寮のエントランスを過ぎて、エレベーターに乗り込む。
そこで初めて一総は手を離した。
静かに上昇していくエレベーターの中で理一は一総を見た。
相変わらず飄々としており、理一の視線に気が付いて「どうした?」と聞いた。
「どうしたって、俺帰りたいって言ったすよね。」
イライラしながら理一は言った。
エレベーターは一総の部屋がある最上階に向けて上へ上へと昇っている。
一総は何も答えなかった。
ポーン、という音がエレベーターからして、扉が開く。
「とりあえず、部屋で話しないか?
朝飯一緒に今度食べようって言っただろ?その借りってことでいいからさ。」
そこで初めて理一は違和感に気が付いた。
今日の一総も飄々としていて普通だと理一は思っていた。
だが、普通な事自体がおかしいのだ。
だって、そうだろう。
今までの一総は少なくとも"普通"という範疇に納まる男ではなかった。
話し方にしろ、雰囲気にしろ、目線一つとっても計算されつくしており、そして妖艶だった。
「今日、アンタおかしくないっすか?」
先程までのイライラも、ずっと抱えていた暴力衝動もある。けれどもそれよりも一総の様子がおかしいことの方が気になった。
一総は困ったように笑って、それから手を差し出した。
それは最初の時と少し似ていた。
だが決定的に違うこともあった。
理一は一総の手を見て、顔を上げて顔を見た。
自分から握った一総の手は冷たかった。
それも初めてだと思った。
ゴクリと唾を飲んだ音がやけに響いた。
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