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番外編:嫉妬心
生徒会の仕事は山の様にあって、いつでも自分の好き勝手に行動出来ないことを一総は良く知っていた。
だから、学園で一総は理一に話しかけることはめったになかったし、話しかけられることも殆ど無かった。
時々昇降口で理一が待っていてそのまま部屋に向かうことや、連絡先を交換した後はそれで待ち合わせをしていた。
それから、時々お互いの部屋に約束も無いのに訪ねてというパターンだけだった。
ただ、学園で過ごしていると理一は良く一総の視線の先にいた。兎に角理一が頼まれごとを安請け合いするというのも理由の一つだったが一番の理由はもうすでに一総は良く知っていた。
理一を自分の瞳に写したくて無意識に探していることに一総は当の昔に気が付いていた。
理一は大体頼まれた荷物を運んでいたり、数人のクラスメートと笑っていたり、そんな姿が多かった。
廊下を歩いていた一総がふと、中庭を見下ろすと理一が木戸雷也と話をしていた。
詳しいことは聞いていないが名前からも同じ一族の出身だという事が分かる。
この距離だとさすがに何を話しているかは一総の耳では拾えない。
唇を読めば可能なのだろうが、不必要に理一の生活に踏み込みたくないと思った。
仲良さげに話す理一に思わず一総は中庭に向かう。
間近で見た、二人の楽し気な様子に一総は奥歯を噛む。
久しぶりに穏やかな表情をして笑っている理一を見て、状況なんか何も考えずに一総は思わず二人に向かって声をかけた。
自分が一瞬前に何を話したのか思い出せないなんていう事は一総にとって初めてのことだった。
「どうも。」
理一が一総に頭を下げる。
木戸雷也が一総を見る視線が厳しい気がして、一総はそこでようやく自分が苛立っていることに気が付く。
自分の表情にしろ立ち振る舞いにしろ感情を出さず演じ切ることはもはや呼吸をするのと変わりないことだった。
けれど、一総は理一と最も親しい人間の一人であろう人間を前に表面上は取り繕えても上手く呼吸ができない様な感覚に陥いっていた。
「どうしたんすか?」
一総の顔を見てぎょっとしたような顔をする理一に、失敗したと一総は反省をする。
すぐに、いつもの表情を浮かべ直したが理一は瞬きをすると雷也に向かって「後はまた明日。」と言ってそのまま一総を引きずる様に連れ出した。
連れてこられたのは理一の私室だった。
ソファーもなにも無い部屋でふたり床に並んで座る。
「やっぱり親戚同士仲が良いのか?」
「まあ、小さい頃は良く一緒に遊んでましたし。
それに俺のファーストキスの相手雷也ですよ。」
一総の目が大きく見開かれそれから「へえ。」と普段と違って平坦な声で返した。
「クラスの女の子とキスしたって噂になったんすよ。
それで、その子の事をライが好きだったらしくて、ズルいって。」
実際にはそんな事してなかったんですけど、無い事を証明するのって難しいですよね。そう理一が言うと一総は溜息をつく。
「で、ズルいってキスされたんすよ。」
結局してなかったのでファーストキスで、多分雷也も同じだったんじゃないかなと理一は懐かしそうに言った。
それから、表情を曇らせて二度三度一総から視線をそらしては確認するように見ることを繰り返した。
「その後すぐに驚いて、雷也の事殴ってしまって……。
人を殺しかけたのは多分あの時が最初で最後です。」
だから、雷也は俺にいまだに気を使ってるんですよ。
死にかけたのに自分の所為だって。
ぽつりぽつりと続きを話し始めた理一に一総は静かに頷くだけだった。
「明らかに酷い事したの俺の方じゃないですか。
なのに、監視役まで買って出てくれて俺がまともに生活出来るようサポートしてくれている。」
「普通の仲が良いっていうのとは少し違うんだな。」
横に座っていた一総が理一を引っ張る。そのまま太ももの上に理一を座らせると後ろから抱きしめる。
「木戸にはもう暴走させないから、大丈夫だ。」
「そうっすね。なんかあったら止めてくださいね。」
理一は一総にされるがままだ。一総はそっと理一の頭を撫でる。
振り返った理一が見たのは、時折見せる優し気な一総の笑みだった。
合図があった訳では無い。けれどそっと触れるだけのキスをすると今までに無かった位穏やかな気持ちで笑い合えた。
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