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第5話
最初の違和感は試合が開始して百目鬼の柔道着の襟をつかんだ時だった。
そもそも俺は体育の授業で柔道は取っていない。
だから授業中に一緒になったことすらほとんど無いのだけれど、柔道の時間にいなかった人間が普通に襟をつかんで驚きもしないのだ。
しかも襟を掴ませてくれている気もする。
さすがにジャージじゃ駄目だろと上だけ着せらた柔道着は百目鬼のものだ。
ニヤニヤと柔道部員達に見られていたが、それだけだ。
彼シャツと同じようなものだな! と相変わらずの気持ち悪い発言を百目鬼はしていたが、それも今日で終わりだろう。
だけど、明らかに初心者相手の様子じゃない百目鬼に違和感がある。
足払いをかけようとするが、こらえられてしまう。
体幹を滅茶苦茶に鍛えているのが分かって、思わずニヤリと笑ってしまった。
さすがに柔道の全国区の選手だ。
正直楽しくて仕方がない。
* * *
うちは代々古武術と呼ばれる類の武術をやっている。
俺も小さい頃から父親に教わっている。
道場に入った時だけは、お父さんじゃなくて師範と呼ばなければいけないこともなんか特別なことみたいで気に入っていた。
今も体は鍛えているし、勝手に他流の人間と手合わせしないことも守ってきた。
多分、今日の夜妹に話を聞かされた父親には猛烈に怒られるだろうけれど、それだけの価値はあると思った。
実際、柔道という枠の中でだけれど百目鬼は強い。
投げ飛ばす技をまともに食らってくれる程甘くは無いだろうことはよく分かっている。
であれば関節をキメるのが一番だ。
俺の楽しい気持ちに呼応するみたいに、百目鬼が腕を寄せる。
一瞬だった。
そのまま投げられるのは癪なので重心をそらす。
それでも、畳に倒れ込むようにして落ちる。
「有効!」
審判役の柔道部員が一瞬呆けた様になった後、叫ぶ。
大丈夫。まだ楽しめる。
道着を直しながら立ち上がると百目鬼と目が合う。
百目鬼も笑っていた。
それは告白されたときの様なものとは全く違っていて、獲物を狩ることを心底喜んでいる獣の様に見えた。
それが百目鬼の本来の気質なのだと気が付く。
当たり前だ。
人を倒すことを前提として練習を積んで試合に臨んでいる。
それを楽しめない人間が残っていける世界ではない。
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