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第70話

「太ももの傷な……。」 百目鬼は静かに聞いている。 「後遺症はないし、神経は傷ついてない。 見た目ほど酷い傷って訳じゃない。」 自分に言い聞かせるようにそう言う。 「だけどな――」 そこで言葉が詰まる。 「時々ひきつったみたいになって足が動かない時がある。」 所謂心因性の症状ってやつらしい。 足はきちんと完治している。 普段困ることはない。 ちゃんと戦える。 百目鬼が息を詰める。そりゃそうだ。 そんな状態の足の人間と勝負することはアスリートとしてリスクでしかない。 知ってれば最初の勝負からしてないだろう。 実際、足の不調は一切なかったし、そもそも最近ひきつった様になること自体ほとんど無い。 だけど、多分あの勝負をしてなきゃ俺はこうやって百目鬼の隣にはいない。 自分が馬鹿だっていう自覚はある。 妹が心配してたのも当たり前だ。 それに妹が百目鬼に俺の事なんぞ、碌に話してはいない事も分かってる。 父が道場にしばらく立ち入りを禁止したのだって当たり前だ。 「……許してくれないかもしれないけど。」 次は無いかもしれない。 恋愛の方だって、これで御破算になるかもしれない。 不安だ。怖い。 けれど、弱さを晒してくれた百目鬼にもう嘘は付けなかった。 周りに無関心って訳じゃない。 別にクラスでつるんでるやつもいるし、それなりにやってる。 こんな風に自分の馬鹿さと、弱さを見せられるのが百目鬼ってだけだ。 ざぶん、と湯が跳ねる音がする。 さすがに愛想をつかされたか? と百目鬼を見るとそのまま抱きしめられる。 百目鬼の取った行動の意味が分からなくて固まる。 「なんで、もっと早く言わなかった!!」 吠える様に百目鬼が言う。 そんなのは自明だ。 百目鬼と再戦したかったからだ。配慮して手を抜いて欲しくなかったから。 対等でありたかった。 隠していたかった。 背中をさすられて、心がほどけていく。 「百目鬼の事好きなのも本当だし、再戦を楽しみにしてたのも本当で――」 涙がぼろりとこぼれる。

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