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第1話「再会のあいさつ」
愛してくれるのなら誰でもいいなんて、そんな悲しいことはない。
愛されるのなら貴方がいい。
愛するのなら貴方がいい。
だからこその、愛し合う、ではないのだろうか。
不思議と結ばれた縁を、強く、硬く縛って、離したくないと思う相手をきちんと見定める必要が、人間にはある。
僕たちは機械ではない。
設定された通りに動くことはできない。
心が思うがままに走り、迷い、誰かと寄り添い合って生きていく。
俺はその相手が、芽依ならいいなって、思ったんだよ。
8月から交際がスタートした鷹夜と芽依は同棲はしていないものの、淡々とお互いに仕事をこなしながら、毎日連絡を取り合って愛を深めていっていた。
「は、は、長谷川さぁああんッッ!!!」
「鷹夜うるせ〜〜!」
雨宮鷹夜(あまみやたかや)が飛び付いたのは、10月初旬のその日、約半年ぶりに株式会社I and D(かぶしきかいしゃ あいあんどでぃー)の大阪支社での後輩育成を終えて東京本社へと戻ってきた先輩•長谷川恭平(はせがわきょうへい)だった。
「お前ほんとさ、あれな。上野さんいないときイキイキしてるよね。はいはいはい、離して離して。おっさんはどっちかと言うと可愛い新人の女の子に抱きつかれたいのよ」
「今年も女子いません!」
「知っとるわ!上野さんが女の子なんて採用するわきゃねーだろ!どいつだ今年の新人の男は!お前か!」
「はっ、はい!!」
いつもなら鷹夜が騒ぐだけで別室に呼び出して2時間程度説教をする上司•上野は、長谷川と入れ替わる様に大阪支社へ出張している。
東京と絡んでいる大阪の案件があり、クライアントに自分の顔を売りに行った様だ。
おかげで鷹夜はここ数日は伸び伸びと定時退社している。
相変わらず男ばかりのオフィスではあるが、現場にあまりでないデザイナー達が集まっているこの施工デザイン課の机の島はそれ程男臭くはなく、長谷川はメンバーの顔を順に見ながら最後にビシッと今年の新入社員である後輩•今田司郎(いまだしろう)を指差して睨み付けた。
「、、、っははは!そんなビビんなよ。取って食わねえよ。宜しくな〜、初めましてだよな?」
「はい!今田司郎と言います、宜しくお願い致します!」
「うん、元気でよろしい。おい、鷹夜。たーかーや。いい加減離せ」
今田とにこやかに握手を終えると、長谷川は未だに自分の腹に腕を回して抱きついたままの鷹夜を見下ろし、バシンッと音を立てながら彼の頭を平手で叩く。
「いたッ」と小さな声がした。
「長谷川さん太りました?」
「え?やっぱそう思う?」
「腰がすごいっすよ、ほら。ここ、ここ」
「揉むな、いててッ!いてぇな!」
そう言いながら、鷹夜は半年ぶりに再会した会社内での育ての親である長谷川の腰についた硬めの脂肪をぶにぶにと揉んだ。
柄は悪くもスマートで格好の良い先輩なのだが、どうやら大阪で食い倒れをし過ぎていた様だ。
見事に太った。
長谷川は入社当時の鷹夜の教育係だった。
長谷川だけではなく、育休に入ってから全く顔を見ていない長谷川の同期である佐藤博子(さとうひろこ)と言う女性も鷹夜の教育係であった。
上野は施工デザイン課課長だが図面を描いたりCGを立てたりする事がまったくできないのでカウントしないとして、鷹夜はできたばかりの施工デザイン課に、長谷川、佐藤の次にNo.3として入社し、主にこの2人と他の部署の先輩達によって育てられ、鍛えられ、そこそこ仕事はできる社員としてここ、オフィスやエステサロン、ヘアサロン、カフェ等のデザインから施工までを請け負っている株式会社 I and Dに勤めている。
図面や指示出しでミスをしたとしても、本気で怒られる代わりに本気で後押しをしてくれる人達やフォローをしてくれる人間が身の回りにいるのだ。
特に長谷川と佐藤の2人は鷹夜をよく気にかけ、何の罪もなく上野に目の敵にされるようになった彼を庇う事が多かった。
何より彼ら自身が鷹夜を気に入り好いて可愛がっていて、離れた今でもたまに佐藤からは連絡が来ている。
こうして肩の力を抜いて本音で話せる程には、彼らには強い結び付きがあるのだ。
「そうなんだよなあ、太ったんだよ。顔もなんかさ、ほら、そうだろ?」
そう言えば少しだけふくよかになった顎の下をむにむにと右手の親指と人差し指で揉みながら、長谷川は困った顔をした。
「まあでもすぐ元に戻りますよ。長谷川さん太んなさすぎて怖かったじゃないですか」
「それ言うならお前だろ」
やがて朝礼の号令が掛けられ、全員でオフィスの中央に集まる。
そこでまた長谷川が東京本社に戻ってきたと説明が入り、彼と顔を合わせた事がなかった新人達が前に出て、入社以来半年ぶりの自己紹介をしていった。
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