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第27話「離せない人」

(芽依に触ってもらうのも大事だもんな。とりあえず買ったもの全部持って来たし、俺がどうしていきたいのか説明して、リラックスできるように協力してもらう。うん、よし、大丈夫だろ) そんな事もあり、金曜日の鷹夜は少しソワソワしていた。 彼の些細な変化に気が付きやすい上野には当然それがバレて呼び出され、仕事に集中できていないんじゃない?と短めに1時間の説教を食らったが、別に構わなかった。 彼女には関係のない事なのだ。 怒られた事に関しては、落ち着きがなかったのだろうと反省はしておいて、そして改善もした。 浮き足立つのは仕事が終わってからだ、と気合いを入れて、午後に送るメールを全部チェックし、今田や油島にも指示を出して色んな案件を進めた。 「鷹夜、今日は飲み行く?」 「あ、すみません。今日はやめときます」 「だよな。彼女と会えるんだもんな」 長谷川がいつものメンツに飲みに行くか確認を取るのは、大体が仕事が終わり、上野が席を離れてからだった。 そうでもしないと長谷川は怒られなくても鷹夜は確実に怒られるからだ。 職場でたるんだ話しをするなんて。 まだ仕事してる人の気持ちが分からないの? そうやって無理矢理に仕事が終わった鷹夜を引き止めて別室に連れて行き、説教をするなんてのは、彼が入社したてに良くやられた嫌がらせの手なので、長谷川も声をかけるときは気を遣っている。 「俺行きます」 「お前あんま飲めないだろーが。無理しなくて良いよ?大丈夫?」 「いや、今日めっちゃ怒られたんで行きたいっす」 怒られた相手と言うのは上野だろう。 珍しく飲みたい!と言う意思を見せる油島にクックッと笑い返して、「じゃ、行こっか」と長谷川は言った。 どうせついてくるだろう羽瀬と駒井、今田を入れると、男5人飲みになりそうだ。 また瑠璃も来るのだろう。 鷹夜は芽依の家に向かう為、今日の飲み会は辞退した。 もちろん芽依が夕飯までに帰ってくると言う事はないので、彼の家で勝手に何か作って食べながら待っている事にした。 「さて、と」 例の物がゴロゴロと入った黒いリュックサックを持ち上げ、肩にかける。 (中々に重いな) 背負うと余計に重みを感じた。 まさか会社にこんな物を持ち込むなんて思わなかったなあ、とぼんやり考えながら、自分のパソコンの電源が完全に落ちるまで画面を見つめる。 パツン、と画面が真っ暗になると、背筋を伸ばして辺りを見回し、上野がいない事を確認してからタイムカードを押しにオフィスの出入り口付近に向かった。 時刻は20時半過ぎ。 いつもの金曜日よりは早上がりだ。 「雨宮さん、リュックって珍しいですよね」 「え"」 終業のミーティングが終わり、挨拶も済んで、同じように仕事を終えてトイレに行っていた今田がいつの間にか真後ろに立っていた。 「びっくりしたー、、」 勢いよく彼の方へ振り返り、ドッドッとうるさい胸を押さえる鷹夜。 「あ、すみません!」 「いやいいよ、大丈夫大丈夫。びっくりしただけ、、コレね。今日ちょっと荷物多くてさ」 「そうなんすか。彼女さんの家に泊まりとかですか?」 「あー、うん。着替えとか、寝巻きとか」 「スーツでデートは無理っすもんね。明日どっか行くんですか?」 ガシャコン、と音がして、差し込んだタイムカードが機械から出てくる。 印字された時間を確かめてから、カードケースの自分の名前が書かれた列にカードを戻した。 「や、行かない、かな。向こうも仕事大変だから」 嘘だ。 芽依は明日も仕事で、鷹夜はただ単にずっと彼の家に入り浸るだけだ。 しかし、ここであまりにも正直に「土日も仕事らしいんだよね」と言ってしまうと、「お仕事何されてる方なんですか?」と返ってくる。 まさか「俳優」とも言えないし、下手に誤魔化してそれが広まっていっても困る。 どこかでボロが出たらそれはそれで面倒事になりそうだからだ。 「俺も最近どこも行ってませんよ。お互い働いてるってそうなっちゃいますよね」 今田の恋人がどんな女性だったかはあまり聞いていないので、鷹夜は「だよなあ」としか返さなかった。 「じゃ、お疲れ」 「はい!お疲れ様でした」 荷物を持っている訳ではなかった今田を置いて、リュックを背負った鷹夜はオフィスの出入り口に向かう。 オフィス内に何回かお疲れ様でした、と声を掛けると、そそくさとエレベーターに乗った。 (今日、ヤる。ヤるぞ、、!) 芽依のバラエティ番組の撮影は、午後23時にやっと終わった。 (鷹夜くん、、!!!) 荘次郎の事ももちろん頭にはあるが、何より1週間ぶりの鷹夜を味わいたくて堪らない芽依は、撮影が終わるなり直ぐに楽屋に戻った。 「何そんなに急いでんの?」 中谷春香(なかやはるか)は彼のマネージャーで、ふっくらしていてフワフワと笑う女性だ。 ちなみに新婚で、眼鏡をかけた優しそうな旦那がいる。 たまに中谷の家で夕飯をご馳走になる芽依と彼女の夫は既に顔見知りで、そこそこに仲も良い。 話しかけてきた中谷は芽依を追って楽屋に入るなり、呆れたように笑ってそう聞いてきた。 「友達と遊ぶ!」 「そのはしゃぎ方、怪しいんだけど」 「え。どゆ意味?」 「また秘密で彼女できたんじゃないの」 ギクッ、と胸の奥から音が聞こえた。 ビクッと肩が揺れそうになるのを堪えて、芽依はへらっと笑って楽屋の入り口の前にいる中谷を振り返る。 身長差がある分、芽依は首を傾げて彼女の方を向いて視線を下げている。 「それはないって。できたら中谷に言うよ」 少し辛いが、嘘をついた。 過去の過ちがあり、スキャンダルを起こして迷惑をかけて、中谷と事務所の社長である黒田時久(くろだときひさ)には本当にお世話になった。 だからこそ、本当ならばこんな嘘はつきたくなくて、芽依の心はズキズキと痛んでいる。 けれど、鷹夜と言う一般人で、しかも同じ男性と付き合っていると彼らに知られれば反対されるのは目に見えているし、多分、無理矢理にでも破局させられる。 (ごめんね、中谷。それだけは嫌だ) 芽依はフッと優しく笑んだ。 彼からしてみれば、鷹夜と言う人間はどうしても手放せないのだ。 人生のドン底から掬い上げてくれた唯一の人間であり、死のうとした自分に寄り添い、笑わせてくれた大切な人。 どうしても、離せない。 どうしても、諦められない。 それが、彼にとっての鷹夜だ。 「んー、そっか。ま、何かあったら言ってね。一応アンタのマネージャーですからね。力になるから」 「ん!ありがと!」 そう言うと、直ぐに帰り支度を始めた。 鷹夜が待つ自宅に着くまで、あと1時間程かかりそうだ。

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