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第53話「僕たちの形」
自分が口うるさいのか、それとも芽依がだらしないのか。
男同士の恋愛は未知で、鷹夜は自分の目の前にある道が見えなくなっていて、そして何より芽依の余裕のなさにも押され、完全に戸惑ってしまっていたのだ。
それをほんの少しずつ、前田と西宮は解いてくれようとしていた。
「もちろん、俺が間違ってるときもあるよ。言い過ぎて前田が拗ねたり、帰ってこなくなるときもある。まあ大体俺の友達のとこいるけど。で、周りにも助けてもらって仲直りしてる」
何か思い出したのか、西宮はフフッと笑った。
その表情があまりにも穏やかで優しく、彼らの付き合いの長さと乗り越えて来たものの大きさを感じさせてくる。
彼が小さく笑うと、小さい笑窪が頬に出る。
「俺と先輩は性格とかこだわりとかかなり違いますからね」
隣の前田がそう言うと、西宮は納得、と言った感じで目を閉じて頷いた。
「合わないときは合わない。でも俺は先輩色に自分が染められるのもドキドキするし、心地良いんで、大体は先輩の言うようにしちゃいます。ちゃんと覚えたら褒めてくれるし、普段は口うるさい代わりにえっちのときは割と何でも言うこと聞いてくれるし」
「うーん、まあ、うーん。あんまコアなのは嫌だけど」
「まあまあまあ」
彼ら2人は本来、本当に気が合わない。
真面目と不真面目と言う絵に描いたように正反対の2人で、前田が西宮に興味を持たなければ関わる事もなかった。
劇的な出会いと、好奇心。
そんなもので結び付き、結局何年も付き合う仲になった。
無論そこには壁やお互いの欠点で起こる喧嘩や苦悩もあり、随分と周りにも迷惑をかけて来た。
先程西宮が嫌がったように、彼は父親が苦手で、母親はずいぶん前に他界している。
全部投げ出してしまいたくなった高校時代に出会ったのが、この諦めが悪くしつこい前田で、彼に振り回されながら何とか人生を楽しもうと前を向けたのだ。
西宮は前田と一緒にいる事で、口うるさく神経質で嫌がられる程に真面目な自分を受け入れてもらえた。
諦めやすい自分とは違う前田が現れた事で、足掻く事の格好悪さも、格好の良さも知った。
前田は以前はまったく人付き合いができず常に孤立しており、顔の良さもあって周りをふらつく女子全員を喰うような男だったが、西宮と出会って誰かの隣に居続ける事の楽しさや、何かに本気で向き合う事の大切さも幸せも知った。
その代わりに、楽しい事ばかりではなくお互いに我慢しているものももちろん多い。
西宮は前田の求める常人離れしたコアなセックスが苦手だし、前田はあまりにも西宮の周りに人が寄る事はやはり嫌いで、たまに耐えられなくなって不機嫌を撒き散らす。
お互いのカバーと、一緒にいた年数の中で学んだ自分の心との妥協策がなければ、こんなにも共にいる事はできなかっただろう。
「男女でそこは関係ないと思うなあ。ただ単に同性か異性かってだけで、嫌なことは話し合わないと。何にしろ人間同士だからさ。しかも赤の他人だし、言葉がないと間に合わないよ」
(やっぱり、そうでいいんだ)
ホッとした。
自分が悪いのか芽依が悪いのかを確かめに来たわけではないからだ。
向こうが悪いから確証が得られれば責め立てる、等と言う気は鷹夜にはなく、そうではなくて自分のぶれつつある考え方が人としてどうなのかを知りたかった。
男同士で通用するのかを知りたかった。
そして、芽依とこれから進んで行く道が間違っていないかを確かめたかった。
探していた答えは頭の中の霞の向こうにあったのだが、西宮や前田の言葉でそれは段々とハッキリしてきていた。
鷹夜は今よりも、芽依と深い関係になりたいのだ。
強く繋がっていたい。
ただそれが、芽依が過去に佐渡ジェンと求め合っていたときのような「依存」ではないものの筈だと確かめたかった。
「まあ、結婚したり、子供を作る、産むって言うのは俺たちじゃできない。けど、結婚したって何かあったら離婚する。男女の恋愛と結ばれ方が違うだけで、俺たちもそうじゃない?ようはずっと一緒にいる。相手は貴方だけだよって約束を紙にするかしないかって話しだ」
「はい」
「俺の意見が全部正しくて、これがゲイの恋愛の全てって話しじゃなくて。あくまで俺の考え方だけど、ようは心の持ちようだし、相手への誠意の持ちようかな、と思う」
「俺も、そう思います」
例え男同士で結婚と言う契約がなくても、やはり心は裏切るべきではない。
付き合っているとお互いに受け取り合い、容認し、公表しているのならばお互いがお互いだけを見つめてい続けるべきだ。
そしてその為に訪れる幾つもの苦難を乗り越えるなら、話し合いも、嫌なところの言い合いも、そして諦めて認め合う瞬間も必要になる。
西宮が言うように、これは男女云々の話しではなくて、人と人が愛し合う上で必要な時間なのだろう。
「話し合いしていいし、ガンガン言って喧嘩になったらそれはそれですよ」
前田は飲んでいるウーロン茶のグラスの中を、グルグルとストローで掻き回した。
細かい氷がザラザラと音を立てている。
「雨宮さんが我慢する必要ない。と言うか、雨宮さんあんま恋人さんに文句言ってないと思いますけどね。めっちゃ気ぃ遣いでしょ?」
ねえ?と言う視線が鷹夜を捕らえたが、本人は「うん?」と少し首を傾げ、氷が解けて薄くなったパインジュースの最後のひと口を飲んだ。
「え、そうですか?いや、結構言ってます、多分。俺が歳上って言うのもあるんで、偉そうにホイホイ言っちゃうとき多いから」
「それは気遣いで言ってるでしょ」
前田から見ても、鷹夜は西宮や義人に似ている。
律儀、誠実、真面目。
そんな言葉が似合う感じだ。
「謙遜しなくていいんですよ、そう言うのは。俺なんか親にまともに育てられてないんで、先輩に教えてもらってだいぶ立て直したところあります。常識とか。雨宮さんの恋人さんもそう言うタイプに思える。貴方がガンガン言わないと相手が大人としてやっていけないくらい欠陥があるってだけのような気がします」
「ぁ、、」
確かに、たまに常識外れで恐ろしい面が芽依にはあった。
物事に熱くなって走り出すところも無茶をしようとするところも彼の良い点であり、また悪い点でもある。
あとは何より人に依存するところ。
自分のせいで見捨てられそうになると暴走するところ。
悪い部分を見られないように誤魔化そうとしたり、逃げようとしたりするところ。
とにかく鷹夜に甘ったれるところ。
(前に頼らないで1人で立てるようになるからって言われて、最近まですごく順調だったのになあ)
告白するときに言われた言葉を思い出した。
あのとき確かに芽依は、誰よりも鷹夜に優しくしたいのだと言った。
しかし彼の中で、「優しくする」がどう言ったものなのかが今の鷹夜には想像できなかった。
(何でもかんでも許すとか受け入れるとかが優しいとは、俺の中では言えないんだよなあ)
芽依は、大人として足りない部分がまだ多い。
鷹夜にももちろんあるが、それは人間の個性の内に入る限りのものだ。
芽依の場合はその足りないものが彼自身の足元をぐらつかせる要因になり得てしまい、毎回それを鷹夜がカバーしているのが現状だ。
そして、ある程度はカバーでき、ある程度は手を貸してゆっくり成長させれば良いだろうと思っていた矢先に、先日のあの暴走だ。
鷹夜としては今、荷が重くなり過ぎている。
「本当に大変だった」
鷹夜が1人でもんもんと考えている途中、西宮がため息をつきながらそう言った。
「んふっ。でも先輩は問題児見捨てられない系ですもんね〜?手が掛かるヤツほど可愛いんですよね。つまり俺」
「うるさいもうやめろ悲しくなる」
「んがっ」
また西宮にちょっかいを出していた前田が彼に鼻をつままれている。
割とキツくつままれていて、小鼻がギュッと潰れているのが見えた。
(余裕があっていいなあ、ホント)
その2人の自然な形が、今の鷹夜には眩しく思えた。
「そういえば、喧嘩したって言ってましたよね?」
鼻詰まりしているかのような声を出しながら前田が鷹夜の方を向く。
彼はもう自分のお皿の上のものは全て食べ終えていて、代わりに「食え」と言われた西宮の残したポテトを平らげているところで鼻をつままれていた。
ここのポテトは中々に美味い。
チェーンのハンバーガーショップではあまり見かけないジャガイモの形がハッキリと分かり、太さのあるタイプのものだ。
「あ、あー、それ、ハイ。喧嘩してて、、」
そう言えば、アプリのメッセージのやりとりをしていて前田には芽依と喧嘩をした事は伝えていたのだった、と鷹夜は思い出す。
明らかに表情が曇ったのは、無論、目の前にいる2人に見逃される事はなかった。
「何があったの?」
パッと前田の鼻から手を離すと、西宮も鷹夜の方を向く。
店内にはハワイアン音楽が流れていて、会話の内容とは違い、穏やかでゆったりとした食事の空間がここにはあった。
周りの客は楽しそうで、先程泣いていた子だろうか、ベビーチェアに乗った2歳くらいの女の子がフォークを握った手を上下している。
ファミリー向けの店の一角で、まさかゲイたちの真剣な恋愛相談会が開かれているなんて誰も分からないだろう。
「その、何て言えばいいかな。恋人、えーと、とりあえずMとします。俺の恋人のMが、Mの友人のことで今色々大変な事に巻き込まれてます」
「うん」
「で、その、、Mは何年か前にめちゃくちゃ仲の良かった、と言うか、多分依存し合ってた友達がいまして。その子に突然縁を切られちゃって、その後すぐに付き合ってた女の子にも縁を切られちゃって、人間不信が酷かった時期があったんです」
「うん。あ、心配しないでいいよ。その辺聞き流すから」
芽依の情報を彼と分からないような内容に変えながら話していると、すかさず西宮が助けてくれた。
やはり察しが良く、話が早くて助かる。
「すみません、ありがとうございます」
「いいえ、全然」
「えっと、、俺と出会ったばっかのMはかなり人間不信で、俺と色々あるまでホント、何か、拗ねてて、ずっと不安そうで不機嫌そうで、そんな奴でした。付き合うまでも色々ありましたけど、一緒にいるようになってから、俺もあいつもやっと笑えるようになって、お互いに出会えて良かったな〜と思えて、それで、まあ、付き合いました」
「うん」
「付き合ってまだそんなに日は経ってません。それで、、」
何だか胸が重い。
連絡を取らない日が続いているからか、芽依が遠くに感じられた。
(芽依)
本当は純粋で、傷付きやすくて、怖がりと言うだけなのに。
どうしてあそこまで捻じ曲がってしまったんだろう。
ただひとつ、誰かに依存してしまうと言う部分だけが、どうしてあそこまで酷い形で現れるのだろう。
「、、、」
脳裏にぼんやりと思い出せる2人で見た「王子2人にご用心!」のドラマのときの佐渡ジェンの顔は、やはり美しいものだった。
「、、だからか分からないんですけど、たまに、Mの中の不安とか依存とか、そう言うものが、バーッて、すごい大きさで、戻ってくるときがあるんです」
「んー。何か、面倒くさそうな話しだね」
西宮が表情を歪めた。
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