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第61話「仲直り」
「アイスも買う?」
泣き止んで落ち着いたところ、部屋に響いたのは芽依の腹の音だった。
ぐぅーお、と言うような低くてアホみたいな音で、シンとした室内にそれだけが聞こえた瞬間、緊張の糸がほぐれた2人は笑い転げて床を叩いた。
気晴らしも兼ねて揃って外に出ると、1番近くにあるコンビニに入り、芽依の夕飯にと弁当類を物色していた。
もうそろそろ、24時を過ぎる。
「買う!」
「元気出てきたね」
「うん。あ、鷹夜くんは食べたんだっけ?」
「うん。新宿駅で買った高いお弁当。めっちゃ美味かった」
「えー、いいなあ〜」
芽依の左手には「若鶏のグリルと温野菜弁当」と、右手には揚げ物がたくさん入っている「スペシャルノリ弁当」がそれぞれ乗っている。
若鶏のグリルは身が大きく、トマトソースに少しだけ乾燥パセリがかかっており、下にはパスタが詰められていて美味そうだった。
反対の手にあるノリ弁には白飯の上に海苔があり、その上に白身魚のフライと磯辺揚げ、小さいかき揚げが乗っていて、卵焼きやキンピラが副菜として入っている。
「、、ん。あれ?今日って結局何してたの?」
そもそも出掛けてたんだ?と芽依は不思議そうな顔をして鷹夜を見た。
「んー?今日は、にしみ、ぁ、」
「?」
そうしてこのとき、鷹夜はようやく思い出したのだ。
2つの弁当を見比べている芽依には言っていない、前田と西宮と言う存在を。
そして、本日は彼らと交流し、しかも性事情を相談して、この喧嘩や何やの相談までしてきたこと。
ついでに、オススメのオモチャとかを聞きまくっていることを。
全てを思い出した瞬間、ボンッ、と顔が赤くなり鷹夜は指先までカチンッと固まってしまった。
「え。なに、待って。何その反応」
「いや、ちが、ぇと、」
「違う?違うってなに、鷹夜くん?鷹夜くん??」
弁当を商品棚に戻した芽依がゆらりと立ち上がり、鷹夜の右手首を掴んでズイ、と顔を近づける。
鷹夜が間違えて買った大きめの黒いパーカーを借りている彼は頭にすっぽりとフードを被っており、また顔はマスクで大体隠れている。
そんな怪しい格好の大男が小柄な鷹夜に迫っているコンビニの片隅と言う風景は異様だった。
「何で目ぇ逸らすの」
「ぇえっと」
合わせられるわけがない。
あれだけ偉そうなことを言った後に、「実は同じゲイ仲間ができて、そのカップルに尻の穴の相談と喧嘩の話聞いてもらってたんだわー」などと言っては格好が悪過ぎる。
あと普通に恥ずかしい。
ぎゅむ、と手首を掴む芽依の手の圧が増した。
「め、芽依くん痛いよお」
「何で君付け?鷹夜さんてば何してきたの?え、浮気?」
「それは断じてしてない」
「急に真顔でこっち見るじゃん、、」
「浮気」と言うフレーズが出た途端にグルンッと勢いよく首が回り、キマりきった目をかっ開いた鷹夜は睨むように芽依を見上げていた。
浮気と言う単語はあまりにも鷹夜と結び付かず、彼自身も自分がするわけがないと言う自信に溢れているがゆえ、疑いをかけられることが腹立たしいのだ。
「じゃあ何してたの。何で良い弁当買ったの」
顔の下半分は見えないが、芽依がムスッとしたのは見えなくても声で分かる。
「う、ーーんと。分かった、話す。話すから、とりあえずご飯買いな。あとアイス」
「、、、」
「嘘つかんて。浮気とかそう言うのじゃなくて、その、、」
チラ、と店内を確認してから、芽依にだけ聞こえる小声で話す。
「あの、先輩?たち?を見つけて、色々相談したんだよ。ちゃんと話すから、ほら、買い行くぞ」
「?、、ん、分かった。唐揚げとポテトも食いたいから頼んで。財布これ」
「ん」
とりあえず納得した芽依は鷹夜に自分の長財布をボト、と落とすように渡し、選んだ弁当を持つとフードのつばをキュッと引っ張った。
結局、若鶏のグリルの方にしたらしい。
鷹夜は密かに一口貰おうと思った。
アイスはカップ入りで味が違うアイスが2つずつ入っている、計6個入りのものを箱で買うことにした。
こう言う深夜は人が少なくて芽依のように背が高い人間や少し特徴的な人間は目立ちやすく、また店員にもジロジロ見られやすい。
トラブルを避けるため、こう言う場合は鷹夜がレジで店員とやり取りするようにしているので、財布を渡された鷹夜は慣れた様子で弁当も芽依の手から奪うとさっさとレジへと歩いて行った。
(先輩って誰だろ?)
芽依は人を避けるように店内をうろついてから、鷹夜が会計を終えて袋を持ち、出入り口に向かうのを見計らって後からついて外へ出た。
無論、袋の中にはレジ横のホットスナックの中から選ばれた唐揚げとポテトも入っている。
アイスだけは鷹夜の手に箱のまま握られていた。
「先輩って誰のこと?会社?大学?」
ヒョイ、とビニール袋を鷹夜の手から掠め取りながら、芽依は気になって仕方ない「先輩たち」の話を持ちかける。
「いや、そう言うんじゃない」
「ん?」
返事は返ってこなかった。
鷹夜自身、何で言ったら誤解されないだろうかと考えながら歩いているからだ。
ほとほとと街頭の灯りの下を歩きながら、2人は揺れる肩をたまにぶつけて歩いた。
もう少し離れればいいのだが、お互いこの距離感が久々なせいか、どちらとも離れようとしなかった。
通行人は少なく、大通りの車通りも少ない。
反対側の歩道を飲み会帰りらしき大学生数人が固まって歩いているのが見えたくらいだ。
ほとんど人とすれ違わずに鷹夜のマンションまで戻ると、エレベーターに乗り込み、人がいないからと芽依はマスクを外した。
「鷹夜くん」
「ん?」
さて、どうやって2人のことを芽依に話そうか。
歩きながらずっとそれを考えていた鷹夜は隣から呼ばれ、いつものように少し顎を上げて彼を見上げた。
「んっ、」
途端に唇を塞がれて、よくは分からないが何も持っていない右手がフワッと動いて空中を掴み、そこで止まった。
「な、なに、どした」
「んー、、ごめん、何でもないけど、したかった」
「んー、そう、、そうか」
不安にさせたか?と唇を離した芽依の顔を覗き込むが、そうではないようだ。
どこか切なそうに、愛しそうに、自分を見下ろしているだけ。
登り始めたエレベーターがそろそろ止まるだろうというときに、鷹夜はよく分からない動きをしてしまった右手をストンと下ろして、左隣にいる芽依の左手の服の袖を掴んだ。
「あのさあ、、もう一回する?」
「、、もおさぁ、煽んないでよ。そーゆーのも好きだけど」
「ふはっ」
ちゅむっ、と吸い付くようにまたキスをされる。
監視カメラが付いているのに、馬鹿だなあ、と頭の中で考えた。
「ん、」
「あー、ヤバい」
「え?」
ガコン、とエレベーターが止まった。
目的の階についたのだ。
「開」のボタンを押そうとした鷹夜は芽依の声で動きを止める。
振り向いてまたこれを見上げると、フードから真っ赤になった顔がのぞいていた。
「え、なに?」
「勃った」
「、、ふはっ、んふふっ、知らねーよバカ」
「責任取ってよお」
「はいはい、降りますよ〜」
ボタンを押す前に、エレベーターの扉は勝手に開いてくれた。
「やだよ〜、誰もいない?」
「誰もいないから早くして」
「だッ、、、鷹夜くんにいじめられております。辛い。男の性なのに」
「んふふ、いい気味」
「ねえマジで今日いじわる!」
仕方なく、芽依はものが微妙に起ち上がってしまいズボンをテントにしたまま歩き辛そうにエレベーターから出て、先にさっさと歩いている鷹夜に追いつく。
鷹夜はニタニタしながら角部屋の鍵を開け、恥ずかしそうにブツブツ言っている芽依をドアの中に押し込んでやった。
「フフッ、本当に勃ってんじゃん」
「だからあぁぁ、久々に会ったしこんなに触れるのも久々だし、色々察してよ」
「んー、自業自得だしなあ」
「うっ、それは、」
「はいはい。よく頑張ったよ」
「ん、」
お返し、とばかりに閉まったドアに芽依を押し付け、下から押し上げるみたいにその唇を奪った。
(あー、ホントだ。久しぶりだなあ)
芽依と何ら変わらない。
密かに鷹夜の中の男の性も疼くのだから。
そろそろ、アイスが溶け出しそうだ。
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