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第24話
運転手は誠一の信任厚い部下、アンディ直属の黒服の一人。
名前は確かツヴァイだったか……無個性な黒スーツ、無表情にサングラスというそろいの格好の男たちを見分けるのは困難だ。接触が多いアンディの顔と声は自然に覚えてしまったが、その他の部下たちのコードネームと顔はまだ完全には一致してない。
「アンディはいないんすか?」
「会場整理の手伝いを要請され先に行った。部下の半分は招待客の警護で散っている」
「警護っすか……そんなお偉いさんくるんすか?ナントカ大臣とか?すげー」
「コネだけが自慢の親父だからな」
侮蔑したように鼻で笑う。
後部シートで交わされる会話をよそに、与えられた任務に忠実に黒服はハンドルを切る。
誠一と悦巳に挟まれたみはなはお利口さんにしている。純白のドレスがネオンを映し、ドロップを塗したようにカラフルに染まる。緊張してるのか表情はやや固い。
ネオン瞬く車窓を眺めるふりで、そこに映る誠一の横顔を息を詰めて探る。
「…………やけに無口だな。緊張してるのか」
「そ、そんなことねっすよ。武者震いっす」
車内に重苦しい沈黙が漂う。
こうしている今も車は着実に目的地に近付きつつある。
緊張をごまかそうと膝を掴む。
本当に行っていいのか、ついていっていいのか、場違いじゃないか?
到着前から身の程知らずの自覚に起因する不安が暗澹と募る。
誠一は自分をどう紹介するのだろう、包み隠さずありのままを語るのだろうか。
俺は?
逃げずに耐えられるか、立ち向かえるか?
ばあちゃんの実の息子と対峙して、膨れ上がる一方の罪悪感に打ち克ってそこに居続けることができるか?
「正体ばれたらつまみだされますよね、きっと……」
あははと乾いた声で笑う。誠一は無表情。
頬杖ついたポーズから切れの長い流し目で悦巳を一瞥、あっさりと言い放つ。
「お前はうちの家政夫だろう。堂々としてればいい」
背筋を鞭打つ叱咤。反射的に姿勢を正す。
誠一の方へ向き直る。
誠一は今しがた自分が発した言葉など忘れ去ったように泰然と落ち着き払って車窓を彩るネオンを見つめている。
頬骨の高い精悍な容貌、鋭角に尖った顎、引き締まった首筋。ネクタイの結び目は綺麗な逆三角形に整っている。
夜景をくりぬく横顔の厳しさにストイックで端正な造作が引き立つ。
間をもたせようとして口を開くも上手い言葉が見つからず下を向けば、誠一が手ずから結んでくれたネクタイが目に入り、その結び目をいじくることによって落ち着きを取り戻す。
「誠一さんはさすがスーツがばっちしきまってますよね、着慣れてるっていうか……貫禄あるっていうか。前から来る人がぜったい道をあけますよ」
「当然だ。お前とは年季が違う」
「逆に誠一さんの普段着って想像つかねっす、いっつもスーツのイメージなんで。私服持ってるんすか?どんなの着るんすか?」
「どうでもいいだろう」
「ベルサーチとかアルマーニとか……ユニクロ?」
ユニクロを着た誠一を想像しつい吹きだしてしまう。誠一が興味なさげに言う。
「お前がいつも着てるださいスウェットもユニクロか」
「あれはシマムラで買ったんす、ファッションセンターシマムラ。しらねっすか?」
「聞いたことはあるが行ったことはない。庶民向けの店はよく知らん」
「じゃあ今度案内しますよ、スーツとか安く売ってるんすよ。みはなちゃんの洋服とか選んであげたらいいじゃねっすか」
「衣食住に不自由させてるつもりはない」
「そうじゃなくて~……わかんねー人だなもう」
とりつくしまもない切り返しに徒労感が襲う。
誠一が築き上げた牙城を切り崩すのは並大抵じゃない。
会話が行き違いすれ違うたび回り道ばかりしてるような焦りを感じる。
誠一は警戒心が強く、ごく一部の私的な例外を除いて他人に心を許さない。
みはなとは仲良くなった。できれば誠一ともそうなりたい。
心を開いてもらうにはどうしたらいいだろう。
華に詐欺を働いた小悪党が心を入れ替えたといくら口先で主張したところで説得力はない、ならば態度で誠意を示すまでと一生懸命尽くしてきた。
住みこみ始めた頃はリビングでゴロ寝ゲーム三昧だったが今では掃除機がけ、窓拭き、風呂洗い、食事作り、洗濯、みはなの送り迎えときりきり働いている。
そうやって手足を動かしてないと家政夫じゃなくて愛人として契約を交わしたんじゃないかという疑惑が邪推に結びついてリアルさを増し、いずれ誠一の顔を直視できなくなってしまいそうで怖かった。
「到着しました」
黒服の声に顔を上げる。
物思いに耽ってるあいだにいつのまにか目的地に到着していたようだ。
誠一がドアを開け放つ。つられてシートから腰を浮かす。
「降りなさい」
ドアを押さえた誠一がぶっきらぼうに手を出す。
お人形さんのようにシートに掛けたみはなは怯えた上目遣いで父親を見、一旦さしだしかけた手を引っこめてしまう。ぐずぐずするなとまたしても叱責しかけた誠一を制して位置を代わり、手をさしのべ微笑みかける。
「お手をどうぞお姫さま」
その一言で魔法にかける。
夢見るようなたおやかさでしっとり裾を流し立ち上がるや、従者の如く傅く悦巳の手にサイズの違う手を添え、靴の先端へと重心を移して車寄せに着地。
「……子供の扱いが上手いな」
「誠一さんが無神経なんです」
娘にフられた誠一が憮然として手を引っ込める。
みはなの誕生会が行われるのは芸能人の披露宴がよく催される事でも有名な高級ホテルだった。
回転ドアをくぐりぬけた先には広壮な吹き抜けの空間が広がっている。
右手は宿泊を受け付けるカウンター、左手の大ホールからは生演奏の音楽に乗って優雅なさざめきが流れてくる。
高価な宝飾品で指や胸元を飾った淑女や三つ揃いのスーツを着こなす紳士まで、老若男女さまざまな年齢層や職種の人々が糊の利いた純白のクロスを敷いたテーブルの間を縫い歩き、お仕着せを着たボーイが捧げもつ盆からシャンパンを注いだグラスを取る。
財政界を牽引する著名人から芸能人、仕事関係の人々に至るまでが一堂に会した光景は壮観だ。
広大なパーティー会場には色とりどりに装った人々があふれかえり、先んじて近況を交わしつつ今日の主役の登場を待つ。
「うっひゃー……人がゴミのようっす」
「みはなにはありんこさんに見えます」
華やかな雰囲気に呑まれ圧倒される。
目の前に広がるのは別世界の光景だ。
生まれも育ちも庶民なのにセレブ限定の集いに紛れ込み、入り口手前で眩暈を覚える。
両開きの巨大な扉は既に開放されて全容がすみずみまで見渡せるよう配慮されていた。
等間隔に並んだテーブルの上には乗り切らないほどの大量の料理。
オマール海老のオードブル、燕の巣のスープ、ビーフストロガノフに北京ダッグなど、和洋中問わぬご馳走を清潔な前掛けをした給仕がフォークとナイフでもってとりわけ客の皿によそる。
フォークとナイフを交差させ、断面も赤く肉汁滴るローストビーフの一切れを移し変える手つきはひどく洗練されている。
「すっげーすっげー、俺こんないいホテル入るの初めてっす、こんなでっかいホール貸し切りなんてすげえっす、さすが金持ちはやることちがう!ちなみに貸し出し料一日何万くらいかかるんすか?何十万?」
「はしゃぐな、見苦しい」
肩を並べる誠一が苦い顔で釘をさすも興奮は冷めやらず、手庇を作って賑わう会場を右に左に見渡し浮かれ騒ぐ。
「うわっ、誠一さんあれ!あそこにいる背中の開いたセクシーなドレス着てる超美人タレントの藍瀬まきなっすよ!!」
「芸能人など珍しくないだろう」
「珍しいっすよ十分に、ああっ生まっきーながこんな近くにいる、サイン貰……色紙もってこなかった俺の馬鹿、かくなるうえはナプキンで代用!」
誠一の肘をつつき、取り巻きの中心でキャビアを盛りつけたクラッカーを頬張る女性タレントを示す。
芸能人を生で目撃し早くもテンション最高潮、ナプキンをひっつかみ走り出そうとした悦巳の肘を掴んで引き戻す。
「俺に、恥を、かかせるつもりか」
「ど……ドアップでおっかねー顔よしてくださいっす、ほんのちょっとしたおちゃめ、ジョークっすよ……あはは」
一言ずつ区切って脅され、ナプキンをくしゃくしゃにしてポケットにねじこむ。
笑ってごまかす台詞とは裏腹に、間一髪誠一が阻止しなければ全力疾走で突撃しナプキンにサインをねだっていた。
「けどほんと大規模なパーティーっすねえ。誠一さんて偉い人なんだ……」
「どういう意味だ」
「いや……家でえばってる誠一さんしかしんねーからいまいち実感なくて。この中の何割かは誠一さんの知り合いでもあるんでしょ」
「まあな。何年か会社を経営してれば勝手に人脈は広がる。芸能人の他にも与党の政治家がきてるはずだ……そっちは親父の管轄だな」
「すごいっすねえ」
「親父はどこだ?」
会場に犇めき合う人々を傲慢な視線で薙ぎ払い、性急な歩調で歩く誠一にみはなの手を引き従う。
先頭の男は後についてくる悦巳とみはなの事など構わず顧みず威風あたりを払う大股で歩く。
傲然と伸びた背中には若くして人の上に立つ者特有の貫禄が漂う。
誠一を追いながらすれ違う人々に目をやる。
テレビでしか知らない有名人が次々立ち現われミーハーに目移りしてしまう。
誠一に禁止されていなければどこからか調達したサインペンと色紙でサインを頼みたいところだ。
それがだめならせめて握手を……いかんいかん。
ふらちな誘惑を頭を振って追い払う。
グラスに注いだシャンパンを舐めていた前方の男が、誠一を認め顔を輝かせる。
「誠一くんじゃないか、久しぶりだね」
「ご無沙汰してます。今夜は楽しんでいってください」
「娘さんの誕生日なんだろう、おめでたいね」
「一昨年は融資の件ご快諾くださりありがとうございました。正式に挨拶に伺おうと思っていたのですがなかなか時間がとれず恐縮です」
先頭の誠一は行き交う人々に次々と声をかけられ、そのつど歩調を落とし、惚れ惚れするようなスマートな物腰ににこやかさを加え社交辞令と世間話を応酬する。
悦巳が知る男とは別人のような感じのよさに驚く。
「敬語使えるんだ……」
「おうたのおねえさんとたいそうのおにいさんはいませんねえ」
呑気に感心する悦巳と手を繋ぎ、きょろきょろあたりを見回し残念がるみはな。
人が増えてきた。
おいてかれないよう、なおかつぶつからないよう、人ごみに紛れはぐれる怖さからしっかり手を握り直す。
「ちゃんと手えにぎっててくださいね、人いっぱいで迷子になっちゃいますよ」
「瑞原さんこそ、よそ見ばかりしてたら迷子になっちゃいますよ」
おっとりと注意され、本音を見抜かれたばつの悪さにたじろぐ。
そうだ、俺の役目はみはなちゃんのエスコート。芸能人と会えたからってうわつくな。
周囲の人々はあくまで上品に社交を楽しんでいる。
絢爛なシャンデリアの下供された美食を礼賛し互いのファッションを褒め合い時事ネタを批評し、はては誰それが結婚した離婚した株で大損した脱税したと湯水の如く話題は尽きず笑いさざめく人々に目を配り頼みの綱のアンディを捜すも見当たらない。
パーティー会場にはいないのか。全身黒尽くめの巨漢は目立つはずだが……
ワイングラスの中で波打つ琥珀の液体がライトをきらびやかに反射する。
本来悦巳はここにいるべきではない。
誠一に同伴許可をもらったとはいえ飛び入り参加のプレッシャーで胃が神経痛を訴える。
生まれて初めて袖を通したスーツの着心地にまだ慣れない。
糊の利きすぎたスーツは窮屈なばかりで、折り目のついたズボンがかさつくのと丈が長すぎるのとで歩き方がぎくしゃくする。
「どうせ短足だよ俺は、誠一さんみたいに足長くねえしスタイルよくねえよ」
足の長さと体格が違うのだからお下がりがしっくりこないのは当たり前だ。
ズボンのゴムが弛みきっただるだるスウェットが恋しい。
自分が他人の目にどう映っているか、みはなのエスコート役にふさわしくぱりっとスーツを着こなす一人前の男に見えているかどうか、誠一の同伴者として見劣りしないか、はては自分が足を引っ張って評判をさげはしまいか自意識過剰の被害妄想がふくらむ。
「おててがあついです」
「暖房の利きすぎっす」
とぼけながら、誠一には到底相談できない胸の内をこっそり打ち明ける。
「俺のかっこ変じゃねっすか?」
「かっこいいです」
「そ……そっすか?ホントに?しゃんとして見える?はみシャツとかはみパンしてたら赤っ恥だなー、なんつって」
「瑞原さんはかっこいいんだから自信をもってください」
身をひねって後ろを見、下腹部に手を這わせ入念にはみパンはみシャツチェックをし、みはなの励ましに照れくさげに砕顔する。
「みはなさんもキレイっすよ、お姫様みたいっす」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
歩きつつお辞儀しあう。
やがて人ごみを抜け、一段高くなった講演スペースに上がる。
「遅いぞ、ようやく来たか」
壇上に待つのは仕立ての良い背広を着こなす壮健な中年男。
こしのない半白髪をなでつけインテリらしく振る舞うも、頬骨の高い精悍な容貌や切れが長く鋭い目つき、一挙手一投足が野心ぎらつく上昇志向を感じさせる立ち姿は誠一とよく似ている。
響く靴音に振り向くや苦み走った表情が一変、燦然と歓喜に輝く。
「大きくなったなあみはな!」
突如腕を伸ばしみはなを高々抱き上げ、ドレスの裾が捲れる勢いで振り回し超高速で往復頬擦り。
「久しぶりだな、何ヶ月ぶりだ、半年か、元気にしてたか?今日は特別可愛いな、白いドレスがお人形さんみたいだ、それとも魔法の国からみんなに幸せを振りまきにきた妖精さんをイメージしてるのか、こんな可愛いティンカーベルさんなら手乗りサイズじゃなくても大歓迎だ!少し重くなったか?背が伸びたか?クラスで何番目だ?おじいちゃんの中では常に一番だ、プリンセス・ミハナの名前で新種の薔薇を登録してやりたいくらいだ!さあおじいちゃんにもっとよく顔を見せておくれ、よーしよしよし」
どん引き。
「なんすかあの人、ムツゴロウさんのものまねタレントっすか」
「俺の親父……児玉充だ。今は社長を引退しご意見番を務めてる」
「彼は誰だ」
「この前言ったろう。うちの家政夫だ」
丁重にみはなを下ろした充の目が一瞬翳る。
しかし歩み出て対峙した時、その顔には既に愛想よい笑みが浮かんでいた。
「誠一から話は聞いている。いずれきちんと挨拶せねばと思っていた」
孫娘を愛でていた時とは別人のように紳士的な立ち居振る舞いで手をさしだす。
誠一が?
なんといって自分の事を話したんだ?
華を詐欺にかけた悪党だと洗いざらい申告したのか、ならこんな友好的な態度をとるのは釈然としない、詳細は伏せて新しく雇用した家政夫とだけ紹介したのか……
「えっ、あ、どうも、瑞原悦巳っす。誠一さんにはいつもお世話になってます」
いつもの癖で噛んでしまい慌てて訂正、ズボンの横に手のひらをなすりつけ恐縮しつつ握手。
「不肖の息子がわがままを言って迷惑をかけてなければいいが」
「大丈夫っす、もう慣れたし……え、あ、ちがうちがう。迷惑なんてとんでもねっす、住みこみでおいてもらってこっちこそ助かってます。誠一さんがいなきゃ行くあてなくて今頃……」
「しかし君のようないまどきの若者が家政夫を志望するとは珍しい。誠一とはどこで知り合ったんだ?」
漫画喫茶に立て篭もっていたところを襲撃され高級車で拉致られたとは言えまい。
言葉に窮す悦巳に誠一が助け舟をだす。
「知り合いの紹介です」
「身元ははっきりしてるんだな」
表面上あくまで穏やかに、しかしどこか薄ら寒い軽侮の念を滲ませ確認をとる。
「当たり前です」
「それを聞いて安心した。どこの馬の骨とも知らん人間を可愛い孫娘に近づけたくない、素性のよからぬ家政婦の中には他人の家の抽斗をあさるようなけしからん泥棒猫もいるからな。育ちが悪い人間は手癖も悪い」
父と子が悦巳を挟んで牽制し合い緊迫感が漂う。
充の決めつけはなかば的を射てるだけに返す言葉もなく、悦巳はただ笑うしかない。
「懐がふくらんでるが」
「えっ」
ぎくりとし半笑いで凍りつく。
挙動の不自然さを直感した誠一が歩み寄りスーツの懐に手を突っ込む。
「ちょ、人前で!」
「……なんだこれは」
凄味を帯びて低まる声に戦慄が走る。
スーツの懐にこっそり隠し持ってきたタッパーを掲げ、ふたを縁取るパッキンを剥がし、心底あきれはてた様子で悦巳を見下す。
「でかける前に時間をくれといって慌ただしく走っていったが……」
まずい。ばれた。しかも最悪のタイミングで。
どう失態を取り繕うか、口を開いてはまた閉じ苦し紛れに宣言する。
「だ、だってせっかくご馳走でるのに余らしちゃったらもったいねえじゃねっすか!ならタッパーにとって持ち帰ったほうがだんぜんお得っす、万能レンジでチンして食べりゃ問題ねっす、それにほらロースビーフとかサーモンとかアンディや部下のひとたちにも日頃の感謝をこめてお裾分けしてやりてえし、こないだ熱出してぶっ倒れた時家ン中のことやってくれた借りがあるし、どうせ残して捨てちゃうならタッパーでお持ち帰りしてパーティー気分味わったっていいじゃねっすか!」
「貧乏性が骨髄まで染みついてるな……俺の目を盗んでこんなものを懐に仕込んできたのか」
「ぷ……はは、はは………ははははははははははっ!」
みはながきょとんとする。
悦巳が目を丸くする。
誠一が眉をひそめる。
「随分庶民的というかなんというか……面白い青年を拾ったじゃないか。私も色々な人間と会ってきたがタッパー持参でやってくる勇者は初めてだ」
羞恥で頬が熱を持つ。
タッパーを没収した誠一が硬度を増した視線で悦巳を咎め立てる。
豪快に笑う充に合わせて力なく愛想笑いを返すも、とんでもない失敗をやらかし誠一に恥をかかせてしまった責任の重さがじわじわしみていたたまれない。
「はは……はは……そっすよね、普通タッパーなんて持ってこないっすよね~やだな~誠一さんのお父さんに恥ずかしいとこ見られちゃって。意地汚えから、俺。アイスはふたの裏までキレイに舐めるし、肉まんの紙についてる皮も食うし。恥ずかしいからやめろってダチにもさんざん言われたんだけどなおんなくて」
「ごはんを残すともったいないおばけがでるって先生が言ってました」
ひきつり笑う悦巳を見かねみはなが舌足らずに庇う。
「そろそろだな」
カルティエの腕時計に視線を落とし、みはなの背中を押して壇上に設置されたマイクの方へ導く。
「すいません……」
「スーツに詰め物とは姑息な手を使う」
「サイズ大きめだしバレねえと思ったんです。恥かかせるつもりはありませんでした、食い気に負けたんです」
「お前に色気がないわけがよくわかった」
しょげる悦巳を酷評し、華やぐ会場へと退屈げな視線を放って呟く。
「この場所は目立つ、俺の隣に立つなら堂々と振る舞え……うちの家政夫としてな」
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