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クリスマスベア
イブの夜も更けた頃。
児玉家で行われたクリスマスパーティーの帰り道、不ぞろいなシルエットが徒歩で住宅街を抜けていく。
かたやSPさながら黒スーツに身を固めた大柄な男、岩石を削り出したようなゴツい強面にサングラスが似合っている。
隣には黒地に猛虎が刺繍されたスカジャンを羽織り、ジーンズを穿いた青年がいた。茶髪を無造作に逆立て、耳には無数のピアスを嵌めたチンピラスタイル。くたびれたスニーカーの先で小石を蹴飛ばし、ポケットに手を突っ込んで身震いする。
青年も長身の部類だが、男の体格にはかなわない。
ぱっと見親子には年が近すぎ、さりとて友人というには共通点がなさすぎて関係性が不明な凸凹シルエットの二人組をさらに印象付けるのは、男が抱えた等身大のテディベアだ。
「あー食った食った食いだめた、もう当分食わなくていいな。ケンタッキーの食いすぎで胸焼けしちまった」
「悦巳はまた腕を上げたな」
「エプロン馴染んでた。若奥さまかよ」
「新婚アツアツと言え」
「シチューもまあまあいけた、にんじんの切り方が雑だったけど……アレって星型失敗してヒトデになったのか?じゃがいもは一口サイズっていうにゃでかすぎたな」
スカジャンの青年、大志が辛口で批評する。とはいえ出された物は綺麗にたいらげる主義だ。悦巳の手料理は当然残さず食べたし、なんならおかわりまでした。普段は自分で料理しているため、人の家でご馳走に預かるのは新鮮な体験だ。クリスマス位炊事を休んでも罰はあたるまい。
黒スーツの男、アンディもうるさくは言わない。日頃無骨だ野暮だ腐されるが、折角のクリスマスに興ざめな発言をするほど空気を読めない男ではないのだ彼は。
現在の所大志の雇用主であり、ヤクザの舎弟崩れ、もといチンピラ上がりの彼を洗車係として鍛えているアンディは、半刻前に幕を閉じたパーティーの光景を瞼裏に思い描いて口元を綻ばす。
「みはなさまも喜んでいた。結構な事だ」
「家族総出で飾り付けしたんだっけ。誠一サンも手伝ったのかよ、笑える」
「みはなさまが踏み台から落ちないように支えていたらしい。見上げた父性だ」
「すっかり心を入れ替えたな」
「もともと優しい方だ、華さまの教えを受けて育ったんだからな。だがそれ以上に不器用だった」
アンディがしんみり述懐する。児玉親子との付き合いはそこそこ長い。
故人となった華に孫の事を頼まれ、多大なる使命感と忠誠心を持って仕えてきた彼の目からしても、悦巳と暮らし始めてからの誠一の表情は格段に柔らかくなった。悦巳の存在が誠一たちを変えたと認めざるえない。
主従の契約を結んだ上、それに徹した自分にはできなかった事を、体当たりで実現した悦巳に称賛と羨望の念を抱く。
アンディの横顔を一瞥、大志が意地悪くニヤ付く。
「プレゼント交換会は盛り上がったな」
「ああ……」
アンディが渋面を作り、腕に抱いたテディベアの円らな目を覗きこむ。
アンディと大志は児玉家のクリスマスパーティーにお呼ばれした。
はりきりすぎて朝から準備していたらしい悦巳の手料理をご馳走になり(箱買いしたケンタッキーフライドチキンとちょっぴり焦げたシチューとオードブル)、皆で輪になって切り分けたケーキを食べ(サンタのアートキャンディはみはなが、メリークリスマスと書かれたチョコレートのプレートは悦巳がゲットした)楽しいひとときを過ごしたが、最大のイベントはプレゼント交換会だ。
クリスマスソングを流しながら各自持参したプレゼントを回し、音楽が止んだ瞬間に持っていた物をもらうのだが、その結果がアンディの腕の中のテディベアというわけである。
「めんこいみはなさまのプレゼントあたって嬉しいだろ?隠さなくったっていいぜ、もっと喜べ」
アンディが憮然とし、ずり落ちかけたテディベアを抱き直す。
「からかうな。お前こそ、誠一さまのプレゼントがあたるなんて運がいい」
今度は大志が憮然とする。
「あんなデカくてゴツい腕時計計いらねーよ。てかいまどき腕時計って、時間見るならスマホで間に合うじゃん。発想が古いんだよ、おっさんかっての」
「誠一さまを愚弄するな」
「なーにが腕時計が似合うのが大人の男の条件だよ馬鹿にしやがって、質に流しゃカネになっかな」
アンディが不機嫌になるのが面白くて軽口を叩く。大志があてたのは誠一のプレゼント、外国ブランド製の腕時計だ。値段を聞いたら30万だと言っていた。
「いや金銭感覚おかしいだろ?何でクリスマス会にン十万の外国の腕時計だすんだよ、空気読めブルジョワは。娘にあたったらどうすんだ」
「5分の1の確率を考えれば悪い賭けじゃない。みはなさまも綺麗だと褒めていたじゃないか」
「ヒカリモノに目がねェあたり小さくても女だな」
「誠一さまを除いて俺たちの誰も腕時計を持ってないから配慮されたのだ」
誠一の言動はなんでも良い方に解釈するアンディ。こちらはこちらで重症だ。
大志は大袈裟に嘆息し、ささやかな疑問を述べる。
「アンタが持ってねーのは意外。秘書なら時間に正確じゃないとまずいんじゃねーの」
「大抵は携帯の時刻表示で間に合うし、仕事柄壊す危険もあるしな」
「秘書なのに?」
「本業を忘れたか」
「ああ……」
大志が納得する。
アンディは傭兵上がりの秘書兼ボディガードだ。誰かが誠一やその家族に危害を加えんと図った場合、前線での活動が義務付けられる。主人からの大事な贈り物を殴り合いで壊すのは、本意にもとるに違いない。
アンディと大志は現在同居中だ。大志がアンディの家に下宿させてもらっている、というほうが正しい。なので二人の帰り道は必然一緒になる。
風呂場で偶然目にしたアンディの裸には、銃創や火傷、裂傷をはじめとする夥しい古傷が刻まれていた。
大志の身体とは比べ物にならない数だ。
アンディの裸を見るまで、大志は自分ほどツイてない人間はいないと思い込んでいた。
「誠一さまがお選びになった時計は優れものだ。見た目もハイセンスで銀の光沢が気品を帯びるのはもとより、衛星電波時計内臓で0.0001秒の狂いもない。ソーラー電池式で日光をあてればひとりでに充電が完了するから交換の手間も省ける」
さすがお目が高いと本気で誠一を絶賛するアンディ。悦巳も「超かっけーいいなー!」と目を輝かせてうらやましがっていた。アイツはなんでも人のものを欲しがる。
ちなみに悦巳がゲットしたのはアンディのヌンチャク、誠一は大志がむかし愛用していた髑髏のメリケンサック、みはながあてたのは悦巳のトイカメラだ。誠一以外は喜んでいた。
『返り血で錆びたメリケンサックなんていらん、いやがらせか』
『失礼な、ちゃんと拭いたから綺麗だよ。お払い箱だし質に流そうかと思ったけど、せっかくだかんな』
『プレゼント交換会の主旨をちゃんと理解してるのか、せめて新品を買ってこい、うちはリサイクルショップじゃないぞ』
『まーまー二人ともクリスマスまで喧嘩はやめましょ、メリケンサックいいじゃねっすかかっこよくて、茹でたじゃがいもをすり潰す時に便利そっすよ』
『調理器具じゃない』
『用途間違ってんぞ』
『なんでだよ、人間の顔面すり潰すよかずっと正しい使い道だろ』
『衛生面でどうかと思うぞ』
『鉄分たくさんとれそうですね』
『鉄錆の味がするマッシュポテトか……』
『みはなちゃんとアンディまで!?』
ともあれ、ゴミ箱直行しなかっただけ誠一も人間的に成長した。
「しかしメリケンサックとは……みはなさまに当たったらどうする気だ」
「かっこいいですって目ぇきらきらさせてたじゃん」
「道を踏み外したら責任とれるか」
「ゆでたまごの殻剥き器かマヨネーズ製造マシンにしようか悩んだけど、アンタなら結局俺が、他3人にあたりゃどうせ悦巳が使うはめになるしな。ま、やんちゃだった過去とはお別れって事で」
ぶっちゃけてしまうと、悦巳たちの幸せに貢献するのはちょっと癪だったのだ。元恋敵に砂糖を送りたくはない、複雑な男心だ。
クリスマスの夜道は静まり返っていた。
皆家で過ごしているのか、常夜灯が等間隔に照らすアスファルトの道は人通りも絶えている。
悦巳たちはどうしているのか。家族3人、水入らずで余韻にひたっているのか。みはなを寝かし付けたあとはお楽しみが……
ああくそ、考えただけでむしゃくしゃする。
「機嫌が悪いな」
「別に」
もう割り切ったと思っていたが、いざ幸せな様子を見せ付けられると胸糞悪さがぶり返す。
悦巳は親切だ。
みはなも懐いてくれる。
誠一は以下略。
児玉家は大志が知らずにいた家族のぬくもりを教えてくれる場所だが、それ故居心地の悪さを感じてしまうのは、自分がひねくれているからだろうか。
パーティー中は理性で封じ込めていた疎外感と孤立感がこみ上げて、やるせなく吐き捨てる。
「悦巳が……アイツらがすげえ幸せそうで、嬉しいのに喜べねえ」
初恋だった。
大好きだった。
恨む資格なんてもとよりない、許されただけで恩の字だ。
大志は親友を手酷く裏切るだけでは飽き足らず、御影の指示で強姦した外道だ。
悦巳や誠一の意向で幸い警察沙汰にはなってないが、だからこそ己の過ちが許せない。
いっそ罰された方が楽だったかもしれない。
「……最低だよな、俺。パーティー呼んでもらえただけで有り難ェのに。あの馬鹿……悦巳が死ぬほどお人好しだから、フツーにダチでいられてるってときどき勘違いしちまうんだ」
「友達じゃないのか」
「アイツになにしたか思い出せよ」
「悦巳は気にしてない」
「気にしないように振る舞ってんだよ、必死に」
御影に拉致されたあと悦巳の身に起きた出来事をみはな知らない。誠一と悦巳は結託し、頑なに秘密を守っている。
「なかったことになんてできねえよ」
今さら。あとから。
大志は自分の罪を忘れない。
あれから歳月が経過し、再出発した現在も自分への戒めとして、ことあるごとに思い返しては苦い後悔と罪悪感に苛まれ続けている。悦巳の笑顔が辛い。誠一の黙認が辛い。みはなの信頼が辛い。大志の気持ちは誰にもわからない。
一番最低なのはあんな酷いまねをしておきながら、心のどこかでそれを忘れてほしくないと悦巳に願っていることだ。
「……本当なら絶交されたっておかしくねえのに。どんだけお人好しだよ」
十数年の片想いの末、暴力的な形で想いを遂げた事実をなかったことにされたくない。
胸中の重苦しい葛藤を吐きだし、スカジャンから抜いた空っぽの手を見詰める。
どうやって償えばいいかわからない。
優しすぎる人たちに既に許されているからこそ、償いの仕方がわからない。
白い息を吐きながらてのひらを見詰め、乾いた目で呟く。
「人んちでやるパーティーに招かれたの初めてなんだ。悦巳と住んでたボロアパートじゃ、毎年ケンタ買って、ピザの出前とってはしゃいでた。ドンキで売ってるようなトンガリ帽子と鼻眼鏡、赤い衣装でサンタコスして、景気よくクラッカー打ち鳴らして……壁が薄いせいで隣のヤツに怒られた、一回殴り込まれた時ゃまいったぜ。で、ダース買いした缶ビールぐびぐびやりながら御影のネクタイの柄がありえねーとか笑い転げて」
楽しかったな、と胸の内だけで独りごちる。
若い頃の大志は、あの瞬間が永遠に続けばいいとさえ思っていた。
「ちゃんとしたクリスマスにまぜてもらうのは今年が初めてだ。すげえ楽しかった」
なのにどうして、おこぼれでまぜてもらったと卑下するのか。
俺と悦巳がいままでやってきたのは、「ちゃんとしたクリスマス」じゃなかったのか。
大志の口元が歪み、悔しさと切なさが綯い交ぜになった表情が浮かぶ。
「……やっぱ家族にゃかなわねーな」
大志には両親と過ごしたクリスマスの思い出がない。彼が覚えているのは空腹と痛み、独り凍える辛さだけだ。
プレゼントを欲しがったこともなければケーキをねだったこともない、サンタの存在はテレビで初めて知った、クリスマスは皆でケーキを食べて祝うものだと施設に来るまで誰も教えてくれなかった。
アンディは大志の横顔を静かに見守り、口を開く。
「親と過ごしたクリスマスの記憶で覚えているのは?」
「外で飲んだくれた親父がキレて、洗面所に水張って、そこに顔突っ込まれたことかな。息続かなくて苦しかった」
頭髪を鷲掴みにされる激痛も、突っ込まれた水の刺さるような冷たさも、溺れる間際に息を吹き返す安堵感すら痛烈に覚えている。
「……そうか」
「アンタは?なんかあんだろ、クリスマスの思い出」
「人生の殆どを中東の戦場で過ごしたからな。星だけは綺麗だったが」
ふいに立ち止まったアンディが、冴え冴えと研ぎ澄まされた冬の夜空を仰ぐ。
「……華さまが」
「誠一サンのばあさん?」
「そうだ。初めて会った年のクリスマス、華さまが俺と仲間たちを屋敷に招いて、ごちそうをふるまってくれた。あの夜のシチューと煮物の味は忘れられん」
「和洋折衷だな」
「プレゼントはランチョンマットと押し花の栞だ。全員分用意するのは大変だったろうに……華さまは大した事ができずごめんなさいねと恐縮していたが、一人前の客として……否、人として扱ってもらえて嬉しかった」
大志が目を丸くする。
「アンタが使ってる薔薇の刺繍のランチョンマット?」
「ああ」
「ばあさんからもらったもんだったのか」
「全部手縫いだ」
想像するだに大変な手間だ。老眼で指先の動きも衰えた華が、アンディと部下の分もランチョンマットに刺繍を入れ終えるまで何か月かかったのか。
「身の程知らずだとわかっている。だが俺は……俺たちは華さまや誠一さま、そしてみはなさまを家族のように思っている。血の繋がりはなくとも在るべきぬくもりを教えてくれた、大切な方々だ」
大志の子供時代のクリスマスは、常に空腹や孤独と結び付いていた。アンディも同じだ。
いかなる経緯で傭兵になったかは不明だが、華の招待に預かるまで、家庭のぬくもりと無縁な戦場のクリスマスしか知らなかった。
「案外似た者同士かもな、俺たち」
大志がおかしそうに笑ってテディベアの額を突付いた時、空からひとひとらの雪が舞い落ちる。
大志の頬に触れるなり淡く溶けた切片は、次から次へと降り注いで殺風景な住宅街に薄化粧を施していく。
「ホワイトクリスマスだな」
アンディの発言に吹き出す。
「キザ。似合わねー」
「事実を言ったまでだ」
「悦巳たちも見てっかな」
「暖かい部屋の中から、窓辺に集まって、きっと見てる」
大切な人たちと同じ時に、同じものを。
目を輝かせるみはなを挟んで、窓越しに空を仰ぐ二人の表情がまざまざと浮かぶ。
「寒くないか」
アンディが唐突に呟き、その時になって初めて、大志は手が真っ赤にかじかんでいるのを知る。
「手袋は持ってないのか」
「ポケットで十分」
「誠一さまの腕時計もポケットか」
「ンだよ、不満か」
「貸せ」
「あ?」
「いいから」
不満げに睨みを利かす大志に頑として詰め寄る。
大志は根負けし、スカジャンのポケットから出した物をアンディに渡す。金属製のベルトと強化ガラスの文字盤が目をひく瀟洒な腕時計。
「手を出せ」
「……ん」
新品の腕時計を受け取ったアンディは、大志が無造作に突き出した手首を掴み、スカジャンの袖を捲り上げてベルトを巻いていく。
「キツくないか」
「ああ」
ベルトの長さを調節して巻き終えると同時に顔を上げ、ほんの僅か微笑を仄めかせて太鼓判を押す。
「よし」
「……ドーモ」
「お前には勿体ない代物だが、悪くない」
「褒めてんの?貶してんの?」
「料理人を目指すなら煮炊きの時間に正確を期せ」
「腕時計したまんま料理しねーよ」
「……それもそうか」
常夜灯がかそけく照らす夜道に二人きり、アンディが愛情をこめた手付きで腕時計をなでる。
「誠一さまの信頼に値する男になれ」
「やる気でねえな」
「なら、俺の信頼にこたえろ」
「そっちのがまだマシかな。クマだっこしてんのが笑えっけど」
「コイツがいれば川の字ができるぞ」
「しねーよ気色わりぃ」
大志がふざけて茶化し、テディベアのように優しい瞳をしたアンディが口を開く。
「ちょっと持っててくれ」
「え?は?いきなり何」
テディベアを半ば強引に大志に預けたアンディーがスーツをまさぐる。
「お前へ、俺からのプレゼントだ」
あんぐりと口を開ける。
アンディがスーツの懐から引っ張り出し、大志の手へと握らせたのは、神社でよく販売されている赤い布製のお守り。中央には「合格祈願」と金糸で刺繍されている。
「ちょい待て、なんでお守り?なんで合格祈願?」
「調理師試験に受かれと祈って」
「気が早過ぎだっての」
「他に思い付かなかった、許せ」
アンディが恥じ入るようにうなだれ、スーツの肩に落ちた粉雪が溶けていく。全く、どこまで不器用な男だ。
「クリスマスにお守りってさあ……神様喧嘩しちまうぞ」
「我らが主は心が広いと生前華さまがおっしゃっていた」
「だといいな」
たまらず吹き出す大志に釣られてアンディの鉄面皮も綻び、一面を白く染め変えた雪が音を吸い込む夜道に弛緩した空気が流れる。
「サンキュ。もらっとく」
テディベアを抱っこしたまま、片手で器用にお守りを握り締める。クリスマスプレゼントをもらうのは悦巳を除けば初めてだ。お守りをスカジャンの懐にしまってから、失態に気付いて舌打ちする。
「わりぃ、なんも用意してねェわ」
「気にするな、俺が好きでしたことだ」
「そうもいかねーだろ、だれかさんの信頼に値する人間めざすんならさ」
「ならば家に帰ってから軽いものを作ってくれ」
「まだ食うのかよ?悦巳の手料理で満腹だろ」
「お前の飯は別腹だ」
「ウチに帰るだけでカロリー消費量多すぎだって……」
長い長い回り道の末に、漸く大志にも「家」と呼べる場所ができた。
空から降る雪の勢いは次第に激しさを増していく。
大志はやや気まずそうにアンディをチラ見、テディベアの片手をとって彼を招く。
「もっとこっち寄れ」
「なんだ」
「いいから。目ェ瞑れ」
鈍いアンディにじれて急かし、正面に立った男が命令通りに目を閉じたのを確認後、テディベアの顔をそうっと唇に触れさせる。
もふもふに毛深い顔に埋もれ、アンディが驚いて目を開ける。テディベアを抱き直した大志が真っ赤でそっぽを向く。
「……プレゼントだよ」
「足りないな」
「あ゛?」
仕掛けたサプライズが空振り、喧嘩腰で息巻く大志の間合いに踏み込んでキスをする。
「む」
テディベアを抱く手に強く強く力をこめる一方、アンディの唇から伝わる熱が凍えた芯を溶かし、深い満足感と安心感を与えてくれた。
テディベアを飛び越えてキスをしたアンディが漸く離れ、大志の目をまっすぐ見据える。
「メリークリスマス」
「~~~っ、風邪ひいちまうからとっと帰んぞ!!」
一気に茹で上がった大志がテディベアに赤面を隠し、憤然たる大股を追い越していく。
スカジャンの背中に続いて歩きだしたアンディは、在りし日の戦場とも繋がる雪曇りの空のはて、きっと天国にいる華、マンションの部屋の窓から見守る誠一やみはな、悦巳たちの幸せを切実に祈る。
その後帰宅した大志はアンディのリクエストで味噌汁とだし巻きの卵焼きを作った。きよしこの夜にテディベアを挟み、川の字で寝たかどうかは秘密だ。
数年後調理師試験に合格した時、大志の胸ポケットにアンディのお守りが入っていたのは教えてもかまわない。
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