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第12話

おかんの事で…って。 「…ってか誰?あんたら」 見ず知らずの人間に、何でおかんの事話さなあかんねん。 学校に来るって事は怪しい奴らやないかもしらんけど、見てくれがかなり怪しい。 「あぁ…俺は篠田、こっちが向田、こういう者や」 そう言ってニヤリと笑う。篠田いう兄ちゃんは思ったよりも若めやった。つうか、遊び人風のイケメン。 背も高いし、そういう店におってもおかしないような感じ。ただ、目つきだけがやたら鋭い。 向田いうんは、マジおっさん。ガッチリ体型で、いかにも格闘家ですみたいな…。 ってか、マジでドラマみたいに“こういう者や”って手帳見せるんか…警察の奴って。 「ばばあ、遂に何かやらかしたんか」 溜め息ついて、一番近くにあった机に腰掛ける。 おかん絡みの警察沙汰なんか有りそうで今までなかったからな、遂に…って思った。 「いやな…お母さん、何か事件に巻き込まれたみたいや。麻生貴子さんて知っとるか?」 「おかんの幼なじみや」 スナック経営してるママさんで、おかんの幼馴染み。だから、よく店に手伝い出とった。 賑やかな人で、飯に困った時はそこ行けば飯食わせてくれた。 「その人宛に届いた手紙や」 篠田いうんが、えらい小汚い手紙を俺に差し出した。 見ろってことか?とそれを受け取ると、表には乱れきった読みづらい宛名。 麻生貴子宛。裏を見ると、秋山とだけ書かれとった。すでに封は開けられていて、中を覗くと何かのチラシ。 引っ張り出して広げてみたとき、背中に冷たいもんが通った。 『助けて。殺される。威乃にあいたい』 乱れきった字は焦って書いたんか、チラシは皺々やった。文字もいびつに曲がっててチラシは所々、汚れとった。 俺はそれをただただ、じっと見ていた。 「お母さんの字か?」 恐らく顔面蒼白なんやろう俺の肩を、篠田がポンっと叩いた。俺はそれにハッとして、その手を払い退けると手紙を突き返した。 「あいつの字なんか知らん」 「せやかて、自分のおかんの字くらいわかるやろ。麻生貴子さんは、お母さんの字や言うたし」 「知らん!」 俺の頑なな態度に、篠田っていう刑事も向田いうんも肩を竦めた。 「お母さん、おらんようなったんいつや?」 向田が無精髭を撫でながら、俺に聞いてくる。 あかん…心臓がドクドク言うてる。意味なく速い運動始めてて、息苦しい。 「に、…2ヶ月くらい前や。誰となんか知らん。男出来て、向こうの親に挨拶行く言うてた」 やめとけ言うたんや。一度だけ逢った時のソイツの笑い方が嫌な感じして、騙されてる言うたのに。 「名前も顔も知らんのか」 「…知らん」 「まあええわ、何かあったら電話して」 篠田いうんが名刺を俺に渡して、軽く頭を撫でた。俯いたままの俺からは、篠田の顔は見えん。 篠田たちが帰ってから、俺はフラフラ生活指導室を抜け出した。 父親の顔は知らん。物心ついた時から、おかんと二人やった。 アホで教養もないくせに、絶対高校行かしたるから!と必死に働いてた。 お水が大概の職業やけど。それしか取り得ないねんと、胸張って言うとった。 たまに彼氏やねんと男を紹介された。でも、どいつもこいつも顔ばっかりのろくでなし。 借金まみれやったりアル中やったり、たまにおかんと俺を殴るドアホウ。でも、おかんは俺を殴ったソイツを掃除機で殴りつけた。 『猪鹿蝶からつけてん。あたしの一番札。一番やで威乃』 何やあったら、何が嬉しいんか満面の笑みでそれ言うてきた。 だから何やねんと、俺のいつものセリフ。 俺が自分にとって一番やっていう事を言いたいんやろうけど、そんなん言われても、何て言っていいんか分からんかった。 『幸せになるときは威乃もやで!だって、威乃はアタシの唯一の家族なんやから』 家族に飢えてたおかんは男が出来る度、幸せな普通の家庭を夢見とった。 見る目ないくせに、いつまでも夢見るアホな女。最後、出て行くときは何て言ったっけ? 『威乃、絶対迎えに来るから、ええ子で待っといてな』 おかんの笑顔は輝いとった。 おかしいのは感じとった。 おかんが男と長期で家出るんは初めてやない。でもいっつもうるさいくらい、俺の携帯が鳴ってた。 声聞きたかってんと。夜中でも構わず電話してきよった。それが一切ない。 ちょっと、ほんの少し…捨てられたんかなぁとか思ってた。 あほオカン。お前には俺しか家族おらんかもしらんけど、俺にもお前しかおらんねんぞ。 フラフラと眩暈まで襲いかかってくる。足元が真っ暗みたいな。 『威乃にあいたい』 乱れきった切羽詰まったおかんの字。右上がりの癖ある字。 「何やねん…」 廊下がぐにゃぐにゃ歪んで、自分が立ってれてるんかさえ分からん。校庭から聞こえる生徒の声も何も、全部聞こえんようになってグッと息を止めた。 息止めたら最後、前に進むっていうその一歩が動けんと、その場にしゃがみ込んだ。 孤独感が一気に闇みたいになって覆い被さってくる。ブワッと闇が伸し掛かって、声も出ん。 一気に訳の分からん恐怖に襲われて、身体中の毛穴から汗がドバッと溢れて来た。 恐い……。 「威乃?」 頭上に聞き慣れた声。ふっと顔あげたら、心配そうに顔を覗き込む風間の顔があった。 きっと、俺はめちゃくちゃ情けない顔しとったんやろう。風間が正面にしゃがんで、頭撫でてくる。 「………」 「………」 「………」 「風間…何で何も話さんの」 聞きたいみたいな顔。やのに何も言わん。 またあれか?知ったらもっと知りたなるとかか。 「聞いたら言うんか」 「言うたら…言うたら助けてくれるんか」 俺の孤独感、取り除いて救ってくれるんか。 「オマエに何が出来んねん」 「……」 「何が出来んねん!」 噛みついてもしゃーないのに。こんなんただの八つ当たり。 分かってる。分かってるけど、どうも出来ん。 「話してみろ。助けたるから…」 「は…」 「何があってん…」 風間の声が優しくて、スッと風間のゴツゴツした手を握りしめた。 どこまでも広がる、どんよりした雲。朝はあんな青空やったのに。 重たさの感じられる雲は、だいぶ低いとこにあって手延ばしたら届きそう。 「青空やないんやな」 ポツリと呟いた俺の声を拾って、風間も空を見上げる。 何を話す訳でもなく、ヘタレになった俺の手引いて風間は屋上にやってきた。 「オマエ、ほんま変わってるわ」 「そうか?」 頭ボサボサでも、顔つきはその辺のモデルなんかより断然良い。人殺せそうな双眸は、同時に人の目を惹く。 女なんか頼まんでも股開いてくれそうやで。やのにコイツは俺がええんやて。 顔ええのに、頭おかしいなんてなぁ。 「俺、一人っ子やねん」 「うん」 「オヤジ知らんねん。気がついたら出来とったんやて」 「うん」 ポツリポツリ話す自分の事。色々整理するために声に出してみる。 それを何もいらん言葉挟まんと、風間は“うん”と話を聞いた。 「おかんから連絡ないんは、今までなかったんや。2ヶ月、なくて…遂に捨てられた思ったけど、おかんは俺を殴った男を掃除機で殴って…俺をずっと守ってきた。捨てる訳ないねん」 ジンッと目の奥が熱くなる。“助けて”の文字が、脳裏に焼き付いて離れん。 きっと言ってる事は支離滅裂やのに、風間は何も言わん。 「何があったんか分からん。でもかなりヤバいはずや。男の親に会いに行くって、顔綻ばしとったくせに…助けてって何やねん」 「お母さんの相手、特徴なんや覚えてないんか」 風間が煙草取り出して口に銜える。俺はただ頭を振った。 「そう…」 「あ、せや。ここに傷あんねん」 風間に、目の横を指してみせる。そんな目立つ大きな傷やなかった。でも、なんや目について…。 事故でやったんやてなんておかんは言うてたけど悪どさを際立たせて、ほんま嫌いやった。 目尻から10センチくらいの切り傷。そこばっか見てたからか顔がはっきり分からん。 「…傷」 「うん。おかんはそいつを純ちゃんって呼んどったけど、本名かどうかなんか…知らん」 「そうか…ほな行こうか」 風間はタバコを地面に押しつけると、立ち上がった。 どこに行くねんという俺の顔に、風間は早よう立てと言わんばかりの顔で俺を見下ろした。 風間の後ろについて、どこに行くんかと思ってたら、学校を出てどんどん歩く。 今更授業がどうのとは言わんけど、三年になれるんかちょっと不安。 そんな俺の心情なんか知らんと、風間は風間の家の方でも俺の家の方でもない方向をただ歩いた。 「どこ行くねん」 「ええから黙ってついてこい」 出たよ、俺様風間様。俺の意見無視。ってか人権無視。 どこ行くかも分からんまま、俺も情けなく後をついて行く。 ハルと微妙な空気のまま教室も出てもうて、マジで最悪。何もかも最悪。 気がつくと何故か駅。何で駅?一体、どこ行くん。 「はい」 風間に渡された切符。結構遠くまで行くらしい料金。 聞いても言わんねんやろ…。どこに行くんか。 「…電車、久々」 ポツリと呟いて、ホームに風間と並ぶ。 めちゃくちゃ感じる違和感。逢うて間ない奴に色々させて、おかんの事話して…。 俺、どんだけコイツにオープンなん。年下やで、老け顔やけど。 一個下やで風間龍大。何か…もう、ほんま情けない。 けたたましい音と共に、ホームに流れ込む電車。時間が時間なだけにホームにも電車にも人はまばらで、それがちょっとホッとした。 「風間ぁ…どっか遊びに行くとかやないやろうなぁ」 それどころやないねんでと付け足して言ってみても、風間は何も言わん。お得意の片眉あげて、俺をチラリと見ただけ。 長い足組んでみせて車窓からの景色眺めとる姿は、腹立つくらい様になる。 どこで行くんかも解らんで、何かむかついて、でもどうにもならんくて仕方なく目を瞑った。 風間とおったら、何でかすぐ眠たなる。でも今は、程よい電車の揺れも手伝ってるんや…。

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