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第17話

モノトーンを貴重にした居酒屋というにはお洒落な店で、所々にあるポーチライトがええ感じ。とはいえ、そんなバー的なものでもなく、普通のオヤジでも気兼ねなく入って来れる様にしてある。 10人掛けカウンターとテーブル席が4つ。決して広ない店は、オーナーの三浦さんが作る料理が評判でかなり繁盛してた。 三浦さんは雰囲気が極道。強面で堅気には見えんくて、客が引いてまうから俺らバイトがホールを仕切る。ホールはバイトに任せて三浦さんは厨房から一切出てこん。 自覚ある強面。中身はええ人やけど、顔が極悪なだけに面接の時はヤバい店入ってもうたと、かなり後悔した記憶がある。 中身はええ人でも気さくちゅうわけやない。爆笑して腹抱えるなんて場面は見たことないし、仕事に関してはめちゃくちゃ厳しい。顔プラスそれで1日で来んようになるバイトもしょっ中おって、気が付けばまだ一年目の俺が古株やった。 「ちぃー」 格子戸を開けて中に入ると、三浦さんがカウンターに座って煙草を噴かしてた。 絶対俺、副流煙に殺されるわ。 「秋山、もうええんか?」 ドスの利いた声。これが普通の声なんやから、そりゃ初めて来るバイトなんかビビってまうわ。 俺が喧嘩して肋痛めたこと言うてたから、心配してるんであろう言葉も何や怒られてる様な気になった。 「はい、長いことすんませんでした」 「お前、大変なんちゃうんか。刑事来たぞ」 三浦さんの言葉に、ハッとなる。何で俺のバイト先にまで…。何か分かったんか? 「そないな顔すんな。お前と連絡取れんて来ただけや」 「ああ…」 そういえば携帯は充電してないから電源入ってないし、家にもおらんし。 俺が風間のとこにおるなんて、知ってる人間は誰もおらん。ほんならバイト先に連絡してくるか。 「お母さん、行方不明やて?何かあったらいつでも言え。店かて休んでええから」 労う様に言われて、思わず俯く。 あかん…前までは何も感じんかった人の言葉が、今は痛いくらいに胸に沁みる。 何もかも俺っていう人格を壊した、風間のせいや。 「…すんません」 刑事ってどっちが来たんやろ。あのイカちぃ向田いう奴か?若い篠田いう奴か…。 いや、二人か。 「あぁ…名刺」 確か篠田いうんは名刺をくれた。俺はケツのポケットに入れた財布から、名刺を取り出した。 桜大門と警察の名前、刑事の名刺って変な感じ。そこに書かれた名前。篠田…成智…。せいとも…せいち?なんて読むねん。変な名前や。人のこと言えんけど。 「三浦さん、ちょっと電話してきていいっすか?あの…来た刑事に」 了解を得て、奥のロッカールームに入った。ロッカールームと言えど、結構広い。 誰かが持ち込んだソファーまであって、週末の長勤のときなんかは交代で寝ることも出来る。 俺はロッカーから予備の充電器を取り出して携帯につけた。電源を入れると数秒で見慣れた画面と共にメッセージを受信し始め、それと共に留守番メッセージをお預かりしていますの表示が現れた。 「モテモテやん、俺」 そういえば風間の携番知らんなぁ…俺。知りたないけど…。 ってか風間が携帯持ってるかも知らん。見たことないから。しかも似合わんし。 メッセージはハルと彰信が交互。あと知らんアイコン。多分セフレの女。 不要なメッセージは一斉削除。それからもらった名刺に手書きされた携番にかける。 微かに…手が震えた。何でやろ…。怖いんかもな…最悪の事態を考えて。 耳に入る、規則正しいコール音。ほどなくして向こうが電話に出た。 『もしもし…?』 「あ…秋山です…」 『秋山…秋山威乃か!?』 そないにビックリされた声出されたら、こっちがビビる。やっぱり何かあったんか。 「はい…すいません…連絡くれてたみたいで」 『いや、そんな用あってやないから。ちょっと様子見に行っただけや。だいぶ落ち込んでたから、どないしてるんか思ってな』 落ち込んで?俺が…? 刑事ゆう職業柄からか、人の事をよお見とる。こんな初対面の男に落ち込んでたなんて言われるなんて、今までなら考えられへん。 「あ…連れん家おったから…何かわかりました?」 話の流れ変える様に、話題を切り替えた。どっちにしても、そっちが先や。 『まだや…お母さんの彼氏か?そいつの手掛かり探っとる。大丈夫や、ちゃんと見つけるから。今、どこや?』 「バイト先…来たんやろ?」 『居酒屋か?今日、終わったら逢えるか?』 「今日…」 今日、何やあったかなと考えてたら、風間の顔が頭を過った。 「今日!?無理!」 今日は風間が迎えに来るって言うた。しかも風間は風間組の組長の息子。 刑事やからて倅の顔まで知ってるとは限らんけど、風間ほどのデカい組。もしかしたら…なんて考えたら、こっちがイヤな汗をかく。 「明日にしましょう…」 『じゃあ明日…』 と、結局、風間のせいで!明日、刑事と会わなあかん事なった。 大体、何も掴めてへんのに、何を話すことあんねん。刑事っていうだけで、自分が悪い事してへんのに悪い事した気になる。 錯覚かもしらんけど日頃の行いのせいかもしらんけど、あんまり、進んで会いとうないなぁ…。 警察っていうのを聞くだけで、何や後ろめたいもんがあるんは、俺みたいなヤンキーやのうても結構な奴らにも覚えがあるからやと思う。 まぁ、俺等よりマシやろうけど そのまま仕込み手伝うて、店はオープン。同時に仕事帰りのリーマンとかが一気に流れ込んでくる。 ここはオフィス街が近いから、仕事の後の一杯ってやつが楽しみなんやろなぁ。 結構デカい会社多いからマナー悪い奴もあんまりおらんし、ええ感じ。 そんな客の宴に賑わうホールで同じバイトの奴らと必死に走り回って、時間はあっちゅう間に22時。 未成年は22時までって22時と23時何が変わんねんって感じやけど、法律に敵うもんなんかあらへん。 「お先でーす」 一人、厨房を仕切る三浦さんに声かけると、忙しない中も“お疲れ”と一言。 ええ人やねんで。ええ人やねんけど、面構えと態度がなぁ…。 そんなん思いながら裏口から出ると、風間の姿はなかった。 22時いうたら5分くらい前に来てるかと思ったけど、案外…違うもんやなぁ。 いや、何で5分くらい前に来てるとか思いこんでんの、俺。自惚れみたいやん! 考えをかき消す様に頭をブンブン振って、どす黒い空を見上げる。 しゃーない、マンション向かって歩こうか…。 「秋山!」 歩き出した一歩と同時に発しられた声に、思わずビクッとした。小心者か…。 振り返ると思わぬ人。愕然…。 「し…篠田さん」 そこにはラフな格好で立ってる、篠田刑事がおった。ジーンズに派手なドクロが刺繍されてるTシャツ。 この人を刑事やというて一体何人が納得してくれる?俺なら嘘付けボケ!で拳一発。 「明日や言うたやん。俺、連れんとこ今から行くんっすよ」 刑事なら約束守れよ…。 篠田さんは、すまんすまんとか言いながら、俺の頭を軽く撫でた。 長身で無駄な肉がない細身の身体は、明らかに俺や龍大とは何かが違う。根本から鍛え上げてますってやつやろうなぁ。その筋肉、俺に半分くれと言いたい。 ニヤッと笑った顔からは人懐っこさも窺える。それなりに着飾ったら、今日からでもホストデビュー出来そうな顔や…。刑事イケメン…。 せやけどやっぱり刑事。目だけ異様に鋭い。風間のそれとは違う、嗅ぎ分ける目みたいな。 アイツのは人殺す目やし…。やっぱり犬猿の仲なんかなぁ…。 「いやな、おかんが留守しとるし、飯とかどないしよるんか思って」 篠田さんはにっこり笑って、俺の顔を覗き込む。 風間組の組長の息子の手料理食うてる言うたら、何て言いはるんやろ。 そんな事より早よ帰ってもらわな。風間が来る。かと言って心配して来てくれてんのに、無下に帰れと言われへん。 「いや…平気や…料理上手い連れがおるし」 「威乃?」 歯切れの悪い俺の言葉に被さる様に、背後からかけられた声に身体が硬直した。 この声、間違いない。 「…あ…よぉ」 振り返り確認すると、やっぱり風間やった。 何て間の悪いタイミング。もっと遅く来るなり道に迷うなりすればいいのに、示し合わせた様なこのタイミング。 篠田さんがヤクザ関連、知りませんように!と願いながら、篠田さんの顔を見上げた。 「ほなっ!帰ります!」 「お前、風間龍大か…?」

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