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第22話
何か白状する人間て、こんな気持ちなんかな?浮気とか嘘とか、罪とか。
ドクドクドクドク心臓が意思に関係なく早なって、もしかしたら口から出てくるかも。
俺の心が決まるまで待ってるんか、ハルは何も言わずに携帯いじってゲームしとる。
いや、せめてこっち向け。ちゅうかお前、俺と話しようとか思うてる?
まぁ、あかんわな。俺がずっと、隠し事しよったんやし。
痛いくらいの緊張感に、内臓出そうなる。ってか出ろ。そしたら楽になる感じする…。
「で、話して何ですかぁ?」
なかなか話し出さん俺に、変わらず携帯をいじりながらハルが言うてくる。
話…言わなな…。いつまでもこないな事してられん。
「…りゅ…風間やねんけど…」
ハルの耳に連なるピアスがチリッて、スタート!みたいに小さく音鳴った。
一言発してしまうと、何かスーって憑き物落ちたみたいな気分になった。
「あの、あいつ…に、おかんのん頼んでんねん」
「紹介してもろうたんやろうが」
でしたっけ?人間、嘘はあかん。つくんは簡単やけど、すぐ忘れる。
嘘ついたら、それを隠すために更に嘘をつくいうけど、生憎、頭の出来の悪い俺はそのついた嘘を綺麗さっぱり忘れとる。
俺、詐欺師には絶対になれんな。
「あの…風間が探してんねん」
「風間は探偵か」
ちゃいます…ってか似合いません。尾行なんか絶対出来ません。
しどろもどろの俺を、呆れた目でハルが見てくる。視線が痛い…。
「あの、風間…風間な、あの」
「早よ言え、キレんぞ」
「風間ってな!風間組の、風間龍一の息子やねん!!」
言い切った。あぁ、すっきり…。あ、固まってる。固まるよな。俺も固まったし。
うん、なかなか顔が間抜け。
「え?ハル?あの、仁流会風間組…」
「分かっとるわ!!どあほう!!はぁ!?何やそれ!」
「俺に言うなや」
「そうか、だからあないに無茶苦茶なんか…。で、何でお前の為に風間組の息子が?」
ん…?アホ顔曝してキョトンとしたら、ハルが自分の首を指さした。
やっぱり聞きますか?聞きますよね?聞きますよね…。え?言うんですか?あの目眩く情事を…。
「付き合ってんか」
「ない」
「好きなんか」
やめて…めちゃ居た堪れへん。顔が一気に熱持って、しゅーって音鳴りそう。
「…わからん」
「やめとけ勘違いや」
「え?」
「お前はなんやかんや寂しがりやから、好きな感じになってるだけや。女好きのお前が男にマウント取られてヤッたって、初め良くてもすぐ飽きる。お前飽き性やしな。それにヤー公なら尚更あかん。男のイロなんか障害デカいて、お前が潰されんぞ」
あんた俺の何?俺の知らん中身まで曝け出すのやめて…。
俺、龍大をどう思ってんやろ。龍大はきっと、絶対に俺を好き。あんな縋る目で俺を見るんや…。自惚れやなく、俺を欲しとる。じゃあ、俺は?
「愛さん探してもらうんは、何かあるんか」
「え?」
「脅されとるんやないんか」
「ちゃうわ!龍大はそんなんせん!」
「威乃!お前に何が分かるんじゃ!!!相手はホンマモンのヤクザやぞ!!それも仁流会なんか大将やんけ!お前バラして大阪湾に沈めても、マッポも気ぃつかんわ!!水位が一センチあがるだけや!」
「ちゃう!!龍大はそんなんせん!!」
ちゃう!!龍大は、梶原さんはっ…。龍大は、俺を捨てたりせん…。
今にも泣きそうな顔をした俺に、ハルがおっきいため息ついて頭をガシガシ掻いた。
「威乃、俺は別にお前がほんまに男好きになっても何も言わんし、何も態度変えへん。でもな、風間が風間組の息子なら話は別や。風間組っていうたら、ヤー公の元締めや。もしこれから風間とおるんやったら、お前に危害が及ぶ。男同士みたいなん、ハイリスクで周りに歓迎されへんで。いつも人の目ぇ気にしながらなんか、お前には一番無理や…」
ハルは俺の事をいつも心配して、いつも助けてくれる。今も心配してくれてるんわかる。ハルの言いたいこともわかる。
でも龍大の生半可やない温もり知った俺は、それを離す恐怖に震えた。
やっぱり温もり知ったらあかん。やっぱりしんどいだけ。
「…よぉ考え」
ハルは俺の頭を撫でて立ち上がった。
背中にドアの閉まる音がして、瞬間、目から滝みたいに涙がポロポロ零れた。
あかん…最近、涙腺壊れとる…。これも龍大のせいや。何でこんなんなったんやろ…。
ハルのおらんようになった部屋で、ビーズクッションに顔埋める。嗅ぎなれた匂いやのに、龍大の匂いやないんがなんか寂しなった。
泣いたせいか、重たなった瞼に合わせて目閉じたら、いつの間にか寝てた。
ブーブー小さいモーター音が夢ん中で俺を追い掛けてきて、姿なき音に必死に逃げる俺。
何てことない、携帯鳴ってただけやった。
「…はい」
寝ぼけた声、相手も確認せんまま出た。向こう側はザワツいてて、賑やかやった。
『威乃ちゃん?』
威乃ちゃんだぁ?キレそうなって舌打ちした。
『あたし』
「ああ、ママさん」
電話の相手は、おかんが手紙送った麻生貴子さんやった。
『あんたどないしてるん?ずっと連絡してたのに、携帯繋がらんで』
「うん…ごめん」
ここにも一人、電源オフの被害者がおった。
どないしてるかー、ヤクザの倅とおった言うたら、ひっくり返るやろなぁ…。
貴子さんはおかんより10くらい上の年で、俺とおかんの言わば”親”みたいな存在。
アホで教養ない、甘い言葉にすぐにふらつくおかんを叱り飛ばし、やっぱりアホで教養ない俺の柄受けに何回か警察に来て、お巡りが止めるのも聞かずに俺を殴り飛ばした強者や。
凛とした姿勢で着物を纏う姿は、最早、姐さんの貫禄。正直、俺もおかんもママさんが恐て敵わん。
『ご飯どないしてんの?刑事来た?』
「うん」
刑事来たし、飯は食うてる。何故か手料理。
『とにかく一回来て顔見せてくれへん?心配で仕方ないわ。なぁ、あんた今から来れる?』
「…行くわ」
今は家に居とうない。
龍大とずっとおりすぎて、人の温もり知って、誰もおらんこの部屋はキツい…。
泣きたなる…。お前は一人やって、言われてるみたいで…。
すぐに家を出るにもちょっとは片付けな、ずっと家におらん間に埃臭い。そんなんで、何やかんややってたら夕方やった。
貴子さんの店は俺の塒から駅三つ。歩くには遠すぎて、仕方なく電車乗った。
帰宅ラッシュで満員の電車。俺と同じ年頃のガキが制服姿で電車ん中。同じガキやのに、俺とはちゃう。
心配してくれる親がおって、“普通”な生活しとる。羨ましいなんか一回も思ったことないのに、今は…しんどて目を背けた。
歓楽街に軒を連ねる店はスナックやバーが多く、裏通りなんかはヘルスの店が多い。
所謂、花街いうやつや。
まさかこないなとこに制服着て未成年ですとアホ面曝して歩くわけも行かず、とりあえず着替えてきた。
首にさりげなく春マフラーとかしてみたりして。何で、ここまでせなあかんねん。
ママさんの店はこの界隈では一等地言われる、表っ側からよー見えて、客も入りやすい場所に立地してる。
ママさんは、この一帯では顔も広い。この辺じゃあ知らん人間はおらん。
ママさんのクラブは周りの店に比べたら高級で、入り口には黒服なんかおる。俺が入り口に行くと、顔見知りの黒服は中へ入れと指で指示してきた。
何回もオカンおらん時に飯食わしてもらってたから、顔パスなんは気持ちええ。
開店前の店はボーイが掃除したり、ホステスの姉ちゃんが開店までゆっくりしとる感じで開店後の店内とは比べようがないくらい、緩やかな時間が流れとる。
店内の照明も普通の明るさで、淫猥さも何もない。俺はこの時間が結構好き。
「あ、ママぁー。威乃ちゃん来たー」
明るいせいかホステスにすぐに見つかり、デカい声で叫ばれる。
やめんか、カッコ悪い。
「威乃、あんたどないしてたん?ほらこっち来て。あ、原田、何か作ったて」
高そうな着物着たママさんが奥から出てきて、配達されてきた仕入れ品を確認してた料理長の原田さんに言った。
ただのクラブやないんがここ。原田さんは老舗割烹におった料理長で、ママさんが三年がかりで落とした職人さんや。
まだ年はそないにいってへんけど、腕は確かや。当然軽いもん作ってもらっても一味ちゃう、べらぼうな美味さ。
「威乃、何がええ?」
「あー、何やろ…?あ、天丼」
いきなり聞かれて出た答えが天丼って、やっぱり庶民やな。俺。そんなリクエストに原田さんは何も言わんと奥に消えた。
俺の知ってる料理作るん上手い人間は、みんな無愛想や。
「愛は?見つからん?」
ほっそいメンソールのタバコ銜えて、ママさんが聞いてくる。ここでもタバコ…。
立ち話もなんやと、ママさんは俺の手を引いてテーブル席に連れて行った。
「ビックリしたわ、あないな手紙来たから。ほんで念のために知り合いの刑事に相談したら、ちゃんと捜査にしてくれたけど全然やろ?行方…」
「…うん」
行方はまだわからんけど、若干の糸口なら風間組が見つけてる…。それを、ここまで心配してくれてるママさんに言われへんのは歯痒い。
「あんたまで連絡取られへんから、何ぞあったか思ったけど良かったわ」
「あー、うん。ごめん。なぁ、ママさんさぁ…おかんの男知らんの?」
「ああ、刑事にも聞かれたけど堅気やないみたいやねぇ…。やから、うちにも逢わさんかったんやわ、愛…怒られる思って」
「そうなんや」
「かなわんわぁ…こないな事なるなんて…。もっと早ように気がついたったら良かった」
青い顔して、俯くママさん…。
あんたのせいちゃう…。幸せ求めて周り見えんくなった、おかんが悪い…。
幸せなんか…俺がおるだけじゃあかんかったんか。あかんかったんや…。
「ママさん…おかん…何でおらんくなったんかな」
「え…」
「探して欲しいて、ほんまに思ってるんかな」
「当たり前やないの!あの子があんた残して消えるわけあらへんやろ!!」
鬼みたいな形相で怒鳴られて、ギョッとなる。ママさんはとりあえずキレたら怖い…。
「あ、せや。ママさん風間組…知ってる?」
「何なんあんた、ヤクザにでもなんの?風間組なんかこの関西で知らん人間おらんで。この辺かて皆、風間の島やないの。平和に夜の商売出来るんも、風間がおるからやし。え?ちょっと、あんたにヤクザなんか似合わんから、やめときや」
「ちゃうし。ならへんし」
その風間組の倅が、俺を好きみたい言うたらどうする?やっぱり、反対やんな…。
「威乃」
呼ばれた思ったら、目の前に器から飛び出んばかりのエビの乗った天丼。
紫蘇やらかきあげやら、どんだけ豪華なんていう天丼と、お吸い物が乗ったお盆が置かれた。
「食べなさい」
ママさんに言われて、箸をつける。朝食うたきりやからか、思い出したように腹が鳴った。
「あんた、何か食べてる?顔色いいから安心したけど、あんたまで何かあったら、あたし、たまらんし」
「うん…。連れんとこでな…大丈夫」
「学校行ってるん?」
「うん…ちょっとおかんのんで行かれんのもあったけど、行ってんで」
「そうなん…。今日どないする?帰る?」
「せやなぁ…。もし人手足らへんかったら、厨房手伝って良い?」
「ああ、かまへんよ…。原田!威乃のこと使って」
奥から顔出した原田さんが、小さく頷いた。
家帰っても一人やし、よく考えたら俺は龍大の携番も知らん。このまま学校も辞めて家も変わったら、龍大と逢わんで終わるんやろな…。
色々と難しい事考えで済むなら、それがいいかもしらん。
ふと、ハルに言われた言葉が頭を巡る。いつも人の目ぇ気にしながらなんか…、確かに、俺には無理や。
それに、俺にあの温もりは贅沢や…。
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