1 / 1

第1話 最低な先輩

「ああ、それ捨てといて?」  声を掛けてから、相手が開口1番に放った言葉がそれだった。 加賀晃人(かがあきと)は、両手一杯にお菓子が入った袋やプレゼントの箱を抱えて、相手の言葉に真っ青になった。 同時に、相手の反応があまりに言葉とは不釣り合いで顔を引きつらせる。 相手の顔は、にっこりと笑みを浮かべてそう言ったのだ。 何の躊躇もなく。 「いや、さすがにオレが捨てるのはどうかと思うですけど」 両手に抱えたお菓子達は、目の前の男、一つ上の学年の学校1のイケメンである小野匡也(おのまさや)に渡して欲しいと女子に頼まれたからだ。 少し前に知り合って最近話してるのを知ってか、クラスの女子達に頼まれ、今こういう事になっていた。 「それ、頼まれたのは晃人くんでしょ?俺は受け取るとは言ってないし頼んでもないよ」 小野匡也は、さらさらした黒髪に、目は切れ長、顔が整った優男のその笑みは、今にも女子が喜びそうな微笑みを浮かべているが、言ってる事はとても残念だった。 こんなのが学校1モテてるなんて、晃人にはとても信じられない。でも、普段は愛想も良いし返しも良い人柄なので、こんな中身をしてるなんて女子達は知らないようだった。 ある意味幻想を壊されないという意味で知らなくて良い側面かもしれない。 とはいえ、このまま渡せませんでした!と頼まれた物を持って帰るのも忍びない。晃人は、菓子に添えられたカードや手紙を中から取り出すして、匡也の方へ差し出した。 「わかった!こっちの方はオレがなんとかするので、これだけでも受け取って下さい!!」 押し付ける様に匡也に差し出すと、特に微笑んでいた笑みは変えずにそのまま受け取った。 それを見て、晃人は内心ホッとする。 そんな束の間、バリッと紙が破ける音がした。 何が起きたのかと、匡也の手元を見れば渡した手紙やカードを破いていた。あんまりにもその行動に驚いてそのまま破いていく紙を眺めてしまった。 匡也は、その紙屑を窓から手を離し、無残に破られた紙は風でどこか飛んで落ちていった。 「これでいいかな?」 現状と不釣り合いなほど、キラキラした笑みを匡也浮かぶ。 晃人は、呆然とした後に顔を思いっきり引きつった。 あぁ………最低だ。 最低なイケメンだ。 本当に、この人のこの裏の顔を知らない女子は幸せだな。っと心の中で晃人は深くため息をついた。 こんなヤツと、なんで知り合ってしまったのか、……いや最初はこんな側面なんて全然知らなかった。 普通に、いい先輩だと思っていたし、偶然にちょっとした出来事で知り合わなければ、たぶんこうやって関わる事も無く学校生活をおくっていたと晃人は思う。  それは、数週間前の事だった。 晃人、高校1年の最初の中期テストから転けたのである。 元々勉強は得意じゃないし、自分でも予想してたが……つまり勉強してなかったので、当たり前の赤点だった訳で、見事に追試になってしまった。 追試で、挽回できなければつまり単位を落としてしまう。流石に高校1年の出鼻から単位は落としたくない、勉強すればいいだけの話……でも晃人は自分でも認めるバカである。 「ああーー!!どうしょー!!!」 晃人は、染めた金髪の髪を軽く手で引っ張り、机に突っ伏した。 そんな様子を見てか、2人の男子、友人の尊(みこと)と久信(ひさのぶ)が晃人に呼びかけてきた。 「お前はやればできるのに、勉強しないからだよ」 黒髪に眼鏡を掛けて正に優等生を思わす見た目をしてる尊が眼鏡を押さえて呆れ気味に口にする。 そんな尊は、言うだけあって成績は上だ。 晃人はうぐぐ……と何も言い返せない事に更に机に突っ伏した。 そこで、頭に手をポンと置いて励ましてくれるのが、もう1人の友人の久信だ。 「まだ追試なら挽回できる」 言葉数は少なくクールに見られがちだが、根は優しい。柔道部なのもあって体格もよく、元々そういう顔付きなのかどこかいつも眠たそうな顔はしてるものの、男前で爽やかさを持ってるのが久信だ。 成績は中の上くらいで、困ってるのを見た事がない。 文武両道とは、羨ましい。 そんな励ましてくれる久信に顔をあげると涙目になりそうだった。 そして、こんなバカな自分がどうやってこの学校に来たかというと、この2人に受験前に付ききっりの勉強を教えて貰っていた。 つまり2人は中学時代からの友人である。 晃人は、2人に向かって手を合わせて頭を下げた。 「教えてください!!」 こうなれば、晃人の事をよく知ってて頭が良い2人に頼むしかない。縋るような気持ちで2人を見た。 いつもなら、仕方ないなと言いつつ付き合ってくれる2人なので期待に満ちた目で見る。 「「今回は無理だ」」 そんな期待は、あっさりと裏切られる言葉を2人はハモッて言葉にした。 「なんで!?」 ショックを受けて白目を剥きたい気持ちだった。 2人以外に今のところ頼みの綱はない。 2人とも少し申し訳ない顔をして、首を横に振った。2人ともどうしても外せない用事があるらしい。それなら仕方ないが、晃人は大きく息を吐いた。 「まぁ、たまには一人で頑張ってみろって事じゃないか?」 尊が苦笑してるが、1人で何とかなるなら、そもそも人に頼まないんだよって晃人が返すと、それもそうか。と納得される。 納得されても、晃人がピンチなのには何も変わらない。 仕方なく、晃人は2人に教わるのを諦めて放課後帰り別れて教室を出て正門に向かう為に階段を降りていく。 誰か心辺りがないかと首を捻って考えながら歩いていた。 丁度、その時だった。 「あ……!」 階段の上から声がして、晃人は見上げようとしたら、真上から飲み物の中身の入った紙カップが落ちてきた。 予想できない突然の事に、晃人は固まっていると中身の入った飲み物は頭から被ってしまい、後から紙コップが晃人の頭に当たってから地面へとコロコロと転がった。 「大丈夫!?君!?」 慌てて階段を降りてきて、声を掛けられ晃人は振り返る。 それが、残念なイケメン、現在に至る小野匡也との初めての出会いだった。 ある意味、にこやかに笑う能面の匡也が少し焦った様子の顔を見れたのはこの時くらいだけかもしれない。 晃人は声を掛けられて初めて、自分の状態に気づいた。中身がコーヒーだったのか、制服のシャツが黒く濡れていた。  キュッとシャワーの蛇口を捻ってお湯を止める。 バスルームから出て、タオルを借りて、シャツは汚れてしまったので晃人は自分の体操着を代わりに着た。 脱衣所から出て直ぐにあるダイニングキッチンにあるソファーに、さっきの男(小野匡也)が居たので声を掛けた。 「シャワーありがとうございます」 こちらに振り返った匡也は、どこか申し訳なそうに苦い笑いを浮かべていた。 「元々は俺が落としたのが悪いし」  確かに偶然に落とした飲み物が、晃人の上に落ちてきたのは事実で、まだ高校入って数ヶ月で台無ししてしまったシャツではある。 本来なら怒ってたかもしれない晃人だったが、正直呆気と取られ過ぎて余りにもそんな事ってあるのか?な確率でドンピシャな事故だったせいか、不思議と腹も立たないし怒りも無かった。  寧ろ、近場に住んでるからってシャワーを貸してくれるし、シャツはクリーニングに出してくれるらしい。ので寧ろ良い人だ、なんてこの時の晃人は思っていた。 「あんな事滅多にないッスよ。あ、そういえば自己紹介まだでしたね。1年の加賀晃人です。晃人でいいです!」  元気よくニコッと笑ってそう自己紹介した。 あえて名前でいいってのには、少し訳がある。数年前に母がシングルマザーになってから、苗字で呼ばれるのに慣れていないのもあるし、反抗期は過ぎたものの、まだ少しばかり違和感がある。  匡也は特にそれに気にしなかったのか、にっこりと人好きそうな顔を浮かべた。イケメンなので、ここに女子がいたら少し頬が染まめていたりしそうだと晃人は思った。 「そう、じゃあ晃人くんで。俺は2年の小野匡也、好きに呼んでくれていいよ。クリーニングから返ってきたら教室に寄らせてもらうよ」  実は知っている。 正確には、校内1のイケメンで有名な事もあるけど、女子がひっきりなしに周囲を取り囲む所から、学校に入ってからそれを目にした事があった。 実際にこうやってちゃんと顔を見たのは初めてだったけど、整った顔立ちに爽やかさがあって、更ににっこりと笑みを浮かべられたらきっと女子の黄色い声が上がるに違いなく、囲まれるだけの事はあるなぁと晃人は匡也の顔を見て率直に思った。   「……あっ!!」 晃人は、そのまま匡也眺めてると、ふとすっかりと忘れていた事を思い出して、思わず声に出た。 匡也は、突然声を上げた晃人を見ては驚いた顔をしている。 「どうしたの?」 晃人は、頭からコーヒーを被った事故で忘れていたが、本来は、追試の勉強をどうするのか考えていたのである。 誰かアテをまいっていたんだったと、スマホで今の時間を見て顔を青ざめた。 匡也は、晃人と不思議そうに見ている。 そこで匡也と目があった晃人は、ハッと気づいた。目の前に先輩(2年生)がいるではないかと。 晃人は、両手をぱんと音がなるほど勢いよく手を合わせると匡也に向かって勢いよく頭を下げた。 「さっき会ったばっかの先輩に頼むのもなんスけど、勉強を教えてください!!」 匡也は、そんな晃人を見てぽかんと口を開けている。 数秒沈黙する。顔を少し上げて匡也の方を見ると、フッと息を吐いて笑う匡也の顔がそこにあった。 「急にどうしたのかと思ったら、なんだそんな事か」 別にいいよ。と言って、なんだか可笑しそうに匡也はクスクスと笑っている。 晃人は、そんな変な事でも言ったかな?と少し恥ずかしい気がした。 その日から、晃人は数日間に匡也に勉強を教えてもらう事になった。 学校だと、人気な匡也は女子に放課後囲まれる事も多い為、学校近場に住んでる匡也の部屋で勉強する事になった。 初対面の後輩に快く迎えてくれる先輩に、いい感情を抱くのは至極当然のように晃人は優しい先輩だな、などと思ったのも当たり前だと、今でも思う。 教え方も丁寧で、授業より分かりやすかった。 そう、この時の晃人は、まさかこの爽やかで面倒見の良い先輩が"残念なイケメン"であるなんて1ミリも思わなかった。というよりは、そんな側面がある事を知らずに見事に晃人は匡也に懐いてしまったのだった。

ともだちにシェアしよう!