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第8話 呪術を扱う一族
「そうですか……けんきき、という魍魎」
「倒し損ねました」
ムッツリとした顔で不本意そうに、渉流は金龍に答える。
「渉流君でもスムーズに行かなかったんですねぇ」
パラパラと文献らしき物を調べながら青森が言う。
最清寺の境内である。涼しい風が、開放された境内を吹き抜け、三人を時折内輪のように扇いでいる。
金龍は告げる。
「渉流君、今回の呪詛殺人、この街で思い当たる一族が浮かんできましたよ。諸宮 一族」
「諸宮一族!」
渉流の眼光が鋭く走る。
「ええ。ただし諸宮の一族は既に全員亡くなっています」
金龍の話によると、清町市には、この国の政治中枢にまで名を轟かせるほどの呪詛に強い一族がいた。
その一族は集団、一つの宗教団体と呼べるもので、血族の家族以外に多数の信者達と共に生活をしていた。
呪詛と呪詛返しに定評があり、そこには日々政敵打倒を願う政治家や会社成長を願う企業家が足繁く通うほどだった。
それが諸宮一族だった。
元々他の地域に定住していた諸宮一族は、とある議員の申し出でこの清町市に総出で移り住んできた。
この街はどんな企業も栄えない。街全体が衰退している。発展の遅れた田舎都市だと、諸宮一族を優待して招いたのだ。
諸宮のところに足繁く通った議員や企業主はあまねく成長し、出世をした。
諸宮の力を借りて誰しも一角の人間になる。
その一族の一人の子供は、どんな大人やそこらの術者をも遥かに凌ぐ甚大な力を持っていた。
諸宮の力はその子供の力といっても過言ではない。
生きている人を一瞬にして腐らせるほどの強い呪力。
そこまでの強大な禍々しい力は、人に不信と恐れを抱かせるのだろうか。
ある日、諸宮の面々が住んでいた建物は大火事を起こし焼かれてしまった。
もちろん中の居住者に生き残りなど誰一人居なかった。諸宮の家族も、信者も。
建物の出入り口や窓は不自然に塞がれていた。
このことから、諸宮と揉めたお偉いさんの顧客達の嫌がらせや報復ではないかと噂された。
警察が不自然な点があるにも関わらずろくな捜査をせずすぐに打ち切ったことにも、人の疑いの噂に拍車をかけた。
しかし、年月が過ぎれば街の人間は諸宮なんて名前すら、記憶の底に薄れていった。
「力を持った子供の名前は、諸宮 修聖 。父親の名は諸宮 花涼 。この事件と何らかの関わりがありそうです」
青森はひらめいたような顔をしてポンと手をつきニコニコ笑った。
「それじゃあ!諸宮修聖をあの世から口寄せして話を聞いてみることに致しますか」
青森のアイデアにより早速だが仏像の並ぶ本堂に場所を直した青森、金龍、渉流の三人は、諸宮一族の霊を呼び出してみることにした。
「私が口寄せますので、お二人にはいざという時の抑えの役割を担って貰いたい。霊の怨念が余りにも強力過ぎる場合、私が体を乗っ取られる事態も充分有り得ますので………。ま、お釈迦様の仏像やらが睨みを聞かせて見守ってるここなら大丈夫でしょうけどぉ」
青森は二人の顔を見渡しそう答えた。
「承知した」
「わかりました」
青森は神妙に手を合わせる。
「まずは諸宮修聖の父上から呼び出してみますか」
青森はそのまま頷くと経文を発する。口寄せの為の経文であろうか。トランス状態に入るためのような抑揚の無い長さが延々と続く。
青森の周りの空気がどんどん変わっていく。淀みのある空気へと。
濁った重々しい空気が渦を巻くように取り巻いていく。
青森の体の力がガク……抜けた。
金龍は「来たか」と呟く。
「あぁあぁあぁあぁあぁあぁあ」
それはいつもの青森の声ではなかった。
地の底から響くような怨霊のおどろおどろしい声。
金龍が尋ねる。
「お前は諸宮花涼か?」
「あぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあ」
怨霊は答えない。
「ニクキ・・・・・・ニクイ・・・・・ニクイ・・・・・ニクイ・・・・・」
「強い怨念ですね……」
渉流は呟いた。
「あぁあぁああぁあぁあああぁあぁあ……
ヒョウドウ……トリデ……ミヤマ………トクガワ…………タシロ…………」
「殺された人達の名前ですね……」
「たしろ?」
渉流と金龍和尚が怨霊の発話を慎重に判断する。
唐突に青森が唇を噛んで血を流し始めた。
「危ない、神主の体から霊を離します!仏のご加護あれ!」
そう言って金龍は青森の背中を長数珠で何回か力強く叩く。
「マーラよ、加護ありて去れ、降魔!」
しばらくすると周りの空気が変わった。
呼び寄せる前の穏やかな空気へと。
「あれは花涼でしたか?」
渉流が尋ねる。
青森は「ええ。そこらの低級霊とは重さが違う。凄まじい怨気だ。怨霊化している……」
息を荒く吐きながら答えた。
「俺もそう思います」
確認のため尋ねただけで、渉流もまた本人だという念の手応えを掴んでいたらしい。
和尚も頷き、唇の傷を拭き取るよう懐から茶巾を取り出し渡した。
自分の唇の端に滲む血を茶巾に押し当て移しながら青森は
「続けて、諸宮修聖の霊も喚び出しましょう」と睨んだ。
静けさを取り戻した空間で再度三人とも意識を集中する。青森の長い経文がまた唱えられる。
だが時間をかけても、ついぞ諸宮修聖の霊はその場に現れなかった。
………………………………………………………
しかし、胸騒ぎが止まない。
俺は家に帰っても、あの美戸履神社が気になるという感覚が消えなかった。
そうなると気になって気になって仕方ない。
飯塚稲荷は本来あのマンションに住んでいる人間だろう。
時刻は夜の11時だ。ちょっと行ってみるか。
手袋をはめていっちゃったりなんかして、これじゃ本当に泥棒スタイルだな、と苦笑いした。
そして居間の両親の日曜大工セットが詰めてある箱からマイナスドライバーセットを取って、上着ポケットに忍ばせた。
美戸履神社に着く頃には丑三つ時の時刻に回っていた。
ゴクリと喉を鳴らしながら、住居らしき母屋の窓に近寄る。
窓の枠とガラスの間をマイナスドライバーで思い切り一突きする。
それを続けて三、四回行うと簡単に窓は窓枠から最小限の音を立てて外れた。
これじゃ完全に泥棒だな………。苦笑いした。
慎重に中に侵入してみる。ジャリ、と足音一つさえ立てないよう警戒して。
暗いがスマホの懐中電灯で何とか辺りを照らしつけて進む。
廊下を進みダイニングの扉まで来た。
何だ?この嫌な臭い……。扉の前まで来ると異状が鼻をかすめた。
嫌な予感がする。
開けてみると、何にも無かった。
俺はその奥のリビングの扉を開けてみる。
!!!?
人が四人倒れている。そこかしこに赤い絵の具を付けながら。
血だ。
そろそろと進むと背格好から神主の一家らしき老齢の男女と三十代位の男女だとわかった。……老夫婦と息子夫婦との世帯同居であろうか。
顔をよく見ようとすると腐敗が随分進んでいるのがわかる。
血と何とも言えない死臭。
かなり前に殺されたのであろうか。
「俺を……呼んでいたのか……この家族が……見つけてほしくて……」
自分の父母祖父母と重なり急に悲しくなった。
だがすぐはたと我に帰る。
これはいけない。指紋など証拠を残さないよう家から脱出をはかる。下手したら俺が犯人になる!
入ってきた窓から外に降りると心臓の早鐘が今更ながら自分の耳まで響いてきた。
か、帰ろう……でも侵入がバレるから警察に電話は出来ない……飯塚稲荷…………色んなものが頭を駆け巡る。パニックだ。
とにかく帰らなければ!
無理やりギクシャクする体を機械のように動かして振り向き様、誰かに鳩尾を思いっきり打たれた。
内臓が潰される吐き気じみた衝撃。
崩れ落ち、視界が急に暗転した。
「………………………」
「起きましたかな?」
冷たい石の感触を頬に受けながら、ぼんやりと聞き覚えのある声が耳孔を通り抜ける。
すぐそばに飯塚稲荷がいた。
「おまえっ」
倒れていた体を勢いよく起こす。
「周りをよく見てください」
余裕ある声が響く。
周りを見回すと何十人もの集団が俺一人を取り囲んでいた。
「共鳴教の信者達だ。白三祢山に掘られた地下のここは私達の特殊な儀式殿」
鍾乳洞のような場所だ。地底湖が広がり、そして空間にはキラキラとオーブが舞い散っていて不思議な仄明るさがある。
とても不思議な神秘的な洞穴だ。
この町にこんな空間があったなんて。
恐らく美戸履神社の神主達が代々守り通して秘匿してきた神域なんだろう。
「妙な動きをしたらあの湖に投げ捨てますよ。さて君に会いたい御方がいるようです」
奥の方からこちらに現れた人物は意外な人だった。
………………………………………………………
最清寺の奥の部屋では、猪狩ひもろぎが寝かされていた。
広い和室だ。緑の畳の匂いが一室の中をどこまでも染み渡る。寝間着の白浴衣を来て横たわるひもろぎは布団を被せられまっすぐ仰向けにされている。
そんなひもろぎを見守るように猪狩祐司が隣に布団を敷かれて、ちょうどひもろぎ側に顔を向け横向きで寝ている。
「う…………うう……………」
唸り声によって猪狩祐司は目覚めた。真っ暗な部屋の中それがひもろぎの声だと気付くのに時間はかからなかった。
「ひもろぎ!」
「ぅ………ううう、お兄ちゃ……あ……ん…………!」
苦しそうに目を開けている妹を抱き起こす。
「起きたのか……」
「はぁっ……はぁっ……」
ひもろぎの額の汗を自分の襟そでで拭いながら兄は問いかける。
「一体何があったんだ……」
「あいつ…………あいつよ………………とても恐ろしく綺麗な顔をした、あいつ…………背が高くて………ゾッとするような男…………だったわ………………。黒髪で………27、8、くらいかしら…………」
「男?そいつがおまえをやったのか?」
ひもろぎは頷くと
「おにいちゃ………んも、気をつけ………」
と吐き出すように言い意識を手放した。
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