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第54話秘書ラシュテ
転機が来たのはそれからしばらく経ってのことだった。
タイラーは陛下の護衛に着いていた。といっても、陛下は基本的に執務室から出ることはないため毎日顔を合わせることはなくいつも陛下の側にいるのは秘書のラシュテと従者だけのことが多い。この日タイラーは、ルシュテン王国へ視察に来た隣国の王子をもてなすという事で久しぶりに陛下の護衛に着いたのだった。
「はぁ……久しぶりの陛下の護衛だっていうのに、また秘書がぴったりくっついているぞ。」
「あいつ、俺らが少しでも陛下に近づこうとすると凄く睨んでくるし俺苦手だわ。」
護衛仲間も愚痴をこぼすほどの嫌われようには驚いたがタイラーはこれをチャンスと思い護衛仲間に提案をした。
「あの、それなら俺があの秘書の近くで護衛しますよ!」
「えっ……タイラー本当にいいのか?」
大丈夫です、と答えると護衛仲間はあからさまにホッとした顔をして胸を撫でおろした。
―――
――確かにこれは嫌がられるはずだ……
いざ護衛に着いたタイラーはまず最初にそう思った。『陛下の護衛』で近くにいるというのに近づけば睨まれ舌打ちをされ挙句の果てに肘で体を押してくるのだ。
――これは陛下のこともラシュテのことも調べるのに時間がかかりそうだな……
そう思ったときラシュテの鞄から手帳に巻いてある紐が蝶番に挟まっていて鞄が完全に閉まっていないことに気が付いた。
――これは……一か八かだがやってみるしかない。
そう決心するとタイラーはわざと躓いたふりをしてラシュテにぶつかって行った。
当然、秘書は体の大きいタイラーの勢いに負けて吹っ飛んでしまい鞄の中身も勢いよく飛び出してしまった。
タイラーはチャンスと思い立ち上がると申し訳ありません、と何度も言いながら手帳を拾いに行った。ラシュテはしきりに触るな!と叫んでいたが、余程体が痛かったのか動けないでいたのをいいことに手帳の中を覗くことができた。
そしてその手帳にはっきり書いてあったのだ。
『ソンブル商会 1000トロン』と。
――1000トロンってそんな大金……どういうことだ。
トロンとはノスティアでの通貨のことで、100トロンで家一軒分が買える金額である。そして1000トロンはそれの10倍ということになる。
「ええい、それを返せ!」
気が付くとラシュテはタイラーのすぐそばまで来ていてタイラーの持っていた手帳を勢いよく奪った。
そしてジロリとタイラーを睨むと疑いの目で冷たく言い放った。
「貴様……中身を見てないだろうな。」
「っ!何も見てません!」
タイラーは冷たい視線に背筋が凍りそうになりながらも敬礼し、はっきり答えた。タイラーはばれていないか内心冷や汗をかいていたが、その態度に満足したのかラシュテはふんっと鼻を鳴らすと陛下の方へ走っていった。
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