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1 盗撮

 たまたま通りがかった放課後の空き教室で、クラスメイトと先生が汗を流して抱き合っているのを目撃した。   「あ、あ、せんせ……」 「こんな時まで先生はやめてよ。ほら、いつもみたいに」 「じ、仁くん……」 「そうそう。はーちゃんはいつも素直で可愛いね」 「そ、その呼び方、やだって……」    (じん)くんと呼ばれたのは、数学科の沢井仁先生のことだ。まだ若いが生徒人気が高い。特に女子からの人気が厚い。背が高くて爽やかなのが良い、などと聞いたことがある。実に腹立たしい高評価だ。    そしてはーちゃんと呼ばれた方――これが全く意外であるが、彼はうちのクラスの不良生徒、和泉(いずみ)隼人(はやと)だ。クラスの奴らはなぜかこいつに一目置いていて、番長などと呼んで慕っているが、俺からすればただの不良だ。問題児だ。髪型や制服はだらしなく、一限目は必ずと言っていいほど遅刻し、授業中の態度も最悪で、放課後は喧嘩に明け暮れている。    そんなムカつく野郎が今、俺の目の前で、男に抱かれて乱れている。涙まじりの甘ったるい喘ぎ声、好きだの愛してるだのと反吐が出るような甘い台詞が聞こえる。それなのに、俺の目は彼の痴態に釘付けになる。息を()くことさえできない。勃起した陰茎がスラックスを押し上げて痛かったが、教室の前から一歩も動けなかった。        それから俺は、放課後毎日あの空き教室に通った。初めは廊下の窓から遠目に覗くだけだったが、ある時から教室の中に潜むようになり、徐々にその距離を縮めていった。机の下やカーテンの裏、ロッカーの中などに隠れるのだが、見つかるかもしれないという恐怖と緊張が興奮へと変わるのに、そう時間はかからなかった。    放課後盗み見た和泉の痴態をオカズに自慰をするのが、毎晩の日課になった。しかし、いつしかそれだけでは物足りなくなっていった。いくら目に焼き付けたつもりでも、全てを覚えてはいられない。細かい部分は忘れてしまうから、想像で補完するしかない。俺はもっと本物に近付きたい。    そういうわけで、教室に隠しカメラを設置した。超小型高性能カメラだ。値は張ったが、小遣いを前借りして買った。初めは一台だけだったが別のアングルの動画も欲しくなり、カメラの数は徐々に増えていった。盗撮した動画の数は指数関数的に増え、いつしか百を超えた。    毎晩のオカズに不自由しない、実に潤った生活が手に入ったが、しかし俺はまだ物足りなさを感じている。いくら動画を収集しても、毎晩どれだけ抜いていても、一抹の虚しさを拭い去れない。俺はもっと、もっともっと、本物に近付きたい。本物に触れたい。        ある日の放課後、俺は和泉を呼び出した。ありきたりだが下駄箱に手紙を――果たし状を入れ、体育館裏へと呼び出した。和泉はすぐにやってきた。怠そうに制服の裾を引きずって、ポケットに両手を突っ込んでいる。   「やぁ、よく来たね」 「あぁお前、よく見たら同じクラスの……しかし何だって果たし状なんか。お前、どう見てもそういうタイプじゃねぇだろ」 「でも、和泉くんはこういうの好きだろ?」    彼は心底面倒くさそうに溜め息を吐いて頭を掻く。   「あんたそれ、ただの思い違いだぜ。おれは、何も好きで喧嘩してるわけじゃねぇんだ。向こうから吹っ掛けてくるから、仕方なくだな……こんなナリしてんのも悪ぃんだろうけど」 「またまたぁ、謙遜しちゃって。そんなこと言って、売られた喧嘩は買う主義なんだろ? それに君は絶対に負けない。だったら同じことじゃないか」 「……何が言いたい」    和泉の目付きが鋭くなる。ああ、その顔だ。そんな顔しておいて、喧嘩が好きじゃないなんてあり得ない。やっぱりこいつはただの不良少年だ。俺とは違う。   「俺はね、君に喧嘩を売りに来たんだよ。そして断言するが、君は絶対俺には勝てない」    力強く胸倉を掴まれた。程よく筋肉のついた、男らしい腕をしている。   「お前、調子に乗るのはやめろよ。その貧相な体で、どうやっておれに勝とうってんだ。怪我するだけだぜ、やめときな」    怖い顔をしているが、まだ怒ってはいない。牽制しているだけだ。しかし俺はこれからこいつを本格的に怒らせる。   「勝てるさ」    写真を一枚、突き付けた。   「これが何か、わかるだろう?」    みるみるうちに、和泉の顔が紅潮する。怒りのためか、羞恥のためか、はたまたその両方か。   「てめぇ……」    地を這う声で凄む。右腕が風を切って振り上げられる。殴られるという恐怖と、それを上回る不思議な高揚感とで、俺の心臓は爆発寸前だった。   「もっ、もしも俺に何かしたら、この写真がどうなるかわかってんのか!」    高揚しすぎて声が裏返った。和泉の拳は俺の鼻先でぴたりと止まる。あの和泉を言葉だけで負かしてやったのだ。興奮して笑みが零れる。   「へ、へへ、物分かりがいいな。わかったら手ェ放せよ」    胸倉を掴んでいた左手が外れる。和泉は悔しそうに頬を引き攣らせる。   「へへ、そう怒るなよ。これでも優しい方だろ? 俺ってさァ……こうしてお前に、相談を持ち掛けてやってるんだからさァ……」 「……何が相談だ」 「ははァ、そうやって威張ってられるのも今のうちだぜ。お前の恥ずかしい画像も動画も、俺ァたくさん持ってんだからな。見たいか? これ、一番お気に入りなんだ」    スマホを突き付け、動画を再生する。音量を上げると、砂糖を煮詰めたような甘ったるい嬌声が聞こえてくる。和泉は歯軋りをして、皮膚が白くなるくらいきつく拳を握りしめる。肩がわなわな震えている。   「……やめろ……」 「どうしてさ。ここからがいいとこだろうが」 「……やめろよ……」 「お前この後潮吹くだろ? ほら、ほら、よく見ろよ。(けつ)掘られてアクメキメてるとこ見ろよ!」    和泉は右手を振りかぶる。今度こそ殴られると思ったが、和泉の拳はスマホに当たり、液晶画面を叩き割った。割れたスマホが吹っ飛び、地面に転がる。和泉は怒りからか激しく呼吸を乱している。   「あー……はは、まァこれは弁償してもらうとして……スマホ壊したからって、動画は消えねぇからな。それくらいわかるよな? PCにも保存してあるし、クラウドにも分けてあるんだ。全部消すのは骨が折れるぜ」    スマホを拾い上げ、砂利を払う。幸い画面が割れただけで中身に大したダメージはないようだが、この際だから弁償させよう。   「なァ、消してほしいよなァ? こんな恥ずかしい姿、誰にも見られたくねぇよなァ?」 「……いくらだ」 「あァ?」 「……いくら欲しいんだ」 「ふん。金なんざいらないね。俺が欲しいのは、お前の体だ」    またもや右腕が風を切る。しかし和泉は深呼吸をして、振り上げた拳をゆっくりと下ろした。わかった、と小さな声で言った。

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