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18 オレは「ロイ」
夢を見ていた──
俺に笑いかけているヒナトの顔。俺も当たり前にそこにいて、ヒナトたちと共に研究をしている。懐かしい暖かな気持ち。ここが俺の大切な居場所だった。
俺はヒナトのような学も技術も、なにも持ち合わせていない。ヒナトに言われるがまま仕事、ようは雑用みたいなものを毎日せっせとこなしていた。何故ここにいるのか、どうしてこの場所にいるのか、今思えば分かりきったことだけどこの当時は疑問にすら思わなかった。そう、ただただヒナトの役に立てて幸せだったんだ。
「俺のことは親みたいなものだと思ってくれていいから」
研究室。窓の外から見える鮮やかな桜並木を眺めながらヒナトは笑ってそう言った。見た感じ俺とたいして歳も違わないだろうに、おかしなことを言うんだな、と不思議に思ったのを覚えている。心地良い風がヒナトの髪を小さく揺らす。まさかこの数年後にヒナトとお別れをすることになるなんて夢にも思っていなかった。
俺は気付いた時にはヒナトと共にいた。おそらくヒナトが生みの親なのだろう。俺はヒナトに対して、他の人間には抱かない特別な感情を抱いていた。恋心とは違う、仲間、家族愛のようなもの。何よりもヒナトのことが大切だった。
俺は「トワ」という名を持ち、日々ヒナトの研究の手伝いをしていた。ヒナトと同じマンションに部屋もあてがわれ、人として生活をしていたし、自分は「人」なのだと信じて疑っていなかった。
ヒナトの死後もこれまで通り研究所で仕事をし、他の社員と同様に生活をしていた。ヒナトの死を悼み、涙も流した。俺は消えてしまいたくなるほどの深い悲しみをこの時初めて知った。もちろん人間として培ってきた複雑で多様な感情はちゃんと持ち合わせているつもりだった。
死後五年が経ち、ヒナトに言われていたことをふと思い出す。きっとこれもヒナトがそうプログラムをしていたのだろう。N-3198としてユースケという男を訪ね、助けてやって欲しいと俺に言うヒナトの顔が頭の中に蘇った。N-3198とはヒナトも携わり研究をしていたプログラムの名。この時初めて俺自身が作られた存在なのだと認識した。
ヒナトの記憶をインプットすると同時にそれ以前の一部の記憶、俺がヒナトと共に生きた記憶は消去されるらしい。「トワ」としてヒナトと過ごした記憶はなくなり、ヒナトが感じていたユースケへの感情だけが受け継がれる。初対面のはずなのに、起動した途端懐かしさで胸の奥からあたたかくなるのが不思議だったけど、そういうことなのかと俺はすぐに理解した。
愛おしい。家族以外の大切な存在。俺がヒナトに向けていた感情にも少し似ているけど、このなんとも言えない感情は今までの俺にはなかったものだった。
ユースケと生活を始めてから、何度かユースケは俺のことを「ヒナト」と呼んだ。本人は自覚もなく気がついていない。俺自身がヒナトの記憶、気持ちを共有していると話したせいか、ユースケは俺のことをヒナトと重ねて見ているのだろう。それはそれでいいと思う。ヒナトはユースケが心配で俺をここに寄こしたのだから。そもそも記憶を受け継いでいると言ってもそれは感情的なものだけであって、ヒナトがユースケと築いてきた細かな記憶は俺にはない。ただただヒナトがユースケに対して大切に思う気持ち、心配する気持ち、そういった記憶だけが俺の中に存在している。
時間が経てばユースケも自分で気がつく。自分の足で歩いていける。それまでの間、時間がかかろうとも俺はユースケの手助けができればいい。そのために俺はここに来たのだ。
それがヒナトの望みだから──
俺自身が何者なのかなんて重要じゃなかった。
自分が「N-3198」なのだと自覚した時は不思議とショックではなかったんだ。
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