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#書き出し白雪姫

 この鏡は何でも答えてくれるらしい。 「鏡よ鏡。世界で一番――」  さて、何を聞こうか。  醜い継母が最期を過ごした幽閉部屋。城の最果ての塔。目の前には、葉アザミの金の細工が施された魔法の鏡。 「ねえ、世界で一番美しいのは僕でしょ?」 「はい。白雪様、貴方です」  しっとりと闇を紛う髪、血の色が抜けた無垢な肌。その血を集めたかのように真紅に染まる唇。鏡の中の僕が、獣慾に煌めく黒曜の瞳で見つめ返してくる。 「だよね。なら、世界で一番、僕を愛しているのは?」  嗚呼やっぱり。諦めて、ため息を一つ。鏡に映るのは僕の可憐な姿。純真そうな隣国の王子の愛でも、敵わなかったか。  冷たい鏡面に舌を這わす。悔しいことに、ぬらぬらと熱る舌と絡み合わせることは出来ない。  纏っていた服を足元に落とす。毛足の長い絨毯に音もなく重なっていく。塔の最上階とはいえ、王の妃が暮らした部屋。静謐と清廉に満ちている。  そこに凛と佇む少年の裸体。容貌と同じ雪の如き素肌は、揺らめく灯りを受け、筋肉の陰影をくっきりと描く。滑らかな細い腰。胸の頂きは、慎ましくもふっくらと誘う二連星。 「ふふ、綺麗だ」  座り込み、両脚を大きく開く。そそり立つ桃色の芯に華奢な指を絡める。鏡の中の僕も同じように、いやらしい先走りを纏わせて手慰みを始める。  もう一方の手を、後ろの蕾に宛てがう。くちゅりくちゅりと淫靡な水音が、石の壁に響き吸い込まれていく。 「うっ、んうぅっ、あ、うっ! 鏡、鏡! 鏡の僕を、ここに出してっ」 「無理です」 「じゃあ……ぅう……んんっ、鏡の世界に僕を入れて」 「無理なものは無理です。白雪様」 「そ、そんな……」  落胆しても、乱れた手は止まらない。 「僕が僕を見て、る……あっ……イっ、くっ……見て、んっ……あっ」  ダン! と鏡を殴る。 「鏡の役立たずっ!」 「申し訳ご……ひっ」  手の内の白濁を擦り付けてやった。 「鏡よ鏡ぃ! 僕に一番似ている人って、どこにいる?」 「今はいらっしゃいません」  亡き実母か。なるほど。居なければ、作るしかあるまい。  王子の御大層な衣装を身に戻しながら、ニヤリと嗤う。僕の見た目は妖精のよう。世界一美しい。でも、中身は違う。 「父上」  国王である父上は、玉座に一人残り考え事をしていた。苦悩の表情。 「白雪か。この度は辛い目にあわせてすまなかった」 「はい、父上。父上に、妃の配偶者の責任を取っていただきたく」  一歩近づき、毒林檎を取り出して見せる。 「今、玉座の間は、父上と僕と二人きりです」 「朕にこれを食せ、と? 譲位を迫るか?」  目で否定を伝え、僕は自ら林檎をシャリッと一齧り。忽ち目の前が暗転し、その場に崩れ落ちる。 「白雪っ!」  遠くで父上の声がする。厚い唇の感触。腕の中で、長い睫毛に縁取られた瞳をパチリと開ける。 「……やはり僕は父上にも似ている」  疲れた壮年の頬を、両手で包む。僕から触るだけの接吻を施す。 「父上、抱いて。僕の胎に子種をくださいませ」 「な、何を……! 親子ではないか!」  そう激昂しながら、僕を抱き留めた腕は動かない。 「あ? なん……で?」 「毒林檎」  もう一口。シャリ。 「媚薬林檎。慣れないとキツいかな? 父上と僕との子どもなら、さぞ美しくなることでしょう」  その場で蹲った一国の王を残し、玉座へと赤絨毯を歩む。  ガランとした広間に、煌々とシャンデリアの燈火が踊る。楽団の調べが聞こえそうだ。今はただ、歪んだ父子の間に緊迫した沈黙が流れるのみ。 「父上」  振り返り、禍々しく艶めく唇が呼ぶ。 「ちち、うえ」 「……白雪……」  儚げな腕を差し伸べ、笑う。天使の笑顔。 「しらゆ……ひうっ!あっ、あうっ、あうぅっ……ああああっ!!」  狂った雄となって、父上が僕に縋り付く。  僕は玉座に上肢を預け、背後から被さる躰を受け入れる。 「ふあぁ、しらっ、あっ、お、お、奥で……っ、ああっ、白雪っ、おうっ、おおっ、あああっ!!」  足元に転がる齧りかけの林檎。僕の唇より褪せた赤い果実には、毒は無い。媚薬も、無い。  みなを狂わすのは、美。 「ああっ!! あっ、し、らゆきっ……」  あれから十年過ぎた。変わらず、この鏡は何でも答えてくれるらしい。 「鏡よ鏡。世界で一番――」  傷一つ無い鏡面をゆっくりと撫でる。 「はい。世界で一番美しいのは、白雪様の御令息です」 「だよね。さあ、新しい林檎を用意しなくっちゃ。ね、鏡!」 【おしまい】

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