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我が輩は、父である (1)

 私には、五人の子供がいる。  父親の私が言うのも何だが、長男の葉瑠(はる)と長女の瑠衣(るい)はどちらも本当に良い子で、とにかく手がかからなかった。  その反面、次女の瑠加(るか)は反抗期がひどく手を焼いたが、そんな彼女も今や一児の母。  次男の英瑠(える)に関しては、私も妻も甘やかしすぎたという自覚があり、将来を心配したりもしたが、今ではピアノ講師としての道を見つけ、充実した毎日を送っているらしい。  そして最後、五人目が、理人(まさと)君。  彼は三人目の瑠加より年下で、四人目の英瑠より年上だ。  だから五人目と言うのはおかしいし、三男と呼ぶのはもっとおかしいのだろう。  なにせ彼と私は、一滴の血も繋がっていないのだから。  私が理人君と出会ったのは、平成最後のゴールデンウィーク初日だった。  それも、英瑠の恋人として。  ――初めまして、神崎(かんざき)理人と申します。  あのときの凛とした声は、今でもはっきりと耳に残っている。  表情と視線だけで、彼の英瑠に対する真剣な思いが伝わってきた。  佐藤家に足を踏み入れるために、彼が抱いた覚悟の深さも。  今では英瑠の婚約者になったことを考えると、〝義理の息子〟と呼ぶ方がまだ正確なのだろう。  だが私には、理人君が佐藤家の末っ子のように思えてならない。  なんたって、彼は五人の中で一番手のかかる――   「いらっしゃいませー」  間延びした声が、私の思考を遮断した。  沈黙していたカウベルが優しい音色を奏で、新たな来客を知らせる。  扉をくぐって中に入ってきたのは、ダークグレーのスーツを模範のように着こなした細身の男。  きっと音に反応して振り返った全ての人たちの心を鷲掴みしただろう彼は、店内のほとんどの椅子を埋めている女性客たちからの視線など気にもしない様子で、キョロキョロと辺りを見渡した。 「理人君」 「あっ……」 「こっちだよ」 「お父さん!」    ちょっ……聞いたかい!? 『お父さん』だよ、『お父さん』!   「申し訳ありません、お待たせいたしました」    まだ仕事モードが抜けないのか、どこか堅苦しい言葉遣いのまま理人君が深々とお辞儀する。  軽快なジャズが流れているカフェには、似つかわしくない仰々しさだ。  突き刺さる周りからの視線が、一気に増えた気がする。  もしかしたら、私たちを〝そういう関係〟だと邪推している猛者が中にはいるのかもしれない。  思わず私が苦笑すると、理人君はさらに眉尻を下げた。 「大丈夫、全然待っていないよ。むしろ、急に呼び出したのは私の方だ。悪かったね」 「いえ、そんな! 久しぶりにお会いできて嬉しいです」  き、聞いたかい!?  会えて嬉しいって……!  しかも、ほんのりと頬を染めて言ってくれるものだから、たまらないんだよなあ。 「理人君は何にする?」 「あ、え……っと……」  メニューを差し出すと、理人君は薄い唇を尖らせた。  最近気がついたことだが、彼は食が絡んでいる時が一番かわいい気がする。  今も、アーモンド・アイをくりくりにさせながら、真剣に悩んでいる。 「……あ」  気になるものが見つかったのだろうか?  アーモンド・アイがまん丸になり、ある一点に釘付けになっている。  かわいい。  私たちの間にアクリル板がなければ、今すぐにでも頭をヨシヨシ撫でてあげたいくらいにかわいい。  だが理人君はすぐに表情を元通りに引き締めると、チラリと私の手元を見てから、パタリとメニューを閉じてしまった。  私は、内心で深いため息を吐く。  やっぱり、この子は手がかかるよ。 「俺も、お父さんと同じコーヒーを……」 「わかった、クリームソーダだね」 「えっ! あ、あの、でもっ……」 「嫌いだったかい?」 「……」 「理人君?」 「……だ」 「だ?」 「大好き、です……」  観念したように理人君が項垂れるのを見届けてから、私はクリームソーダを追加注文した。  ふっふっふ、お父さんを侮ってもらっては困るな。  理人君のことはなんでもお見通しなんだよ。  なぜって?  英瑠に根掘り葉掘り聞き倒してやったからさ。 「どうして遠慮なんてするんだい? 好きなものを頼めばいいのに」 「……ごめんなさい」 「ついでに食事もしていくか? 私の奢りだ」 「えっ! いや、でもっ……」  理人君の視線が、あちこちに右往左往する。  不安。  懐疑。  遠慮。  見え隠れする感情は、どれも私たちの間には不要なはずの感情だ。 「理人君は、何が食べたい?」 「あ、あのっ……」 「ん?」 「……」 「……」 「……か」 「か?」 「カルボナーラ……」 「いいね。じゃあ、後で移動しよう」 「……はい」  不安でいっぱいだった理人君の表情が、はにかんだような笑顔に変わった。  うーむ、少し強引すぎただろうか?  だけど、こうでもしないと彼には伝わらないんだから仕方ない。  私たちは、もう〝家族〟なんだ――って。

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